第85話 奴隷の騎士⑥
王都の門を守る兵たちへ先制攻撃を加えるべく、魔力を練り始めるレナ様。
一ヶ月前は、上級魔法一発を放つだけで精一杯だったレナ様の魔力量は、今や別人かと思われるほどに飛躍的に上昇していた。
込められた魔力量から察するに、おそらく放とうとしているのは上級魔法。
「炎よ。全てを焼き尽くす大いなる力よ。我が前に立ち塞がりし、悪しきを清める救いとなりて、その力をここに示せ」
呪文を唱え終わったレナ様を包む魔力が急激に膨らむ。
この段階になって、門番の中の数人が異常に気付いたようだ。
私は上級魔法の呪文は全て覚えている。
魔法は使えなかったが、相手が唱える魔法に対応するため、呪文だけは暗記していたからだ。
レナ様が唱えようとしている魔法は、その呪文の通り、その場の全てを焼き尽くす豪火を生み出す。
門の周辺には、門を守る騎士や兵士以外にも、複数の民間人と思しき人間がいた。
私は思わず、レナ様の魔法を止めようとする。
「レナ様、待っ……」
国や民を守るために命を捧げた騎士や兵士と、民間人は違う。
自分たちの目的のために民間人まで殺してしまったら、それはただの人殺しだ。
しかし、私の制止に気付いてか気付かずか、レナ様は魔法を行使した。
『煉獄(れんごく)!』
レナ様の手から放たれた高熱の炎は、辺りを焼き尽くす。
上位魔族が襲撃してきても対応できるよう、魔法的な処理をされている門そのものには影響はなさそうだ。
だが、人はそうはいかない。
魔法障壁が間に合わず、炎に包まれ、のたうち回る騎士や兵士。
魔法障壁は張ったものの、実力が足りないか、緊急のため精度が悪かったかで、大きなダメージを受ける騎士や兵士。
もちろん中には的確に対処し、無傷で立っている騎士や兵士もいる。
その中で、不自然に立っているのは、ただの民間人と思しき者たちだ。
「な、なぜ民間人が無傷で……」
思わず疑問の声を上げる私。
上級範囲魔法を、ある範囲だけ指定して避けて放つのには、非常に高度な技術を要する。
上級魔法を覚えたばかりで、誰もが使えるような、簡単なことではない。
「明日からお父様の民になるかもしれない人たちを殺すわけないじゃない。呪文にもある通り、私たちの前に立ち塞がりそうな者だけ指定して魔法を使っただけだわ。もしかしたら、軽い火傷くらいはさせちゃったかもしれないけど」
何気なくそう答えるレナ様の言葉を聞き、私は驚愕する。
上級範囲魔法の対象指定は、二つ名持ちの魔道士でも難しい技術なはずだ。
それを十二、三歳の少女が行うなんて……
エディばかりに気を取られていたが、レナ様もまた、類稀なる才能を持っているのを忘れていた。
「それより、さっさと殲滅に移りましょう。さすがは王都の門の守りを任されるだけはあるわね。思ったより取り残しちゃったから、貴女の手を煩わせちゃうけどよろしくね。増援が来る前に、一気にこの場を片付けましょう」
レナ様の言葉に気を取り戻した私は、剣に魔力を込める。
レナ様が撃ち漏らしたのは、いずれも上級レベルの実力はありそうな騎士や兵士。
そのうちの一人が、緊急事態を告げる鐘のもとへ走るのが見える。
侵略が目的なら真っ先に潰すべきだが、今回の私たちの目的は陽動。
敵の注意と戦力をこちらへ引き寄せる必要があるため、わざと泳がせる。
ーーゴーン……ーー
魔力の乗ったその鐘の音は、町中に響き渡るほどの大きさだった。
魔力的に閉鎖された空間でない限り、聞こえるだろう。
これで、敵の戦力はこちらへ向かって来るはずだ。
鐘の音を確認したレナ様と私は、お互い目を合わせて頷くと、敵の残存戦力に向かって突入する。
その場にいた民間人は、蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていったから、戦うべき敵が分かりやすくなってありがたい。
無傷で立っているのが三人
火傷を負いながらも立っているのが五人。
詰所の中から感じる気配が二人。
鐘を鳴らしに走った者が一人。
地面に転がっているのが十三人。
地面に転がっている者は見たところ魔力も感じず、生きていても戦闘不能だろうから、まずは火傷を負っている五人を削りたい。
簡単に削れる戦力から削っていくのは、戦闘の基本だ。
その判断はレナ様も同じようだった。
駆けながら呪文を唱えるレナ様。
自分も駆けながらのため、よくは聞き取れなかったが、敵の元へたどり着く前に呪文を唱え終わったレナ様が、魔法を放つ。
『蓮花!』
レナ様が魔法を放つと、辺りに氷の大花が咲く。
氷の上級範囲魔法である蓮花。
上級魔法の連発にも平然とした様子のレナ様。
本当にこの人は、この一ヶ月で見違えるように変わった。
対して、平然としていられないのが相手の方だ。
魔法の中心は、すでに火傷を負っていた五人の真ん中ほど。
レナ様が放った魔法は、五人が構えた魔法障壁ごと凍らせる勢いだ。
そして、すでに弱っていた五人の障壁はすぐに割れ、五人ともが成すすべなく、凍り付いた。
無傷だった三人と、詰所と鐘からそれぞれ駆け寄ってきた三人は、レナ様の魔法を魔法障壁で防ぐ。
この残りの六人は、それなりの手練れだろう。
魔力量的には五人が上級、一人が二つ名持ちといったところか。
私が知っている二つ名持ちにこの敵はいなかったが、油断はできない。
私は二つ名持ちレベルと思しき敵に狙いを定める。
相手も、私を攻撃対象に選んだようだ。
『窮奇!』
敵の掛け声とともに、獣の牙を形どった風の魔法が私を襲う。
風の上級魔法である窮奇。
対処を誤れば、厄介な魔法である。
一ヶ月前の私なら、緊張を強いられていただろう。
……でも、今なら取るに足らない。
私は剣に込める魔力を少し増やし、風の牙に向けて振り下ろす。
ーーブワッーー
たった一振りで、風の牙は霧散した。
「なっ……」
絶句する敵。
私はそんな敵の喉元めがけて剣を向ける。
そして、剣を向けながら、足に込める魔力も増やした。
良くも悪くも、私の攻撃はこの技にかかっている。
『……閃光』
次の瞬間、魔力の爆発で生じた光を放ちながら、私は高速で跳躍する。
すかさず魔法障壁を展開する敵。
ただ、障壁が薄い。
私の攻撃は、紙でも破るかのように敵の魔法障壁を貫き、そして、そのまま首までを貫いた。
私が剣を横に薙ぐと、首から大量の血を撒き散らして、敵は倒れる。
魔力こそ二つ名持ち相当だったが、戦闘は稚拙。
唱える呪文も、もし使えるなら最上級にすべきだったし、魔法障壁にも全力で魔法を注ぐべきだった。
こちらはたった二人だし、相手には増援もくるのだから、出し惜しみする必要もない。
その判断ができないからこそ、魔力は高くても二つ名持ちにもなれず、この場で命を散らすことになったのだろうが。
私の直接の部下ではないが、同じ王国の騎士だった者として、指導者に恵まれなかったであろうこの相手に同情する。
一方、対照的なのがレナ様だ。
ーーズシャッーー
音を立てて敵の首が地面に落ちる。
音のした方を見ると、レナ様が剣に付いた血を払っているところだった。
そんなレナ様へ、残りの四人が一斉に殺到する。
弱いものから倒すのは戦術の鉄則だ。
この場では二つ名持ちの私より、子供のレナ様を先に倒すべき。
相手の判断は間違っていない。
だが……
ーーキーンッ、ズサッーー
そのうちの一人の斬撃を受けると、そのままくるりと体を返し、回転の勢いのままに、別の一人を斬りつけるレナ様。
また一人が膝をつき、前に倒れ込む。
五人いた敵が、あっという間に三人に減っていた。
相手は上級魔法の二連発を凌ぎきる程度には実力のある、それなりの手練れ。
一カ月前のレナ様なら、一人相手でも苦戦していただろう。
もともと素質はあった。
足りなかったのは、命を賭ける経験と魔力の量。
足りなかったその二つをこの一カ月で補ったレナ様は、もはや並の相手では歯が立たないほどの脅威になっていた。
正直なところ、一カ月前の私なら、今のレナ様に必ず勝つという自信がない。
わずか三人となってしまった敵は、レナ様から一旦距離を取る。
相手としては賢明な判断だろう。
もうじき彼らの元には援軍が到着する。
援軍さえ到着すれば、わずか二人の私たちなど敵ではないだろう。
それが彼らの判断だ。
だが、私たちは素直に援軍を待ってやるつもりはない。
援軍が来た時、私たちが生き延びるためには、少しでも敵を削っておいたほうがいい。
もちろん、魔力と体力は温存した上で。
「レナ様、あとは私が」
私がそう言うと、レナ様は頷く代わりに、私と敵の動線上から身を避ける。
それを合図に、私はすかさず呟く。
『閃光』
私の攻撃に、本来呪文はいらない。
ただ、何かの言葉と紐付けたほうが魔力的に効率が良くなるというエディの言葉の元、私は攻撃の際、そう呟くようにした。
確かに、頭の中だけで考えていた時より、間違いなく効率は良くなった。
そんな効率の良くなった私の攻撃は、敵の喉元を再び貫く。
先ほど倒した敵同様、剣を横に薙ぐと、先ほどと同じように、敵は血を撒き散らして地面に散った。
「クッ……」
無残に倒れる仲間の方に気を取られる、二人の敵。
うめき声をあげるその二人に向けて、レナ様が右手を向ける。
私の攻撃の間に呪文を唱えていたようだ。
『窮奇!』
無詠唱ではなく上級魔法本来の威力をもって獣の牙を形どった獰猛な風が、唸りを上げて敵を襲う。
私の攻撃に気を取られていた敵二人は、魔法障壁を張るのが一瞬遅れた。
魔力の練り込みが足りず、上級魔法を防ぐには薄いその壁を、二人の敵ごと、風の牙が飲み込んだ。
体を切り刻まれ、血しぶきを上げる二人の敵。
その血を浴びて真っ赤に染まった私とレナ様が顔を合わせる。
「レナ様、お怪我は?」
私の問いかけに首を横に振る。
「かすり傷もないわ。これは全部返り血よ。貴女は?」
私も首を横に振る。
「私も同様です。ちなみに魔力と体力の方も問題ございませんか?」
レナ様は少しだけ考えるそぶりを見せる。
「魔力は十分の一くらい使っちゃったかしら。体力はちょうどいい準備体操くらいね」
上級レベルの騎士や兵士を複数人倒して、準備体操とは、恐れ入る。
今後の戦いのことを考えると魔力を一割も消費したのは少し使いすぎな気がするが、流石にそこまで求めるのは高望みし過ぎだろう。
「増援はどれくらいで来るかしら?」
今度はレナ様が私に尋ねる。
「遅くともあと数分もしないうちに第一陣は来るでしょう。今の時点でまだ到着していないのが遅いくらいです」
私が言葉を発し終わるか否かというタイミングで、俄かに強大な魔力が膨らんだのを頭上で感じる。
「レナ様、障壁を!」
喋りながら、私は上空に向かって魔法障壁を張る。
「もちろんやってるわ!」
レナ様も同じ気配を感じたようだ。
次の瞬間。
ーーバリバリッ、ドッゴーンーー
雷鳴を轟かせながら、強力な電気の奔流が、レナ様と私の上に降り注いだ。
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