第104話 エピローグ〜〇〇の最期〜

 私以外の十二貴族全員が結託して私を襲撃して来たその時、私の人生は終わるはずだった。


 私がもし、相手を殺すつもりだったなら、結果は違っていたかもしれない。

 負け惜しみではなく、事実、私にはまだ余力があった。


 だが、もし私が十二貴族とその配下たちを全員殺してしまったら。

 それ以上に最悪なのは、もし私が十二貴族の大半を殺した後、私も倒されてしまったら。


 もしそうなってしまえば、それがこの国の最期となってしまうだろう。


 虎視眈々とこの国を傘下に入れようと企む北の帝国。

 意図が読めない不気味な西の神国。


 彼らにこの国は乗っ取られてしまうかもしれない。


 そして何より、人間を食べたくて仕方のない魔族たち。


 そんな魔族たちに食い物にされるだけの場となってしまうだろう。


 そんな事態を防ぐために、私は私を陥れ殺そうとしてくる相手を、考えなしに殺すわけには行かなかった。


 殺さずに勝つ。


 それが私に求められた条件だった。


 ……ただ、それだけの実力が私にはなかった。


 私には大事なものの優先順位がある。

 自分の命より、守るべき国民たちより、私にとっては娘のレナの方が大事だった。


 国のことなど考えず、襲ってきた十二貴族全員を殺そうかとも思った。

 だが、そんなことをしてしまえば、この場はしのげても、早晩、娘も含めたこの国が、隣国か魔族に食い物にされてしまう。


 単純な戦力だけなら、十二貴族全員が生き残るより、私が生き残った方がいいかもしれない。

 だが、一人で国全体は守れない。

 それに、国の体面としては、私一人より、残りの十二貴族が生き残った方がいいだろう。


 隣国や魔族には、他の十二貴族も私に近い実力があると思わせるように動いて来たからだ。


 私のために尽くしてくれたダイン。

 おそらくレナやエディ君のために残ってくれたリン君。

 反逆者の配下として冷遇されてしまうであろう、この場にはいない多くの配下たち。


 私は、私の判断で、彼らの気持ちを裏切ることになる。

 国を守るために、私を慕うものたちの気持ちを裏切る。


 私はきっと地獄に落ちるだろう。


 娘の無事が確保できれば、その次に大事にするのは国民。

 私を慕ってくれる仲間や配下ではなく、だ。

 そんな判断をする私は、自分でも冷酷だと思う。


 家族のように接してきた者たちの命を捨てる。

 そして、彼らはたとえそのことを知っていたとしても、そのせいで私を恨まないことを知っている。


 私は最低だ。






 十二貴族に襲われている最中、私が考えていたのは、娘のこと中心だった。


 私が敗れても、国が残っていればいい。


 エディ君とカレン君が付いてくれれば、娘は無事逃げ切れるだろう。

 そしてエディ君なら、娘を幸せにしてくれるだろう。


 いよいよ魔力が切れてきた。

 殺さないために加減しながら戦うのは、逆に魔力効率が悪かった。


 ダインやリン君は善戦しているようだったが、私が敗れれば、彼らも諦めざるを得ないだろう。


 本当にすまない。


 心の中で謝りながら、私は剣を置いた。







 死を覚悟した私だったが、十二貴族たちは、すぐには私を殺さなかった。

 王選の前日、もっとも効果的なタイミングで私を殺すためとのことだった。


 私は十二貴族の一人の能力で、彼の命令に逆らえなくなった。

 逃げることも、死ぬこともできなくなった。


 毎日のように、私を信じ、私を助けようとした配下の死を知らされた。

 その度に私は、自分の判断が誤っていなかったか悩み、後悔し、死にたくなった。


 娘のレナが追われているという話が、さらに私を苦しめた。

 一度、捕まえそうになったが、逃げ切れられたと、私を拘束する十二貴族が悔しそうに呟いた時には、安堵と、おそらくそばにいてくれるであろうエディ君への感謝に包まれた。


 もしレナまでもが捕まり、殺されてしまったら。

 私の選択は全て無駄となり、ただいたずらに、私を慕う者たちの死期を早めただけになる。


 悔恨の気持ちと、レナが捕まるのではないかという不安の思いに、押しつぶされそうになりながら、死を待ち続ける日々。


 英雄だなんだと持ち上げられても、所詮私は人より多少戦闘がうまいだけの人間。

 それだけの人間。


 押しつぶされそうな心を、それでも何とか支えてくれたのはエディ君の存在だ。


 彼がレナのそばにいてくれるならどうにかなる。

 そう思わせる何かが彼にはあった。


 私の人生の中で、これほど誰かを信頼したことはなかった。

 これほど誰かに頼らざるをえなかったことはなかった。


 どこまでいっても、最後に頼れるのは私自身。


 ドラゴンを討伐した時も。

 四魔貴族の一人スサと対峙した時も。


 誰かに頼ることなどできなかった。


 誰かに頼る。

 こんな考えに至ることはなかった。


 十二貴族たちに囚われてから、今まで知らなかった自分がどんどん出てくる。


 拷問を受けるわけではなく。

 死なない程度に食事を与えられながら、不安と後悔の中で、ただ死を待つ日々。

 己の弱さをただ思い知らされる日々。


 英雄が聞いて呆れる。


 一つだけ確かなことは、私が王になれないことだけは正しかったということだ。


 薄々とは分かっていたが、私は滅私奉公ができない。

 今回もそうだが、娘と国どちらかを選ばざるをえない選択を迫られた際、私は娘を選ぶ。

 何万、何十万という命より、たった一人、娘の方を選ぶ。


 そんな人間に王になる資格はない。


 十二貴族に襲われたあの日から、自分で自分が嫌になる程、悪い思考ばかりが頭の中を巡る。

 これが英雄の化けの皮が剥がれた姿かと、自重するのを止められないほどに。


 よく考えてみたら、十二貴族を殺さないよう戦ったあの時の判断も、自分らしくなかった。

 全員殺しておけばよかった。


 たとえ隣国や魔族が攻めてきても、自分さえ健在なら、娘一人救うくらいどうとでもなったはず。

 国民も守りたいという欲があの時の判断を狂わせたのかもしれない。

 優先順位を間違えれば、本当に大事なものは守れないということは、身にしみて分かっていたはずなのに。


 今更後悔しても仕方ない。

 それでも思わざるを得ない。


 早く殺してほしい。

 これ以上、嫌な自分を知りたくない。






 王選の二日前。

 自らの処刑の二日前。


 私を魔法で拘束していた十二貴族が告げる。


「悪いな。お前は明日で死ぬ。あいつの能力のせいで、変なことばっか考えちまうんだろ? 俺たちも正攻法で戦えればよかったんだが、あんたは強すぎた。だから十人がかりで、しかもチートな能力まで使わなければ勝てなかった」


 半分は自らに告げるように語る十二貴族。

 その言葉に、私は黙って耳を傾けた。


「あいつは人の思考に干渉できる。精神力が弱いやつなら、その思考を乗っ取ることさえできる。あんたみたいに精神が強いやつは、多少干渉してネガティブ思考にさせたり、判断を誤らせたりが精一杯らしいが、今回はそれで十分だったみたいだ」


 精神への干渉。

 何と恐ろしい能力だろうか。


 今私が思い悩んでいるのも、その能力のせいだろうか。


 いや。

 やはりこれは己の弱さのせいだ。

 真に強ければ、こんな能力に惑わされることはなかったはずだ。


「明日あんたは殺される。あんたが悪くないのは分かってるし、むしろ個人的には尊敬しているくらいだ。だが、俺たちの目的のため死んでくれ。あんたの娘は、見つかっても極力殺さなくて済むようにするから」


 絶対娘は殺すなよ。


 そう言葉を返そうとしたその時、私に話しかけてきた十二貴族の表情が変わる。

 何と、何者かが私を奪還するために屋敷に侵入してきたというのだ。


 真っ先に顔が浮かんだのはダイン。

 だが、ダインには厳重な警備が付いていたはずだ。


 次にローザ。

 だが、いくら将来性があるとはいえ、単独でここまで来れるほど、彼女にはまだ、実力も戦略性もないはずだ。


 最後に浮かんだのがエディ君。

 カレン君と一緒なら一番可能性があるかもしれない。

 だが、エディ君がくるということはレナは……


 そして、正解はエディ君だった。


 レナのせいでカレン君と別れさせられたにもかかわらず、リン君と二人で剣聖を突破し、さらには操られた私の隙を突き、十二貴族を攻撃する実力。


 はっきり言って想像以上だった。


 この男なら本当にレナを任せてもいい。

 心の底からそう思えた。







 陽動をしていたレナとローザの元へ赴き、その場にいた四魔貴族スサと対峙したその時。

 その瞬間でさえも、彼が後ろにいるのなら何とかなるかもしれない、そう思えるほどに、私はエディ君を信頼していた。

 本当は彼に背中を預けたかったが、流石にそこは実力が保証されている他の十二貴族の顔を立てることにした。


 そしてそれが私の油断だった。

 決定的な過ちだった。


 背中を預けるべきは心の底から信頼できるものでなければならないのは、戦場の鉄則なのに。

 まだ私への精神干渉は止められていなかったのかもしれない。

 判断力が鈍っていたとしか思えない。


 いざスサと戦おうとしたその刹那。

 私の胸を貫く刃。


 驚きより。

 痛みより。


 私の心を支配したのは、無念さだった。


 国を守れなかった無念。

 裏切られた無念。

 最後に娘と言葉を交わせなかった無念。


 胸から流れ出る血とともに、体から力が抜けていくのが分かる。

 自分が死ぬのが分かる。


 ついさっきまで、十二貴族の檻の中で、死ぬ覚悟ができていたはずだった。

 エディ君が来なければ、素直に死んでいたはずだった。

 だから、死ぬことなど、大丈夫なはずだった。


 でも、死を受け入れられない。

 一度助かった思ってしまった後、やっぱり死んでしまうという事実が受け入れられない。


 レナ。


 レナの顔がもう一度見たい。

 世界の全てと引き換えてでも守りたかった大事な娘を、最後にもう一度抱きしめたい。


 このところ、私はレナに愛情を伝えられていなかった。

 溢れんばかりの想いを伝えられていなかった。


 そのことが一番無念だ。


 仲間であるはずの人間に裏切られたことより。

 国を守れなかったことより。

 愛する娘に愛情を伝えられないまま死んでしまうことが。


 レナの花嫁姿が見たかった。

 きっとアリアにも負けないくらい美しくなったことだろう。


 願わくばエディ君と幸せな家庭を築き、孫をこの腕に抱えてみたかった。

 エディ君には、私のように国のことばかり考えず、家族のこと中心に考えられる体制を残してあげたかった。


 体から力が抜けていく。

 思考がまとまらない。


 ああ。


 アリア。


 すまない。

 君との子を最後まで守れずに、すまない。


 エディ君。


 レナのことを頼む。

 君が今もレナを恨み、君の心にレナがいないことは知っているが、それでも頼む。


 レナ。


 君にはただ一言。

 愛して……る……







 そして私の意識は途切れた。

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