第73話 奪還の奴隷③
アレスが監禁されている屋敷へ向かう途中、リン先生へ敵の防衛体制を伝える。
「敵は十二貴族二人に、剣聖。それと二つ名持ちの騎士が数名に、その他の兵士が二十名ほどです」
それを聞いたリン先生は険しい顔をする。
「二つ名持ちの騎士とその他の兵士はどうとでもなりますけど、問題は十二貴族と剣聖ですね……」
リン先生の認識と俺の認識は、おおよそ一致していた。
二つ名持ちの騎士相手なら、一対一では負けないくらいの実力をこの一ヶ月でつけた自信がある。
だが、十二貴族や剣聖相手に戦えるかと言われると、自信はない。
剣聖の実力がダイン師匠と同レベルだとすると、かなり厳しい戦いになるのは間違いない。
「リン先生なら……十二貴族や剣聖と戦えますか?」
俺はリン先生の実力を、正確には把握できていない。
二つ名持ち相手には十分戦えると思うが、それ以上の実力者に対してどこまで戦えるかは未知数だ。
「剣聖とは十分戦えると思っています。ただ、十二貴族に対しては分かりません。純粋な実力だけなら負けていないと思いますが、彼らには特異な能力がありますから」
リン先生からの情報に、俺は思わず戸惑う。
剣聖と戦えると断言したこともそうだが、その後の言葉により疑問を覚えた。
「……特異な能力とは?」
俺の質問に対し、リン先生は真剣な顔をする。
「王国貴族の中には、その人特有の能力を持つ者がいます。その能力の存在は国家機密扱いなので、一般には知られていませんが。私が囚われていた屋敷の男が持っていた『魔女狩り』もその一つ。彼の能力下では、全ての者が、魔力を使えなくなります。その能力のせいで私は何もできなくなりました。使い方次第では、魔王すら倒し得る能力です」
確かにリン先生を助けにいった際、魔力が使えなくなった。
部屋に仕掛けられたトラップか何かだと勝手に思っていだが、個人の能力だとすると厄介きわまりない。
作戦の根本的な見直しをすべきかの判断が必要なレベルだ。
そんな俺の迷いを見抜いたのか、リン先生が微笑む。
「でも大丈夫です。『魔女狩り』だけはどうにもなりませんが、同じ能力は他にはありません。エディさんには私が付いています。魔力さえ使えればどうとでもなります。何があってもエディさんは私が守ります」
自信たっぷりのリン先生の顔を見て、俺の迷いは薄れる。
リン先生が根拠なく強がりを言っているようには見えなかった。
俺はリン先生の言葉を信じることにする。
「それではよろしくお願いします。でも、リン先生はなぜ俺なんかのためにそこまでしてくれるんですか?」
俺はさっきから感じていた疑問を口にする。
リン先生には、俺にここまで尽くしてくれる理由はないはずだ。
リン先生は笑う。
「先生が生徒の助けになるのに理由なんてありません。可愛い生徒のためなら、一肌でも二肌でも脱ぎますよ」
眩しい笑顔を見せるリン先生。
リン先生は先生の鏡だ。
感謝しても感謝しきれない。
この件が終わったら、リン先生にはできる限りの恩返しをしなければ。
そうこうしているうちに、アレスが囚われた屋敷に到着した俺とリン先生。
屋敷の周りには十五名ほどの騎士や兵士が配置され、厳戒態勢がとられていた。
屋敷から少し離れたところから、その様子を伺う俺とリン先生。
「スピードが命です。行きましょう」
俺の言葉に首を横に振るリン先生。
「むだに暴れて、恐らく屋敷の中にいるでしょう十二貴族や剣聖たちに警戒されると厄介です。中の人たちに気付かれないように排除しましょう」
リン先生が言うことは最もではあるが、口で言うほど簡単ではない。
外を守るのは雑兵ではなく、恐らく精鋭の騎士や兵士だ。
「どうやって……」
俺が尋ねるより早く、リン先生は呪文を唱える。
「風よ。悪しきを貫く槍となれ」
リン先生が唱えた呪文は、最も基礎的な風の初級魔法。
ただ、宙に浮かんでいるのは、通常よりかなり小さいサイズの風の槍が十五本だった。
『風槍(ふうそう)』
静かに放たれたその言葉に従い、小さな風の槍たちは、一斉に動き出す。
まるで意思を持っているかのように動き出した槍たちは、屋敷を警護する騎士や兵士の首筋を音もなく襲った。
攻撃に気づく間も無く、風の槍の攻撃を受ける警護の騎士や兵士たち。
誰一人抵抗することなく、首筋から血しぶきを上げ、彼らは倒れた。
血塗れの地面の上に倒れて動かない兵士たち。
そんな彼らに冷たい目を向けるリン先生。
「危機意識が足りませんね……警護の任にありながら、不意打ちに対して警戒していないなんて。エディさんも不意打ちには気を付けてくださいね。私が一緒にいる間はもちろん今みたいな攻撃を受けさせはしませんが、二十四時間付かず離れずというわけにはいきませんので。もちろん、エディさんが望むなら片時も離れず一緒にいますが」
淡々と話した後、少し顔を赤らめるリン先生。
そんなリン先生に対し、俺は戦慄を覚えながら質問する。
「……リン先生は人を殺したことがあるんですか?」
あまりにも慣れた手口と、動揺すら見せないその精神に対し、疑問に思ったことをつい口にしてしまう。
俺の質問を聞いたリン先生は真顔になる。
「人を殺すのは二回目です。一回目はアレス様のお屋敷が襲撃された時。今の攻撃については、対魔物との戦闘の応用です」
二回目という言葉に、俺は衝撃を受ける。
俺もカレンとともに一度人を殺したことはある。
でも、今リン先生と同じように殺せるかと言われたら、答えはノーだろう。
「リン先生は、人を殺すのは怖くないんですか?」
リン先生は、真顔のまま答える。
「……怖いです。きっと今の光景も、一生忘れることはできないでしょう。でも、私が何より怖いのは、私が情けをかけたり、躊躇したりすることで、エディさんに害を及ぼしてしまうこと。そんなことになるくらいなら、例えトラウマになったとしても、自分の手を血で染めることに抵抗はありません。それが私の覚悟です」
まっすぐに俺を見据えるリン先生に、俺は返す言葉がなかった。
カレンと一緒にいた時の俺には、きっとその覚悟があった。
でも、今の俺にその覚悟はあるか。
十二貴族たち本人はともかく、その他の人々は、ただ十二貴族たちに騙され、利用されているだけの可能性が高い。
そんな善良かもしれない人たちを、自分たちの目的のために、簡単に殺すことなどできるだろうか。
悩む俺に、リン先生は微笑みかける。
「エディさんが同じ覚悟を持つ必要はありません。エディさんの敵は、私が全て排除しますから」
リン先生の言葉に、思わず甘えそうになる自分を、心の中で叱責する。
命のやり取りの場で、情けや容赦は足枷にしかならない。
自分の目的を叶えるためには、優先順位をはっきりさせなければならない。
そのためには、悪になる覚悟も必要だ。
「ありがとうございます、リン先生。おかげで改めて覚悟ができました。自分の敵は自分で必ず対応します」
そんな俺にリン先生は微笑みかける。
「さすがはエディさん。でも、無理だと思ったら私に言ってください。生徒に無理をさせすぎないのも、先生の役目ですから」
「ありがとうございます」
俺の返事を聞いたリン先生はまた真面目な顔になる。
「それでは中に行きましょうか。ここから先にいるのは、真の実力者。今みたいな不意打ちは通じません。逆に、こちらが不意打ちを受けることを警戒しながら進みましょう」
リン先生の言葉に俺は頷く。
二つ名持ちの騎士の実力は『剛腕』やローザで十分分かっているつもりだ。
それ以上に強いはずの十二貴族や剣聖相手に、油断などできない。
さらには、十二貴族が持っているであろう特殊能力も気にかかる。
それにしても、リン先生に協力を仰げたことは、本当に幸いだった。
俺一人では、今の段階でここまでうまくはいかなかっただろう。
純粋な戦闘力では、かなり強くなったつもりだったが、まだまだ学ぶべきことはある。
なんと言っても、俺は戦えるようになってから、まだ二ヶ月半。
実戦経験も数えるほどしかない。
俺は改めて気を引き締め直し、アレスが囚われている屋敷の中へ向かうことにした。
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