第71話 奪還の奴隷①

 ローザを仲間にしてからの一か月。


 レナ、ヒナ、ローザ三人の頑張りに、俺は正直驚いていた。

 訓練どころか拷問といった方が良いほどの修行。

 そんな修行に対し、誰一人、愚痴の一つもこぼすことなく頑張っていた。


 俺は元の世界で誰よりも頑張ってきたつもりだった。

 環境に恵まれない分を努力で補おうと頑張ってきたつもりだった。

 そんな自分より頑張る人間なんて見たことがなかった。


 だが、この世界で出会ったこの少女三人は違った。

 元の世界の自分と同じかそれより若い少女達。


 能力が高く、整った顔立ちで、スタイルまで抜群の彼女達は、俺がいた元の世界なら、何の不自由もなく暮らすことができただろう。


 そんな少女達が、自分の課した地獄のような修行を、汗と涙と血でドロドロになりながらこなしていく。


 彼女たちに課したのは、普通の人が耐えられるような生易しい修行ではない。

 身体的な鍛錬については、極力身体を壊さないよう、限界を見極めながらメニューを組んだが、精神的な修行については加減をしなかった。


 心の出来上がっていない少女に課すようなものではないのは分かっていた。

 それでも俺は、ほとんど拷問といっても過言でないメニューを彼女たちに課した。


 発狂してもおかしくないメニューを、文句の一つも言わずにこなす彼女たち。

 失禁し、嘔吐しても、愚痴や弱音は絶対にこぼさない彼女たち。


 俺は、そんな彼女たちを見て、改めて自分自身の気も引き締め、修行に励む。


 最高の仲間。


 自然とそんな言葉が頭に浮かぶ。


 この仲間達を自分の判断で死なせたくはない。

 レナだけはいずれ殺すことになるが、作戦ミスで死なせてしまうのは違う。


 俺は、誰も死なせずアレスを奪還するため、慎重に作戦を練る必要性を感じた。


 ヒナと二人で赴いた王都では、ヒナのおかげで欲しかった情報はほぼ取れた。


 唯一の計算違いは、ヒナに余計な気を遣わせてしまったことだ。


 美しく、しかも気の利く女性と、一週間も二人きりで同じ部屋で一緒に過ごすというのは、俺にとって拷問のようなものだった。

 いくら心に決めた人がいるとはいえ、思春期の男には辛すぎる環境だった。


 寝る時間をずらしたりすることで、何とか対処しようとしたが、限界があった。

 その結果、ヒナに無理をさせてしまったのは、恥ずべきことだ。

 顔を合わせるのも気まずいが、そうも言ってられない。

 ヒナも何事もなかったかのように接してくれている。

 二度とこんなことにならないよう、最新の注意を払う必要があるだろう。


 俺は思考を今後の作戦に戻す。


 俺は一週間の調査の結果得られた情報と、三人の仲間達の現在の実力を基に、作戦を組んだ。


 作戦の概要は簡単だ。


 顔が敵によく知られており、実力も警戒されているだろうレナとローザは陽動に使う。

 王都を正面から攻め、敵に混乱を引き起こしてもらう。


 ヒナは俺と一緒に、リン先生の救出。

 敵に捕まったアレス、ダイン師匠、リン先生の三人の内、リン先生だけは警護が薄かった。

 仲間になってくれるかは賭けだが、戦力の増強のためには、必要な賭けだ。


 リン先生救出後、ヒナはレナとローザに合流し、機を見てヒナの跳躍で三人同時に戦線を離脱。

 流石にたった三人で王国全てを敵に回し、いつまでも耐えられるとは思えない。


 俺とリン先生は、二人でアレスを救出しにいく。

 アレスの警護についているのは、十二貴族が二人と、剣聖、それに二つ名持ちの騎士が数人だ。

 その他の兵士は数に数えなくていいだろう。

 それだけの実力を、俺はつけたつもりだった。

 

 リン先生と二人だけで敵を全て倒せるかは、難しい判断だ。

 さらには、もしリン先生が協力してくれなかったら、俺一人でアレスを奪還することになる。

 ハードルの高さは並ではない。


 だからと言ってこちらの戦力を増やすと、陽動組の方が間違いなく耐えられないだろう。

 確実に逃げるために、ヒナを付けてやるのはマストだ。


 こちらは最悪全員倒せなくても、アレスさえ助け出せればいいのだ。

 アレスさえ助け出せれば他の敵など目じゃないはず。

 こちらの勝利は確定したようなものだ。


 勝算は正直、それでもゼロに近い。

 でも、ゼロじゃない。


 俺は三人の仲間達に対して、作戦を告げる。

 作戦とも言えないような、簡単な行動指針。

 そんな俺の作戦に対し、三人からは、全く異論は出なかった。


「本当にいいのか? みんな……俺の作戦のせいで死ぬかもしれないんだぞ?」


 念押しで確認する俺に対し、ヒナが真顔で応える。


「もとより私の全てはエディ様のもの。エディ様の命で死ねるなら本望です」


 ヒナに負けじとローザも応える。


「私はエディの剣だ。エディの命に命を賭けるのは当然だ。それに、アレス様の救出は私の願いでもある。一人で考えなしに突っ込むよりは、遥かに勝算が高い。異論などあるはずがない」


 最後にレナが口を開く。


「エディには私の無理な願いを叶えるために頑張ってもらい、感謝しているわ。エディのおかげで、私達はわずか一ヶ月で見違えるように強くなれた。そんなエディの提案を否定する理由などないわ。私も、貴方の作戦に命を賭ける」


 三人の命が俺の肩にのしかかる。

 普通の高校生に過ぎなかった俺には、重過ぎる命。


 それでも俺は弱気な姿を見せてはならない。

 俺が弱気な姿を見せると、三人は不安になるだろう。

 何より彼女達の信頼に対する裏切りになる。

 そんな真似はできない。


「ありがとう。みんなはこの一か月、俺の想像の何倍も頑張ってくれた。みんなには、今回の作戦でもさらに無理をさせてしまう。でも大丈夫だ。アレス様は俺が必ず助け出す。それまで耐えてくれ」


 ヒナが相変わらずの真顔で返事する。


「はい。この命尽きるとも、必ずや耐えて見せます」


 俺は首を横に降る。


「死んではダメだ。必ず生き延びること。ヒナが死ぬのは俺が困る」


 ヒナはますます畏まった顔で応える。


「はい! 必ずや生きて任務を達成します!」


 俺はそんなヒナに笑顔を返す。

 奴隷契約とは関係なく、俺なんかを無条件で慕ってくれる少女。

 そんな少女を死なせるわけにはいかない。

 死なせたくはない。


「私も……死んでも自分の役割を果たそうと考えていたが、それではダメなようだな。生きてまたエディに尽くせるよう努力する」


 ローザもまた、俺なんかに仕えると言ってくれる希少な人間だ。

 そんなローザも死なせはしない。


「貴方こそ、勝手に死ぬことは許さないから。お父様を助け出して、必ず生きて帰ってくること。これは命令よ。守れなかったら許さないから」


 そう言って横を向くレナ。

 レナなりの気遣いの言葉だろう。

 それが分かる程度には、レナとの付き合いも長くなってきた。


ーー俺たちならできる


 心の中でそう自分に言い聞かせ、俺はダイン師匠からもらった刀の柄をぎゅっと握りしめた。





 俺たちそのまま王都へ向かうことにしたが、出立間際に、ローザが複雑な表情で俺を見てきた。


「どうした? やはり不安か?」


 質問する俺に、ローザは少しだけ考えたそぶりを見せた後、口を開く。


「いや、エディにお願いがあって……」


 もじもじとしながらそう切り出すローザ。


「俺にできることなら何でもいいぞ」


 そう返事する俺の顔を見て、なおも恥ずかしそうにするローザ。


「その……私を抱きしめて、頑張れと言って欲しい。そうすれば私は何倍も頑張れる」


 俺はローザの申し出の意図が分からなかったが、ローザは意味のないことを言うやつではない。

 こちらの世界での騎士の出立の儀式のようなものだろうか。

 忠誠を誓う儀式も、元の世界とは異なっていたし、出立の儀式も、元の世界の常識とは異なるのかもしれない。

 特に拒む理由もないので、俺は片膝をついて俺に高さを合わせてくれたローザを抱きしめる。


 見た目通り華奢な体に、俺は思わずドキドキしてしまうが、儀式なので仕方ない。

 ローザも儀式とはいえ、異性である俺に抱きしめられ、照れているようだ。

 ドクンドクンという心臓の鼓動が聞こえてくる。


「ローザ、頑張ってくれ」


「……はい」


 返事をするローザの声が、いつもより艶めかしく聞こえてしまうのは、俺が女慣れしていないせいだろう。

 大切な儀式の時に、邪な思いを抱いてしまう自分を恥じる。


 ヒナの時といい、俺は欲求不満なのかもしれない。

 アレスを助け出した後、対処を考えなければならない。

 このままでは、大事な仲間たちを、性欲の対象に見てしまいかねない。


 俺がローザから離れると、レナとヒナが羨ましそうな目でこちらを見ていた。


 俺はそんな二人から視線を切る。

 彼女たちにまで同じ要求をされてしまうと、俺の気持ちが作戦に集中できなくなる。

 俺は、無理矢理話を進めるように言葉を発した。


「じ、時間もないし、そろそろ行くぞ」


 半ば強引にそう切り出すと、俺たちは、そのまま四人で王都へ向かった。

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