第70話 閑話 獣人の少女
その獣人の少女にとっての神のような存在。
白髪の少年エディ。
彼とともに十二貴族アレス奪還を狙う、獣人の少女を含めた三人の少女。
少年エディが彼女たち三人に課した課題は、想像を絶するものだった。
三人のうち、誰が死んでもおかしくない。
三人のうち、誰が狂ってもおかしくない。
だが、三人とも根をあげることはなかった。
理由はいくつもある。
全員が力不足を認識しており、心から強くなりたいと願っていること。
直近の戦闘で自分の弱さを痛感したから。
敵の強さをよく認識しているから。
そもそも戦い方すら知らないから。
きっかけはそれぞれだが、強くなりたいという思いは一緒だった。
もう一つは、彼女たちに課題を課す少年自身が彼女たちに負けないくらい、自分を追い込んでいること。
血の滲むような努力。
比喩ではなく、言葉通り血を滲ませながら自分を追い込み続ける少年を見て、自分だけ辛いから訓練の強度を下げて欲しい、などということは言えなかった。
そして最後にもう一つ。
一刻も早く、少年の役に立ちたいと思っていること。
三人それぞれが少年に対し、好意を持っていた。
本人たちがその気持ちに気付いているかどうか、素直に認めらているかどうかは別にして。
そして、ほんの数日だが一緒に暮らすうちに、三人ともが気付いていた。
三人の少女それぞれがライバルであると。
三人ともが美しく、能力が高い。
一歩抜き出るためには、己を磨くしかない、というのが彼女たちの共通認識だった。
加速度的に成長していく少女たち。
精神が摩耗し、月の物も止まってしまったが、それでも確かな実力がついているのは間違いなかった。
そんな激しい競争の最中、獣人の少女だけは、その訓練から外れることになる。
少年エディと、王都へ情報収集へ行くためだ。
訓練を休むことで、ライバル二人と差がつくのは、大きなビハインドだ。
だが、二人きりで時間を過ごすのは、そのビハインドを補って余りあるアドバンテージだ。
「それでは行ってまいります」
二人の少女へそう告げた時の、獣人の少女の優越感はたまらなかった。
悔しさと羨望を表に出さないようにする、二人の表情もまた、たまらなかった。
獣人の少女は、それでも自分の感情に気付いていなかった。
気付こうとしていなかった。
あくまで少年への気持ちは、助けてもらった恩からくるもの。
雄と雌との感情ではない。
そう思い込もうとしていた。
白髪の少年は髪を黒く染め、獣人の少女はフードを被って長い耳を隠し、王都へ潜入する。
情報収集の方法は二通り。
一般的な聞き込みと、少女の耳へ魔力を込めることによる盗聴だ。
特に盗聴の成果は抜群だった。
必要な情報は一気に集まって行った。
処刑当日の警備体制。
アレス、ダイン、リンの所在とそれぞれの警備体制。
特に重要なこれらの情報は、一箇所からだけでなく、複数のソースから情報を得て判断するようにした。
その情報によると、処刑当日は十二貴族全員に加え、賢者、大神官、剣聖、二つ名持ちの騎士と魔道士が勢揃い。
そのような中で救出に向かうのは現実的ではなかった。
ただ、処刑当日以外でも、アレスには十二貴族が二人と、剣聖、それに二つ名持ちの騎士と魔道士が数名ずつは、常に側にいるようだった。
ダインについても、アレスほどではないものの似たような状況だ。
リンだけはなぜか無罪放免ということになり、貴族による矯正ということで、マルムという貴族に預けられているとのことだった。
それらの情報を元に、残り二人の仲間と作戦を練るべく、一旦王都を離れることにした少年エディと、獣人の少女ヒナ。
王都に滞在していた三日間は、情報収集のため、二人の就寝時間を揃えて寝ることができなかったが、最終日の夜だけは、時間を合わせることができた。
姉弟という設定だったので、ベッドこそ二つあるものの、部屋は一つ。
同じ部屋にいるのは神のように崇拝する少年。
獣人の少女は、その育ちの都合上、恋なんてしたこともなければ、教えられたこともない。
だから、胸の内にある狂おしい感情の正体が分からなかった。
ただ、同じ部屋でベットに横になっている少年のことを考えると、下着が湿ってくるのを感じた。
少女は無知ではない。
売られた時のため、そういうことについても、知識だけは教えられていた。
なんとか体の火照りを抑えようとするが、全く抑えることができない。
そして、少女の人間を遥かに凌駕する嗅覚は、少年もまた、雄の臭いを発していることに気付く。
少女は、少年が自分に対して恋愛感情を抱いていないのを知っている。
少年の心は、どこにいるかも分からない、魔族に囚われたままだと知っている。
だが、それでも構わなかった。
少女は、ベッドから立ち上がると、未だ寝付けていない少年の元へ移動し、片膝をついて少年へ請う。
「エディ様。ご就寝中失礼します。恐れながら申し上げますが、体が昂ぶっていらっしゃる様子ではないかと。僭越ながら私がその……処理をして差し上げようかと思うのですがいかがでしょうか?」
ヒナの言葉に、エディは跳ね起きる。
「な、なんの処理だ?」
聞かなくてもいい事を聞く少年エディ。
わざと言わせたいのなら分かるが、そういうわけではないだろう。
ただ、いつも冷静なエディの慌てたそぶりを微笑ましく思うほど、ヒナにも余裕はなかった。
ヒナは、その白い顔を真っ赤にさせながら答える。
「せ、せ、性欲の処理です」
ヒナの答えに、エディも顔を真っ赤にする。
「そ、そういうことは好きな人としかやらない」
案に自分のことを好きではないと言われていることに、チクリと胸を痛めつつも、ヒナは引かない。
断ろうとするエディに対し、ヒナはグイグイと迫る。
「でも、我慢してらっしゃるのではないでしょうか?」
発情してるのが臭いで分かる、とまではさすがに言わない。
だが、エディは、ヒナに全てが見透かされているのを感じる。
「バレてるようだから言うけど、確かに若干ムラムラしているのは確かだ。ヒナみたいな綺麗な女性と一つ屋根の下で二人きりと言うのは、刺激が強すぎる。ただ、我慢はできるから、そっとしといてくれ」
そう言って拒むエディの唇をヒナが塞いだ。
……自らの唇をもって。
さらに、ゆっくりと舌を侵入させるヒナ。
エディの口の中で、ヒナとエディの下が絡み合い、溶け合うような感覚を二人は受ける。
しばらくして、つい手をヒナの胸元に伸ばそうとしたエディは、なんとか理性の力で自分を抑え込み、ヒナを自分から引き離す。
「な、何をするんだ? 俺は好きな人としかしないと……」
ヒナに対して注意しようとするエディを、まっすぐに見据えるヒナ。
その視線を前に、エディは言葉を止める。
「エディ様のお気持ちは分かっているつもりです。エディ様はカレン様を愛していらっしゃり、カレン様以外の人と、そのような行為をするつもりがないことを」
ヒナの言葉に、疑問の表情を浮かべるエディ。
「それなら何故こんな事を?」
真面目な顔でエディは質問する。
「私は、エディ様の道具です。時には耳となり。時には足となり。時には剣となり。エディ様のお役に立つことが私の全てであり、私の幸せです。ですので、私との行為は人としてカウントいただかなくて結構です。道具として、ただの性欲のはけ口としてお使いいただければ結構です」
エディは以前真面目な表情のまま、ヒナに質問する。
「……そんなのでヒナは辛くないのか? 俺は、ヒナには幸せになって欲しい」
エディの言葉に、ヒナは頬を緩める。
「そのお言葉をいただけただけで、私は幸せです。そして、先ほども申し上げた通り、道具としてお役に立つことができれば、より幸せを感じることができます」
ヒナはするりと服を脱ぎ、その透き通るような白い肌を露出させる。
起伏に富んでいるとは言い難いが、くびれるところはしっかりとくびれたそのスラリとした裸体は、エディの理性を揺さぶるには十分だった。
「俺が心の底から愛しているのは、今この場にいないカレンだ。カレンを裏切ることは絶対にない」
目を逸らし、何とか抵抗を試みるエディ。
だが、ヒナも負けてはいない。
「でも、集中力を欠き、思考能力が低下してしまったままでは、今回の作戦は失敗してしまいます。カレン様ともう一度会いたいというのなら、万全な状態で、今回の作戦を成功させてこそではないでしょうか?」
ヒナはエディの手を握り、小ぶりではあるが、形の整った自分の胸に、そっと触れさせる。
もちろん、ヒナもそのような行為に慣れているわけではない。
自身の、高鳴る心臓の鼓動が、エディに聞こえていないか、心配しながらの行動だ。
「た、だめだ! 俺は……」
なおも抵抗しようとするエディの寝巻きのズボンへ手をかけるヒナ。
「最後までなされるのに抵抗があるのであれば、とりあえず今日のところは、口で慰めて差し上げる、というのはいかがでしょうか? 初めてですので、上手くできるかは分かりませんが……」
ヒナからの提案に葛藤するエディ。
最後までしなければ、貞操を守ったことになるか。
外見は十二歳の子供ではあるが、中身は思春期真っ盛りの男子高校生であるエディ。
初めて見る、若い女性の美しい裸体を前に、気持ちを抑え続けるのは、一種の拷問だった。
「わ、分かった。最後まではしない。口だけなら」
エディが観念してそう告げると、ヒナは満面の笑みを浮かべた。
ヒナはそっとエディの寝間着のズボンを下ろし、既に熱り立っていた、エディの男性器を口へ含もうとする。
あと少しで唇が触れる。
そう思ったところで、急に体が動かなくなった。
まるで自分のものでないかのように、動かない体。
理由が分からず混乱しながらも願うヒナ。
ーー動いて!
自分の体へ命ずるヒナ。
ーーお願いだから動いて!
しかし、そんな心の叫びも虚しく、ヒナの体は固まったまま動かない。
そんなヒナを見たエディは、自分でズボンをあげると、ヒナの肩をポンと叩いた。
「気を遣わせてすまなかった。性欲なんかに俺は惑わされない。だから、無理しなくて大丈夫だ。ヒナはよく働いてくれている。だから、好きでもない男のために、そんな無理までしなくてもいい」
エディはそう言って優しく笑みを浮かべると、ヒナに服を羽織らせて、ベッドに横になる。
ーー違うんです!
という言葉は出てこなかった。
今の状況でその言葉を吐いても、意味はなかった。
余計にエディへ気を遣わせてしまうだけだろう。
ヒナは自身の全てをエディへ捧げている。
それは、貞操だって同じだ。
エディのためならなんでも出来る。
でも、それだったらなぜ……
考える中で、ヒナはふと、村で飼われていた時に聞いた言葉を思い出す。
「奴隷契約魔法には、子供が奴隷を持つときのための安全措置を設けることができる。異性の奴隷が体で誘惑するのを防止するために、性的行為を一切できなくする、というものだ」
その言葉を思い出したヒナはピンと来る。
エディへ好意を寄せ、ヒナの奴隷契約魔法に制限をかけることのできる人物。
そんな人物は一人しかいない。
今回の件で、ヒナがエディへ性的奉仕を行うのは、非常に難しくなった。
どんな誘惑の言葉を吐いても、それはあくまで自らの身を犠牲にした行為としか思われないだろう。
エディの優しさは、きっとそれを受け入れない。
ヒナは憎悪する。
自らと、愛する主人との関係にヒビを入れた、張本人を。
エディの命令さえなければ、特にレナをどうこうしようと思っていなかったヒナ。
だが、今回のことで、レナは明確に敵だと認識された。
何よりも尊いエディとの主従関係に手を出した罪は重い。
エディ様に命ぜられることがなくとも、私の手で必ず殺してやろう。
ヒナはそう誓い、静かに目を閉じる。
溢れ出る感情を抑えるために。
この屈辱と怒りを忘れないために。
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