第86話 奴隷の騎士⑦

ーーバリッ……ビリッ……ーー


 放電がまだ続いているようだが、レナ様も私も、敵の攻撃は防ぎきった。


 上級魔法と思われる攻撃。


 おそらく敵の増援だろう。

 レナ様と私は、追撃に備える。


 一瞬の間を置いて、今度は様々な属性の魔法の矢が降り注いできた。

 百発を超えるであろうその矢の全てを、レナ様と私は再度魔法障壁で防ぎ切る。


 今回の攻撃で敵のいる方向は分かった。

 全ての敵がそこにいるかは分からないが、少なくとも矢の放ち手は、矢が飛んできた方角にいるはずだ。


 私はレナ様へ目配せする。

 レナ様も私の意図が分かったようだ。

 

 未だ姿を見せない敵をあぶり出すために、こちらからも攻撃を加える。

 それが私の意図だ。


 レナ様が呪文を唱えるのを流し聞きしながら、私はこれからの戦術を練る。

 一人が同時に放てる魔法の矢は、上級魔道士で五本前後。

 少なく見積もっても、敵の戦力は上級魔道士換算で、二十人以上はいることになる。


 敵はおそらく、王都を囲む壁の向こう側にいる。

 壁の陰から、安全にこちらを攻撃しようとでもしているのだろうか。


 実際、敵の策は有効だ。

 このまま動かなければ、私たちはなす術なく攻撃を受け続けるしかない。


 時間稼ぎという点では、私たちにとっても願ったり叶ったりの状況ではあるが、それは敵の増援が来ない前提だ。

 レナ様も私も、この一ヶ月で魔力量が大幅に増えたとはいえ、無限にあるわけではない。


 このままではジリ貧で、そう時間が経たないうちに、魔力が尽きて魔法障壁すら張れなくなる。

 そうなる前に、敵が現れるたびに、各個撃破していかなければならない。


 だが、壁に隠れた敵相手に、離れた位置から相手の脅威となる攻撃を、果たしてレナ様が加えられるのだろうか。

 自分でレナ様へ目線で対応を迫っておきながら、不安になってくる。

 おそらく、上級魔法では、脅威と感じられないと思われるが……


 そんな私の気持ちが伝わったかのように、レナ様は急に呪文の詠唱を中断した。


「ローザ。一度やりかけておいて申し訳ないけど、上級魔法の遠距離攻撃じゃ、恐らく相手は脅威に感じないわ。最上級魔法なら別かもしれないのだけど……あなたの期待に応えられなくてごめんなさい。後のことを考えると、無駄撃ちはやめておきたいわ。少し無理をさせてしまうけど、門の中へ強行突入しましょう」


 私はレナ様の判断に驚く。


 魔法で有効な攻撃ができないのなら、強行突入自体は妥当な判断だと思う。

 驚いたのは、途中で考えを改めたことだ。

 私が知る限り、以前のレナ様なら、自分の言を改めたりしなかった。

 ましてや、他人から侮られかねない判断なんて、絶対にしなかった。


 魔法や剣の実力だけじゃなく、判断力や人間性も成長しているようだ。

 不謹慎ではあるが、レナ様にとっては今回の出来事は成長する良い機会だったのではとさえ思ってしまう。


 私はレナ様の提案に頷き、剣に込める魔力を増やす。


「私が前を行きます。防御は私に任せていただき、レナ様は会敵次第、攻撃できるよう備えておいてください」


 私の言葉にレナ様は頷く。


「分かったわ」


 レナ様から、レナ様自身へ指揮を任せるよう発言された時は不安に思ったが、強ち自分の実力を過大評価しているわけでもないのかもしれない。


 レナ様と私は足に込める魔力を増やす。


「全力で駆けます。しっかりついてきてください」


「もちろんよ。貴女こそ私に追い抜かれないようにね」


 門から五十メートルほど離れていた私たちは、全速で駆け、一瞬で門をくぐり抜けた。


 そんな私たちを出迎えたのは、数十本の魔法の矢だった。

 移動中攻撃が来なかったのは、敵はこの瞬間に賭けていたからだろう。


 私はその矢を、今度は魔力消費を抑えるため、魔法障壁ではなく、剣で全て叩き落とす。


 門を抜けた今、相手は身を隠すところはない。


 姿を確認できた敵の魔道士は十人程度。

 思ったより人数が少なかったのは、おそらく二つ名持ちレベルが混ざっているからだろう。

 実力が上がれば、一度に放てる矢の量も増える。


 剣で全ての矢を叩き落とした私を見て、驚愕の目を向ける魔道士たち。


 そんな魔道士たちを守るように、同じく十人ほどの騎士が立ちふがる。


 真ん中に陣取るのは見知った顔。

 二つ名持ちの騎士『剛腕』のアルベルトだ。


 『剛腕』の実力はよく知っている。

 一カ月前の私なら、一対一でも勝つ自信はなかった。


 そんな『剛腕』への対処を考え、一瞬攻撃に遅れの生じた私の頭上を、黒い影が通り過ぎた。


 影の持ち主はレナ様。


 剣を上段に構えたレナ様は、落下の勢いそのままに、先頭に位置する『剛腕』の頭上へ、剣を振り下ろす。


ーーガキーン!ーー


 大きな音を立てて斬り結ぶ、『剛腕』の剣とレナ様の剣。


 そのままでは倒しきれないと判断したレナ様は、少しだけ後ろへ飛び下がる。


「また会ったな」


 ニヤッと笑った『剛腕』の顔に、レナ様は心底嫌そうな顔をする。


「二度と会いたくなかったけれどね」


 それを聞いた『剛腕』はさらに笑みを増す。


「安心しろ。お前たちはここで死ぬから三度目はない。アレスの娘レナ。アレスの騎士『閃光』のローザ。お前たちを王国に対する叛逆者として、この場で処刑する」


「できるものならやってみなさい」


 レナ様はそう言いながら、剣を中断に構えた。

 その横顔には緊張の色が見える。


 緊張するのも無理はない。

 聞いた話だと、一カ月前には全く歯の立たなかった相手なのだから。


 そんな相手を前にしたレナ様は、それでもこう告げる。


「『剛腕』は私が引き受ける。ローザは残りをお願い」


 微かに震える剣先を見た私は、思わずレナ様に質問する。


「『剛腕』は強敵です。お一人で大丈夫ですか?」


 そんな私の問いかけに、レナ様は声を荒げる。


「作戦の指示は私が出すと言ったでしょ? 貴女はただ従えばいい。二度は言わせないで」


 少しだけ感情的になっているレナ様。


 ただ、一番の強敵と言えるであろう『剛腕』をレナ様が引き付けている間に、私が残りを始末するというのは理にかなった作戦ではある。

 ……レナ様が死にさえしなければ。


「絶対に無理はしないでください。危なくなったら、逃げるか私を頼るかしてください」


 レナ様はふっと笑う。


「まるで、私が苦戦するような物言いね。見てなさい。貴女が残りを倒すより早く決着をつけてあげますから」


 レナ様の発言を聞いた敵は全員がカチンときたようだ。


 残り呼ばわりされた者たちも。

 苦戦すらしないと評価された『剛腕』も。


 特に『剛腕』に至っては、怒りをあらわにする。


「お前、一ヶ月前に尻尾巻いて逃げたよな? 将来性のある奴は好きだが、調子に乗った奴は気に食わねえ。ぶっ殺すぞ」


 普通の子供なら、その言葉だけで泣き出しそうな恐ろしいトーンで『剛腕』がレナ様へ告げる。

 そんな『剛腕』を嘲笑うかのようにレナ様が返す。


「貴方たちから見たら私たちは叛逆者でしょう? 調子に乗ってようが乗ってまいが、ぶっ殺す以外の選択肢はないんじゃないかしら? そもそもさっき自分で殺すって言ってたのにわざわざ繰り返したのはなぜかしら?」


 レナ様の言葉に、『剛腕』はさらに逆上する。


「このガキはおれがこの手で殺す。お前たちは手を出すな」


 怒りに燃える『剛腕』には、敵も関与したくないようで、誰からも文句は出ない。

 敵からすると、レナ様については一ヶ月前の情報しかないわけで、『剛腕』が苦戦するとは露ほども思っていなというのもあるだろうが。


 逆上した『剛腕』の言葉により、レナ様が望む展開となる。

 この展開まで見越しての挑発だとしたら、もはや子供とは思えないが、十二、三歳の少女がそこまで見通せるはずはないから、流石に偶然だろう。


 レナ様はこの一カ月で確かに実力をつけた。

 でも、それでも『剛腕』に勝てるかどうかは微妙だと言わざるを得ない。


 レナ様の心配をする私に対して、いくつもの殺気が向けられてくる。

 私の相手も、二つ名持ちが二人に、二十人弱の上級レベルの魔道士と騎士。

 今の私でも、楽勝とは決して言えない相手だ。


「それじゃあ始めましょうか」


 レナ様の言葉を皮切りに、アレス様奪還のための陽動作戦の第二ラウンドがスタートした。

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