第95話 閑話 宮廷魔道士筆頭

 男は魔道士の家系に生まれた。


 父親も魔道士。

 祖父も魔道士。

 曽祖父も魔道士。


 そんな家系に生まれた男が、魔道士になるのは必然だった。

 魔道士になることに何の疑問も抱かなかったし、寧ろ自ら望んで、魔道士になりたいと思っていた。


 一族の者は皆優秀な魔道士で、二つ名持ちになる者もしばしば出ていたが、どうしても突破できない壁があった。


 宮廷魔道士筆頭。


 それが一族にとっての大きな壁だった。

 賢者を除けば、王国でトップに位置する魔道士。

 魔法の実力だけの賢者に対し、政治や後進の育成等、複合的な実力が求められる宮廷魔道士の中でも一番優れた存在。

 それが宮廷魔道士筆頭だった。


 宮廷魔道士になれるのは、数いる魔道士の中でも僅か数名。

 全員が二つ名持ち以上の実力を持ち、国中からの尊敬と信頼を受ける存在。

 それが宮廷魔道士である。


 魔法の実力はもちろんのこと、王国の顔として、教養と外見の良さも求められた。


 一族の悲願である、宮廷魔道士筆頭の輩出。

 その悲願達成のため、男も幼少の頃より厳しい教育を受けた。

 遊ぶことも許されず、ただひたすらに魔法の研鑽に励む日々。


 血筋に恵まれ、環境にも恵まれた男は、すぐに頭角を現した。

 かつての大賢者や、十二貴族アレスのような天才と呼ぶほどではなかったが、少なくとも一族の歴史の中では、最も優れた魔道士と言って良いほどに成長した。


 魔法学校にも通ったが、成績優秀で外見も整っていた男は、異性にもかなりモテた。

 多くの女性と接するうちに、話も上手くなり、女性を気持ちよくさせるツボも掴めるようになった。

 そんな男は、学生だけでなく、教師や保護者にまでモテた。

 魔法よりセンスがあったかもしれない。


 魔法学校を首席で卒業した男は、いよいよ宮廷魔道士の採用試験に挑むことになった。

 宮廷魔道士の採用試験は不定期。

 欠員が出た時や、増員が必要になった時のみだ。


 たまたま男が学校を卒業するタイミングで、偶然にも宮廷魔道士に欠員が出た。

 男は、自分が受かる気満々で試験に臨んだ。

 魔法を学ぶ者のトップが集う学校で首席だったのだ。

 まず間違いなく自分が一番だろうと。


 だが、男の予想は大きく外れることになる。


 男の前に立ち塞がったのは、独学で魔法を学んできたという、同い年くらいの名もない少女。


 女慣れしているはずの男が、思わず見とれてしまうほど容姿の整ったその少女。

 自分が宮廷魔道士になった暁には、声をかけようと思っていたその少女は、男の描いた未来を打ち砕いた。

 

 エリート揃いの魔法学校でトップだった自分を凌駕する存在。

 しかも、相手が年上ならともかく、自分と年の変わらない少女が相手だ。

 男のプライドはズタズタに切り裂かれた。


 もちろん、宮廷魔道士に選ばれたのは、魔法の実力だけでなく容姿も美しいその少女だった。

 男も、それなりの実力があるとのことで、宮廷魔道士見習いとして、特別に採用されることになった。


 初めは、遊び相手の一人にでも加えようと思っていたその少女を口説くのはやめた。

 少女を追い抜くために全力を注ぐことにした。


 男はことある度に、少女を目で追うようになっていた。

 少女の魔力量は、ズバ抜けて多いわけではなかった。

 魔力量だけなら、男は負けていなかった。


 だが、魔法式の構築速度も、魔法に対する理解も、魔法を操る精度も、必要な魔法を選択するセンスも、全て少女の方が上だった。


 自分が劣っているポイントを一つずつでも潰すべく、日々努力する男。

 だが、少女はさらにその先を行く。

 男が努力している間、少女もまた努力していたからだ。


 少女が大人の女性となりつつある歳になり、次の欠員が出て男が宮廷魔道士になる頃には、少女は次の宮廷魔道士筆頭になるだろうと言われていた。


 どんなに努力しても常に一歩先を行く少女に対し、男は初めの頃こそ敵愾心を持っていたが、今や尊敬していた。

 才能も努力も人より劣っていないはずの自分より優れたその少女を、崇拝に近い想いで見ていた。


 男が正式に宮廷魔道士へ任命された日、少女は男に話しかけてきた。


「採用おめでとう。これからは正式なメンバーということで、引き続きよろしくね」


 笑いかける少女に対し、どきりとする男。

 少女に、最初の採用時に力の差を見せつけられてから女性を絶っていた男は、女性に対する免疫が薄くなっていた。

 美しい少女の笑顔に思わず動揺してしまい、うまく言葉が返せなかった。


「緊張してるのかな?」


 そう言ってくすくすと笑う少女に、男は何も言い返せない。

 可愛い女の子を片っ端からモノにしていた自分がどこかに行ってしまい、ますます動揺してしまう。


「そんな君に聞くのも悪い気はするんだけど、君ってずっと私のこと見てたよね? 任務中や訓練中によくこっちを見てるなって思ってたんだ。何か言いたいことがあったのかな?」


 この少女を越えるため、手本でありライバルでもある少女のこのを確かにいつも見ていたが、ストレートにそれを言うのは恥ずかしい。

 ここでようやく、眠っていた彼の女性慣れしていた頃の感覚が少し戻ってきた。


「そりゃ見たくもなるさ。君みたいに可愛い子が、近くにいたら」


 遊びなれした女性に対しては、軽い男に思われてしまうダメな一言だが、男が見るに、少女は男慣れしていなそうだった。

 そんな相手は素直に褒めるに限る。


 男の発言に真っ赤になる少女。


 こうなって仕舞えば、あとは簡単だった。

 すぐに男のことを好きになった少女と、男は付き合うことになった。

 職場恋愛なので、王宮の他の女性に手を出すわけにもいかず、男にしては真摯にその少女と付き合った。


 付き合うことでの大きな利点は一つ。

 少女から、魔法について学ぶことができたことだ。


 独学で学んできた彼女の魔法理論や、魔法の鍛え方は特殊だった。

 英才教育を受けていたはずの男にとっても、学ぶべきことは多々あった。

 彼女に教えを請ううちに、男の魔法の実力はどんどん上がり、彼女に匹敵するまでになった。


 美しく、性格も良く、自分を向上させてくれる彼女に、男はいつの間にか、心底惚れていた。


 男は彼女にプロポーズする。


「俺と結婚してほしい」


 彼女は喜んで受けてくれると思っていた。

 だが、彼女の表情は浮かなかった。


「……俺じゃダメかな?」


 思わずそう尋ねてしまう男に対し、彼女は首を横に振る。


「そうじゃないの。貴方からそう思われているのはすごく嬉しいわ。でも、私は結婚する時には、宮廷魔道士は引退しようと思ってた。実は今、最上級魔法を開発していて、それがもうすぐものになりそうなの。でも、引退しちゃったら、それが無駄になるなって思っただけ。だから、結婚はしたいんだけど、その魔法だけどうしようかなと思って」


 最上級魔法の開発は、魔道士として最高の仕事だ。

 それを二十代そこそこで成し遂げるなんて、偉業といって差し支えない。

 驚く男に対し、彼女は、何か閃いたような顔をする。


「そうだ! 貴方が開発したことにして公表しちゃえばいいんだ。貴方なら式と理論さえ分かれば、すぐに使えるようになるだろうしね」


 彼女の申し出に、男は慌てて首を横に振る。


「と、とんでもない。君の努力の結晶を横取りするなんて、できるわけがない」


 そんな男に対し、彼女は優しく首を横に振る。


「私たちは夫婦になるんでしょ? どちらの手柄か、なんてことはどうでもいいわ。この魔法を開発したことで、貴方が栄誉を得られるなら、家族にとってはいいことだし」


 男は悩む。


「でも、やっぱりそれは……」


 断ろうとする男に対し、彼女は肩をすくめる。


「それなら仕方ないね。この魔法はこの世から消えてもらうわ」


 極端なことを言う彼女に対し、仕方なく魔法を受け取ることにした男。


「そこまで言うなら受け取らせてもらう」


 男がそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう。私と一緒に、一生大事にしてね」


「ああ。約束する」


 彼女からもらった魔法のおかげで、男は宮廷魔道士筆頭になれた。

 可愛い娘にも恵まれ、幸せな家庭が築けるはずだった。


 だが、男は約束を守れなかった。


 若くして宮廷魔道士筆頭になった、外見もよく人当たりもいい男を、周りの女性が放っておいてくれなかった。

 それでも、意志が強い人間なら問題ないのだが、男はそうではなかった。

 なし崩し的に幾人もの女性と不倫関係を持つようになった。


 おかげで、罪悪感から家にも寄り付かなくなり、一生大事にすると誓ったはずの妻と過ごす時間はほぼ皆無になった。

 妻のことは、それでも愛していた。

 だが、今更合わせる顔がなかった。


 そんなある日、ほとんど会うことのなかった娘が職場に訪ねてきた。

 全ての予定をキャンセルし、無理して会った娘からは、不倫をバラすぞ、と脅された。

 バラすのを止める代わりに、彼が妻から授かった最上級魔法の式と理論を、授けることになった。


 男にとって、娘から脅されたのは色々な意味でショックだったが、一方で、とても十三歳とは思えないその姿を逞しく思った。


 そんな娘が、妻とともに第五階位のドラゴンを倒したと聞いた時には、耳を疑った。

 第五階位の竜討伐と言えば、国家単位で動くべき案件だ。

 宮廷魔道士を総動員し、二つ名持ちの騎士はもちろん、十二貴族や剣聖たちにも協力を仰ぐべき敵だ。


 そんな竜をたった二人で倒した妻と娘。

 自分の家族ながら、男は恐ろしくなった。


 だが、すぐ後から入った情報で妻がその戦いで命を落としたことを知った。

 その話を聞いた男は失意のどん底に陥った。

 男はまだ、妻を愛していた。

 そんな愛する妻に、気持ちを伝えられないまま、詫びの言葉すらも言えないまま、帰らぬ人となってしまった。


 自分が男として最低な自覚はあった。

 誘惑を断ち切れず、妻に惨めな思いをさせてしまっていることも分かっていた。

 だからこそ、いつか全ての誘惑を断ち切り、これまでの分も含めて妻に尽くしたいと考えていた。

 ……結局それは間に合わなかったのだが。


 男は、妻の死後、その時点で五人いた不倫相手と全員縁を切った。

 今更遅いかもしれないが、天国の妻へ操を立てることにしたのだ。


 そんな男の元へ、娘は帰ってきてはくれなかったが、娘が無事なのは、男にとって不幸中の幸いだった。

 もし娘まで死んでいたら、男はきっと生きる意味をなくしていただろう。

 妻に尽くせなかった分、娘に尽くしたい。

 男はそう考えた。

 今はまだ、娘からの信頼も皆無だが、いずれは、全てを打ち明け、親子の関係を取り戻したい。

 そう願っていた。


 その為、娘の様子は、逐次チェックすることにした。


 娘が十二貴族アレスの娘の魔法の家庭教師になったと聞いた時は、手放しに喜んだ。

 次期王候補の筆頭として名高いアレスに気に入られれば、娘の将来は安泰だと思ったからだ。


 しかし、そのアレスが国家叛逆の罪で捕まった時には、目の前が真っ暗になった。

 娘も、アレス捕縛の際に抵抗し、二つ名持ちを含む精鋭の騎士や魔道士を大量に殺害したという。


 本来なら極刑を免れ得ないところだが、なぜか無罪放免となり、どこかの貴族の元で保護観察処分となることになった。


 男は、娘の行為の責任を取り、宮廷魔道士筆頭の任から降りようとしたが、周りからそれは止められた。

 国家が無罪としたのに、その罪を背負うのはおかしいと。

 それでも責任感じるなら、職務を遂行することで返せと。


 男はどこにいるかも分からない娘の為、精一杯国のために尽くすことにした。

 そうすれば、いつかいずれ娘に会わせてもらえるだろうと。






 そんなある日、アレスの仲間の残党が、アレスを救出するために、王門から攻め込んできたとの情報が入った。


 大事な娘を騙し、利用したアレスの仲間。


 男は、宮廷魔道士筆頭として、国の危機を救うためという体で、王門に向かう。

 ……心の中では、かつて娘を拐かし、その人生に傷をつけた存在であるアレスを心酔する者たちなど、一人残らず根絶やしにしてやるという、暗い覚悟を胸に秘めながら。

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