第102話 逃亡の騎士⑦
なぜ十二貴族がこの場へ? という疑問が浮かびかけてすぐに消える。
私たちが叛逆者として、王都の門暴れていたのだ。
そして、襲撃を知らせる鐘は街中に響き渡っている。
私たちを倒すために、こちらへ向かう準備をしていたとしても、何の不思議もない。
だが、十二貴族たちの目は、私たちではなく、四魔貴族スサと、その配下と思われる男の方へ向いていた。
私たちの鎮圧ではなく、スサの膨大な魔力を感じてきたのかもしれない。
いずれにしろ、十二貴族がここに現れたことそのものは、おかしなことではない。
驚くべきなのはむしろ、この場に現れた方法だ。
十二貴族たちは、空間を破って現れた。
おそらく魔法だろうが、こんな魔法見たことはない。
見たことはないが、聞いたことはある。
小さい頃に聞いた神話。
その神話の中に出てくる空間転移魔法なのかもしれない。
貴族の中には、他の者では使えない、秘術を使える者がいるという。
この空間転移魔法は、その秘術の一つなのだろうか。
とにかく、彼らがなぜ現れたかも、どうやって現れたかも、今は些細な問題だ。
憎い敵ではあるが、魔族と戦う戦力としては、これ以上ないほど申し分なかった。
アレス様を陥れた彼らを許す気持ちは全くないが、今は非常事態だ。
人間共通の敵である魔族を前にして、個人の怒りや憎しみを説いている場合ではない。
敵の敵は味方、と割り切って戦うしかない。
現れた十二貴族を前に、スサは不快そうな顔をさらに歪める。
「虫ケラ共が何匹群れても無駄だ。後でゆっくり食ってやるから、大人しく待っていろ。そうすればお前たちもしばらくは生きられる。今ここで私に歯向かっても、お前たちも無駄に寿命を散らすだけだし、私も貴重な食事を無駄にすることになる。お互い良いことがない」
余りにも身勝手な理屈だ。
だが、圧倒的強者の身勝手な理屈は、ただの身勝手では済まない。
事実、先ほどスサによって打ちのめされた騎士や魔道士たちの中には、今の言葉で揺らぎそうになっている者もいるようだ。
確実に殺されるなら、少しでも長く生きたいという人間の本能を、責めることはできない。
ただ魔力を浴びせられただけで、身動きすらままならないのだ。
いくら心身ともに鍛え上げられた精鋭でも、諦めてしまう者がいるのはやむを得ないだろう。
私も、エディという存在や、共に戦ってくれるヒナという存在がいなければ、今ここで立っていられたか分からない。
そんなスサに向かって十二貴族たちは、若干緊張した面持ちではあるものの、面と向かって立っている。
それだけでも、賞賛に値することだ。
ほぼゼロだった希望が、少しだけ持てるかもしれない。
「私たちは……」
威圧するスサに対して、十二貴族の一人が話しかけようとした時だった。
王都の中心から、強大な魔力が近づいてくるのを感じた。
もちろん、その魔力に気付いたのは私だけではなく、その場にいた全員が感じたようで、皆が一斉に魔力の方向を振り向く。
スサには及ばないが、それでも、スサを除くこの場の誰よりも強大な魔力。
スサから発せられるおぞましい、吐き気を帯びる魔力ではなく、清々しく、光を感じる魔力。
私は、そんな魔力の持ち主を一人しか知らない。
「アレス様……」
無事救出されたらしいアレス様は、やつれてヒゲが生えてはいるものの、無事な様子に見える。
その後ろには、エディと小賢者リンの姿も見えた。
二人とも怪我をしている様子もなく、しっきりとした足取りでまっすぐ歩いて来る。
私たちが陽動していたとはいえ、アレス様の防衛には相当な戦力がつけられていたはずだ。
そんな中、無傷でアレス様を救い出すなんて、やはりエディはすごい。
さすがは私が認めた男だ。
だが、今はそれを喜んでいる場合ではない。
目の前にいるのは四魔貴族。
スサの言葉を信じるなら、アレス様クラスの実力者が、四、五人はいないと勝てないという強大な敵。
十二貴族も全員揃えばアレス様に匹敵するだろうが、五人ではアレス様一人にも及ばないだろう。
小賢者リンの実力は定かではないが、恐らくエディやリンに私を含んだ残りの者が束になっても、アレス様には及ばない。
アレス様三人分にも満たない戦力。
それがこちらの状況だ。
だが、さっきまでと決定的に違うのが、空気だ。
絶対に負けると思っていた状況から一変し、もしかしたら勝てる可能性があるかも、という希望が持てるようになった。
「レナ、ローザ」
聞き慣れたアレス様の声が、私とレナ様を呼ぶ。
「待たせたな」
その言葉を聞いただけで、涙が溢れそうになる。
この場を乗り切れそうな気がしてくる。
その後ろで、エディが笑顔を作っている。
「ヒナ、ローザ、レナ。よく粘ってくれた。そして生きていてくれてありがとう」
エディ……
今すぐ駆け寄って、エディを抱きしめたかった。
その体温をもう一度感じたかった。
だが、それは今ではない。
気付けば足の震えが止まっていた。
スサの魔力による圧迫感からも、少しだけ解放されたような気がする。
アレス様がいる。
エディもいる。
敵の魔力がいくら圧倒的だろうと。
単純な計算では勝ち目が薄くても。
何が起こるか分からないのが戦場だ。
気付けば、膝をついていた騎士や魔道士たちも立ち上がっていた。
戦意を失っていたはずのその顔に、戦う気持ちが戻っていた。
その場にいるだけで空気を変えてしまう存在。
それがアレス様だ。
「アレス……」
恐ろしい目つきでアレス様を睨みつけるスサ。
「久しぶりだな、スサ。あの時はお前が無知で助かったよ」
アレス様の言葉に、ますます怒りの色を強くするスサ。
「貴様に騙されたあの後、私は四魔貴族の笑い者となった。普通に死ねると思うなよ」
スサの言葉に、笑って返すアレス様。
「はははっ。それはすまなかったな。だが、死んでやるわけにはいかない。私が死んだら君の手によって国が滅ぶからな」
スサにそう返したアレス様は、今度は十二貴族たちの方を向く。
「君たち。君たちがしたことを水に流そうとは思わない。だが、今はそんなことを話している場合ではない。幸い私は生きている。これから先、罪を犯さず、今後は国のために尽くすというのなら、今回の件は罪には問わないことにする。この王国の敵を相手に、力を合わせて戦おうではないか」
罪に問わないというアレス様の言葉には、素直に従いたくなかったが、背に腹は代えられない。
ただでさえ戦力としては圧倒的に不利なのだ。
彼らとの共闘は不可欠だろう。
アレス様からの提案に、顔を見合わせる十二貴族たち。
何を迷う必要があるのだろうか。
彼らにとってもスサは脅威だ。
このままでは、彼らもまたスサに殺されて食べられる以外の未来はない。
敵の敵は味方、というわけにはいかないかもしれないが、とりあえずは共に戦う以外の選択肢はないはずだ。
「戦う前に確認だが、貴様を閉じ込めていた二人は?」
質問する眼鏡の十二貴族。
まずは仲間の安否の確認か。
人を陥れる最低なやつらではあるが、仲間に対してはそれなりに思いがあるようだ。
「無事だ。私の後ろの二人がおさえてくれたが、かすり傷すら負わせてはいない。まさか四魔貴族が攻めてくるとは思わなかったから、拘束して置いてきてしまったが」
アレス様の言葉を聞いた眼鏡の十二貴族は、エディとリンを一瞥し、視線を再びアレス様に戻す。
「無事ならそれでいい。貴様の提案を飲もう」
すぐに手を取ることができなかったのは、仲間の安否が心配だったからか。
思うところがないわけではないが、十二貴族たちが共に戦うことになったのは大きい。
圧倒的不利なのには違いないが、これ以上は望み過ぎだ。
アレス様を捕らえていた二人の十二貴族との戦いの内容は分からないが、エディとリンは、二対二なら十二貴族とも渡り合えるということだ。
アレス様と五人の十二貴族、それにエディとリン。
この八人を軸に、私やその他の二つ名持ちが援護すれば、どこかに勝機が見いだせるかもしれない。
「アレス。貴様だけは食事にしない。生きたまま八つ裂きにして殺した後、首を貴様らの国に晒してやる」
スサの言葉を聞いたアレス様は笑みを浮かべる。
「それはありがたい。死してなお、お前たちに力を与えることになるなんて、死んでも死に切れないからな。もちろん死ぬつもりなど毛頭ないが」
アレス様の言葉に、ますます苛立ちを募らせるスサ。
舌戦ではアレス様の方が上手のようだ。
苛立つスサの様子を確認したアレス様は、私たちの方を見渡す。
「スサには生半可な攻撃は通じない。最上級魔法すら、単発では擦り傷も与えられないだろう」
アレス様の言葉に、うつむく騎士や魔道士たち。
最上級魔法が通じないのは、身をもって実感していた。
「だが、私ならスサにダメージを与えられる。基本は私が攻撃し、みんなは援護してくれ。上級魔法でも目くらましになるし、最上級魔法を使えば相手の通常攻撃なら相殺できるだろう」
アレス様ならスサにダメージを与えられるというのは朗報だ。
ダメージを与えられるなら戦いようはある。
即席パーティーでも、援護のための工夫ができるくらいには、この場にいるメンバーは精鋭揃いだった。
「それではみんな用意してくれ」
アレス様はそう言って、剣に魔力を込めた。
他のメンバーたちも魔力を高め、それぞれが配置につく。
十二貴族たちも、アレス様を囲うように、アレス様の後ろにつき、いつでも援護できる体制をとった。
士気は良好。
先ほどまで死んだ魚のような目をしていた騎士や魔道士たちも、アレス様が現れたことで、目に力を取り戻していた。
そのアレス様が先頭に立ち、スサには劣るが、それでも強大な魔力を示すことで、自分たちも戦えるはずだ、という思いを持てていた。
これならいけるかもしれない。
そう思った時、十二貴族たちの体にも魔力が通る。
五人の中心、アレス様の背後にいた眼鏡の十二貴族も、剣に魔力を通す。
その剣には、最上級魔法並みの魔力を備えていた。
そんな眼鏡の十二貴族を見て、小さく笑顔を作って頷いたアレス様は、顔を引き締めて前を向く。
アレス様が前を向いたことを確認した眼鏡の十二貴族は、片手で眼鏡の位置を戻した後、最上級魔法並みの魔力のこもった剣を突き出す。
ゆっくりと。
何の悪意も感じさせずに。
そしてその剣は貫いた。
背後を全く気にせず、真っ直ぐ前だけを向いていた背中を。
人間の希望を一身に背負ったその背中を。
背中から真っ直ぐ左胸を突き通した剣が、血濡れたまま、アレス様の胸から飛び出している。
「アレス……様?」
人間の全てを背負っていたはずのその人物は、ゆっくりと前に倒れる。
……僅かに生まれていた希望と共に。
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