第76話 奪還の奴隷⑥

 初撃は居合にしようと決めていた。


 先ほどとは違い、相手は動いていない。

 魔力を練る時間も十分にある。


 俺は小さな声で呪文を唱える。


『……雷光』


 雷光の利点は、緊急回避的に無理な体勢で動けることだけじゃない。

 体を流れる電気信号さえ式として記録すれば、これまでで最高の動きをトレースできることだ。

 練習の百パーセントが、常に本番で出せる。


 今の俺が出せる最速の攻撃。


 自分の目でも捉えられないほどの速度の斬撃が、剣聖を襲う。


ーーシュッーー


 しかしその剣は、先ほどの『迅雷』相手の時と同様、無様に空を切る。


 迅雷の時とは異なり、確実に捉えたかと思ったその攻撃は、後ろへ飛んで回避した剣聖の動きに対応できなかった。


 目で捉えるのすら困難なはずの斬撃。

 そんな攻撃を、まるで初めから俺の動きが分かっていたかのように躱す剣聖。


 簡単に倒せるとは思っていなかったが、さすがに俺は焦る。

 

 しかし、そんな焦りを相手に悟らせるわけにはいかないので、次の攻撃を考える俺。


「いい攻撃だ。だが、お前の師匠はその後も斬撃をつなげてきたぞ」


「えっ?」


 剣聖の言葉に思わず聞き返してしまう俺。

 この男に師匠の名前を名乗った覚えはない。

 なぜ剣聖がそんな言葉を吐いたのか気になった。


 だが、そんな思考はすぐに吹き飛ぶ。


ーーブワッーー


 肌を刺す剣気と魔力を感じた俺は、すぐに身構える。


 ダイン師匠と並び、王国最高峰にいる剣士。

 そんな相手にどこまで通用するのか。


 剣聖の初撃は突き。


 ローザの『閃光』で高速の突きは見慣れていたが、それでも速く感じる突きだった。

 『閃光』程ではないが、『迅雷』の動きには匹敵する速さだ。

 通常の攻撃でこの速度は、驚異的としか言いようがない。


 だが、俺は焦らず対処する。

 直線的な攻撃である突きは、剣先から外れれば、楽に躱すことができる。

 そして、攻撃を躱されてしまうと、無防備になってしまうのが突きの特徴でもある。


 俺は『雷光』で横に跳び、剣聖の突きを躱す。

 伸びきった腕に、無防備にさらけ出された胴体。


 紛れも無いチャンス。


 俺は一瞬の迷いもなく、剣聖の胴目掛けて刀を振り下ろす。


 しかし……


ーーガキンッーー


 甲高い金属音を立てて、俺の攻撃は受け止められる。

 突きによりバランスが崩れていた剣聖は、体勢を立て直さないまま、腕だけ戻し、俺の攻撃を受けていた。


 力が入らないはずの体勢での、無理な受け方。


 にも関わらず、俺の攻撃は見事に止められていた。


 筋力。

 魔力。

 反応。

 経験。

 勘。


 全てがずば抜けているからこそなせる、攻撃姿勢のままでの防御。


 まさに王国最強の剣士を名乗るにふさわしい相手だ。

 ダイン師匠に勝るとも劣らない、今の俺にとって間違いなく格上の相手。


 時間が許すなら、自分の全てを出し切って挑戦してみたい。

 だが、残念ながら今はそんな時間はない。

 この戦いが長引けば長引くほど、こちらの状況は不利になる。


 格上相手に時間制限を持った上での戦い。

 しかも、この後、別の格上二人との戦いも控えている。


 ただ、幸いなのが、必ずしもこの相手に勝つ必要はないこと。

 剣聖からは、俺の覚悟を示せと言われた。

 大切なものを守るために、必要であれば魔王すら倒す覚悟。


 俺は大きく飛び下がって、魔力を練る。


 覚悟の示し方は二つあると俺は考えた。


 魔法も使って剣聖を圧倒するのが一つ。


 ただ、それだとまだ未完成の、ある魔法を使わなければならないが、それだと魔力も枯渇するし、体への負担も大きい。

 そして何より、今の完成度では圧倒するのは難しいだろう。

 そもそも成功率が低すぎて、博打にもならない。

 今この場でとる選択肢としては厳しいと言わざるを得ない。


 もう一つは、純粋な剣の実力で、剣聖を超えるポテンシャルを示すこと。

 今はまだ勝てないかもしれないが、近い将来、自分を超える可能性があると示せば、納得させられるかもしれない。


 一か月前の時点で、ローザにすら劣っていた俺の剣術。

 その剣術が今の時点でどこまで通用するか分からない。


 でも、それしか手はないだろう。


 十分練り上げた魔力は、量だけなら剣聖より多いかもしれない。

 体から溢れ出す魔力の密度を上げて刀に集中させ、上段に構える。


 剣聖も俺の次の一手を見たいのか、隙だらけの俺を待ってくれていた。


「……その余裕、後悔させてやる」


「させてみろ」


 純粋な剣の実力と言いながら、俺は少しだけズルをする。

 ズルの内容は、ダイン師匠に認められた時と同じ。

 純粋な剣の腕と言いながら、魔法を織り交ぜる。


『……雷光』


 自分の考えた利便性抜群のこの魔法で今回再現するのは、ダイン師匠の動き。

 俺との修行の時に見せてくれた中で、最高の動きをトレースする。

 まだまだ本人のものと比べればレベルは低いかもしれないが、剣聖と双璧をなす刀神の動きの模倣。


 俺が示せる最高の剣技で、覚悟を示す。


 まずは上段から頭部への振り下ろし。

 これまでの自身の練習の中で、最も体重が乗り、魔力の流れも良かった振り下ろしをトレースする。


「……むっ」


 おそらく想定を超えていたであろう俺の攻撃に、剣聖は思わず声を漏らしてしまったようだ。


ーーガキンッーー


 しかし、攻撃は剣聖まで届かずに受け止められる。


 初撃が止められるのは想定のうち。

 そこから抜き胴に移る。


 上段からの流れるような動きに、剣聖はかろうじて反応する。

 俺が受け手なら体勢を崩してしまうところだが、剣聖はギリギリの反応でも体勢を崩さない。

 流石の動きだ。


 そこから俺は袈裟懸けに剣聖の肩を狙う。

 通常なら無理のある動き。

 その動きを、魔法式による神経への命令で可能にした俺は、悲鳴をあげる筋肉と筋の痛みを我慢しつつ実行する。

 ダイン師匠はこんな無理のある動きをどうやって行っているのか、次会ったら是非とも聞きたい。


 意表をつく動きに、それでも対応する剣聖。

 剣では受けず、ステップで後ろに躱す。


 俺はこの動きを待っていた。

 後ろに下がって止まるという行為には、物理上どうしても踏ん張る時間ができる。

 当然無理な攻撃をしているこちらにもタイムラグができるはずだから、通常なら問題のないはずの時間。

 そこへ俺は、事前に仕込んだ魔法式による身体操作で、でタイムラグをなくす。


 最初の三手は布石。

 四手目が勝負を決めに行く本命の一手だ。


 四手目はそこで決める前提なので、その後の防御は考えず、最速の攻撃を行う。


 本命の一手は突き。


 ここだけは、ダイン師匠の動きに自分でアレンジを加え、ローザの技をヒントにした。

 ローザの『閃光』に比べれば、レベルが低いが、それでも通常の魔力を込めただけの突きよりは、はるかに速い『閃光』もどき。

 それが俺の決め手だった。


 魔力を爆発させて推進力に変えるのがローザの『閃光』だ。

 その際、推進力にならなかったエネルギーが閃光のように、光となって輝く。


 一歩間違えば魔力を制御しきれず、体を損傷しかねないシビアな魔力管理が必要なこの技。

 俺はローザほど上手くは使えていない。

 それでも、『雷光』によってタイムロスを減らし、技の流れに組み込めば十分使えるはず。


『閃光』


 小さく技の名前を唱えた俺は、魔力を爆発させ、光を発しながら突きを放つ。


ーーグサッーー


 俺の渾身の突きは、そのまま貫いた。


 ……剣聖の手の平を。


 俺はすぐにダイン師匠と手合わせした時のことを思い出す。

 案の定、魔力によって剣聖の手の平に固定された俺の刀はピクリとも動かない。


 選択肢としては刀を手離して、魔法を用いた遠距離戦に持ち込むしかない。

 勝ち目は薄くなるが、それなりに戦うことはできるはずだ。


 ……でも、果たしてそれで、覚悟を見せたことになるのか。


 俺がそんな迷いから刀を手放せないでいると、剣聖が口を開いた。


「……もういい」


 剣聖の言葉は決して明るいものではなかった。


 剣聖は俺の刀を拘束していた魔力を緩める。

 俺も刀に込めた魔力を弱めると、剣聖は血が滴り落ち落ちる傷口を気にも止めずに、ゆっくりと刀から手を抜いた。


 結局俺は、剣聖へ決定的な攻撃を加えることができないまま、刀を鞘へしまう。


 剣聖は厳しい表情のまま俺の方を向く。


「お前の覚悟も実力も分かった。結論を言う」

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