第87話 奴隷の騎士⑧
『窮奇(きゅうき)!』
開戦と同時に、私に襲いかかってくる風の単体上級魔法。
唸りを上げるその風の牙を、私は魔力を込めた剣で両断する。
単体上級魔法は、範囲攻撃の上級魔法より、威力そのものは高い。
だが、攻撃範囲が狭い分、剣での防御が可能なものも多い。
一方、範囲攻撃の魔法相手だと、魔法障壁が必要になる。
魔法障壁の場合、面でカバーしなければならないため、魔力消費が大きい。
一対一での短期決戦なら大した影響はないが、今回の私たちのように、少数で多数を相手にしなければならない長期戦だと、魔力消費が馬鹿にならない。
剣で防ぐには、技術と集中力が必要ではあるが、今回はその方がありがたい。
続いて雷の単体攻撃魔法を唱えようとした別の魔道士を、敵の二つ名持ちの魔道士が止める。
「待て。単体上級魔法じゃ『閃光』には通用しない。魔道士は範囲魔法で相手の魔力を削るように。騎士たちはしばらく待機し、障壁に歪みができ次第、攻撃すること」
相手の的確な指示に、私は内心舌打ちする。
相手の二つ名持ちの魔道士は、確か『練者』とかいう呼び名の、ベテランだったはず。
その他の騎士や魔道士も、王都の門という防衛の要を守るために第一陣で来るような者たちだ。
雑兵ではなく、かなりの精鋭であるのは間違いないだろう。
二つ名持ちが三人に、精鋭の魔道士と騎士がそれぞれ約十名ずつというのは、上位魔族か、序列六位程度のドラゴンを相手にするような編成だ。
いくら私が二つ名持ちとはいえ、小娘に過ぎない私たち二人に向けられる戦力ではない。
にも関わらず、相手は私たちを侮ることなく、この場に臨んでいる。
「ふーっ……」
私は大きく深呼吸した。
相手の戦術が的確なら、その裏をかくか、相手の想像を超えるしかない。
裏をかくには、私は作戦を立てるのが上手いとは言えない。
ならば手段は一つ。
私は体に流す魔力を最大限に高めた。
全力の『閃光』を、私はこの一カ月で何とか使いこなせるようになっていた。
通常の『閃光』とは比べものにならないほど強力な威力だ。
まだまだ燃費は悪いが、ここで苦戦し、敵の増援とセットで相手にすることを考えれば、今は多少の無理はやむを得ないと判断する。
私は魔力の流れを意識しながら、技の名前を呟く。
『……閃光』
次の瞬間、私は指示を出していた『練者』の後ろに立っていた。
障壁を一撃で破れるか不安だったので、『閃光』を移動のためだけに使用する。
エディにヒントをもらった戦い方だ。
何が起きたか分からず、こちらを振り返ろうとする『練者』。
……だが、こちらを振り返ることはできない。
ーープシュッーー
振り返ろうとした首から、液体が噴き出す音がし、鮮血が飛び散る。
ーーパリンッーー
一瞬だけ遅れて、バターのように切り裂かれた魔法障壁が割れる音がする。
正面の障壁は私の攻撃に備えて厚かったが、裏は最低限の薄いものだったからだ。
相手の想定を超えた動きで、隙を突く。
何度もは使えないが、初撃としては、これに勝る攻撃はない。
なす術なく首の動脈を切られた『練者』は、二、三歩たたらを踏んだ後、周りに血を撒き散らしながら倒れる。
『練者』が撒き散らす生暖かい血を浴びた敵に動揺が走りかける。
動揺してしまえばこちらのものだ。
精神的に不安定になった集団ほど脆いものはない。
あっという間に崩せるだろう。
「落ち着け!」
そんな集団の中で、大声を発したのは、二つ名持ちの騎士だ。
確か、『白刃』という名だったと思う。
戦場では常に先頭に立ち、兵たちに慕われていると聞いたことがある。
彼の言葉で、崩れかけた集団が、我に帰った。
「騎士は二組に分かれ、交代で魔法障壁を張れ。守りに徹し、攻撃はするな」
騎士の集団を見ながら『白刃』はそう命じる。
「魔導師は騎士の後ろに控えて待機。敵に隙ができれば上級以上の魔法を放て」
さすがは二つ名持ち。
こちらの騎士も私が一番嫌がる指示を出してくる。
私の剣は、おそらく魔法障壁を貫くこと自体は可能だ。
一対一ならこの場の誰にも負けないだろう。
でも、複数人相手だと話は別だ。
障壁の抵抗でどうしても一瞬剣が止まってしまう。
その隙に、他の敵から攻撃を受けてしまうと、防ぎようがない。
先ほどの全力の閃光のような強力な攻撃なら別だが、全力で二十人をも相手にするほどの魔力は私にはなかった。
このまま膠着状態で敵の増援が来てしまうと、その時点でアウト。
次の増援が来るまでに、どれだけ戦力を削っておけるかが、今回の戦いのキーになる。
私は考える。
一つは全力の『閃光』で、二つ名持ちの騎士を倒す。
ただ、初見の先ほどとは違い、次は相手に警戒されている。
さらには、相手は騎士であり、剣による攻撃に対する防御も、それなりに心得ているはずだ。
必ず成功するとは言い切れず、魔力の無駄遣いになる可能性も高い。
もう一つは、敵の背後を取り、魔導師たちを攻撃すること。
『閃光』を使えば、後ろに回り込むことは可能だ。
ただ、一人二人は倒せても、その後取り囲まれてしまうリスクはある。
最後の一つは、一番リスクが低く、且つ、成功率も高いと思われる。
ただ、その手段を取れば、私はもう騎士を名乗れない。
私は目の前の敵から目線を離さず、少し離れたところで戦闘を続けるレナ様と『剛腕』の戦いに耳を澄ませる。
もちろんヒナほどではないが、私も耳は悪くはない。
剣戟の音で、おおよその位置や戦闘の様子は察することができる。
暗闇での戦闘経験もそれなりにあるからだ。
唸りを上げて襲いかかる『剛腕』の剣を、ヒラリヒラリと躱すレナ様。
空を切る『剛腕』の剣の風切り音がここまで届く。
対するレナ様の斬撃も、『剛腕』には届かない。
無詠唱での魔法も交えつつ巧みに戦うレナ様だったが、『剛腕』も歴戦の強者だ。
そう簡単に決定打を受けるようなことはなさそうだ。
私の最後の考えは、『閃光』を使って『剛腕』へ不意打ちを加えて、『剛腕』を排除。
その後、レナ様と二人掛かりで残りの敵を倒すというものだ。
おそらく、全力の『閃光』なら、気付かれることなく『剛腕』を倒すことが可能だ。
通常の『閃光』による攻撃は警戒しているだろうが、全力のものは、よそ見をしてこちらを見ていない限り、知らないはずだ。
そして、レナ様がよそ見をするような隙を与えているとは思えない。
問題は私の騎士としての誇りだけ。
一騎打ちをしている相手に対し、不意打ちで倒すことをよしとするかどうかだけだ。
血の滲むような努力で積み上げた私の誇り。
でも、そんなもの、作戦の成功に比べたら。
エディに認めてもらうことに比べたら。
今後騎士と名乗れなくなろうとも、私にはエディがいる。
エディは心が広い。
魔族や獣人ですら受け入れてくれるエディだ。
騎士として汚れてしまった私でも、きっと受け入れてくれるだろう。
私は足に魔力を込める。
自分たちが攻撃されると勘違いした二十名の騎士と魔導師が身構える。
『剛腕』はこちらのことを気にしている様子はない。
私の体を流れる魔力が最大限まで高まる。
私は一瞬だけ目を閉じ、騎士である自分に別れを告げた。
ーーよし。
心の中で自分に言い聞かせ、『剛腕』に向けて攻撃を加えることにする。
『閃こ……』
だが、次の瞬間、目の前で起きた光景を目にした私は、攻撃をやめる。
溜めていた魔力は霧散し、一瞬動けなくなった。
この隙を突かれたら、私は倒されていただろう。
ただ、私以上に驚いていたのは敵の方だった。
二十人の騎士と魔導師は、驚きのあまり固まっていた。
……彼らを率いていた二つ名持ちの騎士『白刃』の首から上が吹き飛んだからだ。
彼の頭があった位置を、空中で高速の蹴りにより振り抜いた少女。
少女は地面に降り、そのまま片足でふわっと跳躍すると、私の横に舞い降りた。
その少女は突然空から現れ、着地する間も無く、敵の二つ名持ちを葬っていた。
おそらく、どこか遠く離れた場所から驚異的な脚力で跳躍してきたのだろう。
そんな芸当ができる少女を、私は一人しか知らない。
「……遅くなりました」
スラリとした長身に、白くて長い耳を生やした少女は、無表情にそう言った。
……その白い右足を、敵の返り血で真っ赤に染めながら。
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