第68話 小賢者⑧

 私が連行されて行ったのは、とてつもなく巨大で派手な屋敷だった。


 至るところを金で装飾されたその屋敷は、煌びやかではあるが、派手を通り越して、逆に下品に見えた。


 私は二人の十二貴族に連れられ、その屋敷の主人の元へ案内される。


 アレスや眼鏡の十二貴族の屋敷の応接室が、質素に見えてしまうほどの派手な部屋の中で、座っていたのは、丸々と太った中年の男だった。


 脂が浮かび、ブヨブヨと太ったその顔は、とてもではないが、同じ人間だとは思えなかった。

 魔物だと言われた方がしっくりとくる。


「そ、その子が、話の子かな?」


 脂の魔物のような男が、チンピラ風の男に尋ねる。


「……そうだ」


 チンピラ風の男は、仲間相手であるにも関わらず、嫌悪感を隠しもせずにそう答える。


 その返事を聞いた、脂の魔物のような男は、ニタっと笑みを浮かべる。

 その姿以上に醜い、下卑た笑みだった。


 その笑みを見た私は、嫌悪感のあまり、背筋に寒気が走るのを感じる。


「そ、それじゃあ、き、君たちはさっさと帰って。い、今から僕のお楽しみの時間だから」


 獲物を舐め回すような、じっとりとした視線で私を見ながら、脂の魔物のような男は、そう言った。


「言われなくても、出て言ってやるさ」


 チンピラ風の男と、真面目な顔の女性は、それぞれ、哀れなものを見る目線で私を見た後、部屋を去っていった。


 部屋に取り残された私。


 脂の魔物のような男からは、ほとんど魔力を感じない。

 ボールのような体では、剣術や体術を使うことも難しいだろう。

 とても私を拘留することができるようには見えない。


 私は拘束されているわけでもなく、逃げようと思えばいつでも逃げられるように思われる。

 今はまだ、近くに二人の十二貴族がいるだろうから、時間を置いてから逃げることにした。


 舐め回すようなこの男の視線は、嫌で仕方がなかったが、あと少しの辛抱だと思えば、我慢できなくはない。


 男はしばらく、私を見た後、口元を緩める。

 ゲヒヒッ、と豚のような声で笑いながら人語を話す。


「そ、それじゃあ、こ、この部屋にいるのもなんだし、へ、部屋を移動しようか」


 脂の魔物のような男はそう言うと、重い体をなんとか起こして椅子から立ち上がる。

 

 立ち上がるなり、ヨタヨタと歩き始める、脂の魔物のような男。


 あまりにも無防備なその男の後ろを、私は黙ってついていく。


 あの眼鏡の青年が、なぜ私をこの男に預けたのか分からない。

 この男が相手なら、魔法を使わずとも、魔力で強化による腕力のみでも楽に倒せるだろう。


 実は、逃してくれるためにこの男に預けたのだろうか。

 そんな想像をしてしまうくらい、弱そうな相手だった。


 男に連れてこられたのは、暗い部屋だった。


 中に入ると徐々に目が慣れてくる。


 部屋の真ん中にあるのは、白いシーツの敷かれた大きなベッド。


 その周りには、棘の生えた太くて短い棒や、電極のようなもの、さらにはよく正体の分からない液体まである。


「き、君には僕の、あ、愛人になってもらう。む、無理やりするのは、こ、好みじゃないから、君からいいって言われるまで、最後まではしない。……まあすぐに君からして欲しいって言うことになる思うけど」


 話から察するに、この気持ち悪い男は、私を性の奴隷にでもしようとしているようだった。


 そんなのは、死んでもごめんだ。

 私の初めては、好きな人に捧げる。

 私の好きな人、エディさんとは……もう二度と会えないかもしれないが、それなら一生処女のまま死ぬまでだ。


 逃げるチャンスを伺おうと思っていたが、こうなったら話は別だ。

 貞操の危機を脱するため、私はこの場を去ることにする。


 相手は大して魔力も感じない、太った中年男性。

 私の手にかかれば、相手にはならない。


 いきなり殺すのは忍びないから、追ってこれないよう、足を落とそう。

 これだけ大きな屋敷なら、さすがに医者の一人や二人、お抱えでいるはずだ。

 死ぬようなことはないだろう。


 そう考えた私は、右手を前に出して、無詠唱の魔法を放つ。


『窮奇(きゅうき)!』


 しかし、何も起こらない。


 式の構築が間違っていたのだろうか。

 私はもう一度、今度はしっかりと魔力を練ろうとして、違和感に気付く。


 体から魔力が感じられない。

 魔力路から体に魔力が供給されない。


 私のこめかみを冷や汗が流れる。


 もう一度魔力を練ろうとする。


 ……それでも結果は同じだった。


 そんな私を見た脂の魔族のような男がニタっと笑う。


「魔法を唱えようとしてるのなら無駄だよ。僕の周りでは、誰も魔法は使えない」


 話しながら、男が私に近づいてくる。

 私は、そんな男から逃げるべく、後ろに下がる。


「魔法どころか、魔力すら使えない」


 男はヨタヨタとしながら、それでも一歩ずつ近づいてくる。

 私は、さらに後ろへ下がろうとして、すぐに背中を壁にぶつけてしまった。


「僕の『魔女狩り』の能力は、最強なんだ」


 恐らく『魔女狩り』というのは、この男の『称号』だろう。

 この男が異世界出身だという可能性は理解していた。

 ……ただ、あまりにも弱い魔力と、見るからに身体能力も低いだろう外見に、私は油断していた。

 『称号』への警戒が欠如していた。


 だが、そんな後悔は後の祭りだった。


 男の手が伸び、私の頬へ触れる。

 あまりの嫌悪感に、私は思わずその手を払いのけようとする。


 そんな私の手を、脂の魔物のような男が掴む。

 汗と脂でベトベトした手で、掴む。


 魔力さえ使えれば、簡単に払いのけられる。

 だが、魔力を使えない私は、ただの非力な子供だ。


 脂の魔物のような男の顔が近づいてくる。


 フーフーと聞こえる荒い鼻息。

 その息が触れるたびに、気持ち悪さで鳥肌が立ちそうになる。


 鼻が曲がりそうなほど臭い口臭。

 私は、吐きそうになるのをなんとか堪える。


「ぼ、ぼくからは、さ、最後まで無理やりはしない。と、途中まではしてあげるから、き、君が最後までしたくなったら教えて」


 私からしたくなるなんてこと、あり得るわけがない。

 同じ空気を吸うだけでも嫌なのに。


 男は、私の胸元へ手を伸ばす。

 私はそんな男の手を叩く。


ーーぱちんーー


 私に叩かれた男の手が小さな音を立てた。


ーーパチーンッ!ーー


 次の瞬間、私の頬から大きな音がする。

 遅れてズキズキと痛みだす、私の左頬。


 男に強く叩かれたようだ。


「ぼくに暴力を振るうな! 次やったら、もっとひどい目に合わせる!」


 それまでの、どもった声が嘘だったかのような大きな声で、男は私を怒鳴った。


 暴力と恫喝の声に、私は怯む。


 魔力が使えなくなるだけで、私はこんなに非力になるなんて。


 男は、私の服を力任せにビリビリと破く。


 やっと膨らみかけたばかりの小さな胸を、私は手で隠す。


 そんな私の腕を力づくでどける、脂の魔物のような男。

 私の胸を凝視する、脂の魔物のような男。


「な、なんてキレイなピンク色なんだ」


 羞恥と悔しさで、私は自分の顔が赤くなるのを感じる。

 醜い顔をうっとりとさせた後、脂の魔物のような男は、いきなり胸にしゃぶりつく。

 私は、なすすべなく胸を舐められ続ける。


 執拗に乳首をしゃぶる男。

 乱暴なしゃぶり方に痛みを感じるが、暴力を恐れた私は、何も言うことができない。


 気持ち悪さしか感じない、その行為に対し、ひたすら耐え続ける。


 一通り乳首をしゃぶった後は、唇を奪おうとしてくる脂の魔物のような男。

 私は抵抗を試みるが、力づくで口を押し付けてくる脂の魔物のような男を、非力な私は拒むことができない。


 無理やり唇を重ね、舌をねじ込んでくる。


 ……エディさんのためにとっていたファーストキス。


 それはあまりにもあっけなく、あまりにも無残にも奪われてしまった。


 あまりにもひどい口臭に、再度吐き気を催すが、今吐くわけにはいかない。

 そんなことをしたら、よりひどい暴力を振るわれてしまうだろう。


 グネグネと私の口の中で舌をこねくり回されるのを、私は耐え続ける。

 口の中をナメクジが彷徨っているような感覚。

 乱暴なその行為はキスと呼ぶのもおこがましいほどの酷さだ。


 しばらく口の中を侵食した後、脂の魔物のような男は、私の下腹部へ手を伸ばす。

 乾いた私の秘部に触れた男は、なぜか指を止める。


 不思議に思った私が、男の顔を覗き込もうとするより早く、男は私から少しだけ体を離す。


 そして、無理やり下着を脱がすと、私の両足首を力づくで握って開き、私の秘部をまじまじと覗き込む。


「パ、パイ◯ンじゃないか!」


 羞恥のあまり、顔がさらに真っ赤に染まってしまうのが分かる。

 そんな私の股の間を、恍惚の表情で見つめる脂の魔物のような男。


 その男の表情を見て、私は十年前の出来事を思い出す。

 忘れもしない、元の世界での、最悪の出来事を。


 顔も体つきも違うが、表情はあの時見た同級生の男の子そのままだった。


 もしかしてこの男は……


 私がそう思った時、男は私の足首から手を離すと、ゆっくり私から離れた。


「き、今日はここまでにする。き、君にはこれから毎日ゆっくり快楽を与え、自分からおねだりするようにさせる。そ、それまでお預けだ」


 男はそう言って私に背を向け、ドアから出ようとする。


 そんな男の背中を見送る私の方へ、ふと男は振り返る。


「こ、この屋敷の中は、ぼ、ぼくの能力の圏内だ。に、逃げようなんて思わないことだね」


 そして男は去っていった。


 私は、泣きたくなるのをなんとか堪える。


 処女膜はなんとか守った。

 でも、それだけだ。


 私の体は、あの男に汚されてしまった。

 男に舐められたところに残る、臭い唾液の臭いが、その証拠だ。


 エディさんのために綺麗なままで残していた体。

 いつかエディさんに触れてもらえることだけを夢見ていたのに。

 その夢はもう、踏みにじられた。


 思い返すだけでも吐き気を催す、男の行為。

 ただ気も気持ち悪く、嫌悪感を催すだけの行為。


 愛する人と行えば幸せに満ち溢れははずのその行為は、ただ最悪な気持ちしか生まなかった。


 今日は耐えれた。

 ただ、明日も耐える自信はない。


 エディさん。


 もう二度と会えないだろうその人の名を、私は心の中で呼ぶ。

 目頭からこぼれ落ちる熱い液体を止めることができない。


 私は、これから始まる最低な日々を思い、俯くしかなかった……






 それからの日々は、想像通り最低なものだった。


 執拗に私の体を弄ぶ、脂の魔物のような男。

 無理やり処女を奪うようなことはしなかったが、逆に言うと、それ以外のことはなんでもされた。


 臭くて気持ちが悪いだけのキス。


 同じく気持ちが悪く、痛いだけの胸への愛撫。


 最初のうちはそれだけだったが、数日後から、秘部を舐め始めた。


 キスや胸への愛部だけでは乾いたままだった私の秘部も、直接舐められると、愛液を分泌し始める。


 防衛本能であり、ただの反応に過ぎないその現象を、脂の魔物のような男は喜ぶ。


「ぼ、ぼくの愛に感じてるんだね」


 無視する私に対し、男は愛部をし続ける。


 数日間、それでも私が我慢し続けると、今度は、部屋に置いてあった液体や電極、その他の道具を使い始めた脂の魔物のような男。


 私は、日替わりで色々な道具を試され続けた。


 男への好意は、当然一切ない。


 ……でも、毎日繰り返される刺激に、体の方はどうしても反応してしまう。


 男が用いる正体不明の液体も大きな原因の一つだ。


 その液体を塗られるだけで、体が火照り、愛液が溢れる。


 男が触れるだけで、ピチャピチャと音を立てる私の秘部。


 電極の刺激でのけぞる体。


 自分のものと思えない体。


 快楽の嵐に、意識が飛びかけたのは一度や二度ではない。


 でも私は屈しない。

 快楽なんかに負けない。


「そ、そろそろ、ぼ、ぼくと繋がりたいんじゃない?」


 毎日のようにそう問いかける、脂の魔物のような男。


「ぜ……絶対、いや」


 思わず頷きそうになるのを我慢し、なんとか拒む私。


 男が部屋を出た後、その日も何とか我慢できたことに胸をなでおろし、シーツを身にまとって丸くなる私。


 私は考える。


 私の全てと言ってもいいエディさんはもう、ここにはいない。

 美しい魔族カレンと一緒に、幸せに暮らしているのだろう。

 別れてからどれくらい経ったか分からないけど、二人はもう、とっくに結ばれているのかもしれない。

 そうなっていれば、私のことなんてもう、思い出しもしないだろう。


 私は溢れ出る涙を拭う。


 それなら、今の私の我慢は何のためだろう。


 好きな人と結ばれるわけでもない。

 助けが来るあてがあるわけでもない。


 それなら、処女を守る意味はあるのだろうか。

 好きな人に捧げることのできない処女なんて、どぶに捨てて仕舞えばいいのではないか。


 ……もう疲れた。


 それが私の本音だった。


 あんな気持ちの悪い男に犯されるのなんて、絶対に嫌だったが、これ以上の刺激には、私の精神が持たない。


 私は、もう何度目か分からない泣き寝入りをして、次の日の朝を迎えた。






 次の日も、陽が高いうちから繰り返される執拗な愛撫。


 初めのうちこそ、快感を感じないように抵抗を試みたが、毎日のように刺激を与え続けられた私の体は、すぐに反応してしまう。


「そ、そろそろ、い、挿れてもいい?」


 男からのいつもの問いかけ。


 どんなに感じていても、必ず否定していたその問いかけに、今日の私は、返事をする気力がなかった。


「へ、返事がないってことは、い、いいんだね?」


 歓喜の表情を浮かべ、汚い男性器を私の秘部へ押し当てる、脂の魔物のような男。


 あぁ。


 これで、私の大事なものが奪われてしまう。







 ……死のう。


 愛する人とはきっともう会えない。

 汚れた体で、目的なく生きることなんてできない。


 この男に犯された後、私は死のう。


 目の前で死んだら、この男に対して、少しは復讐になるだろうか。


 ならなくても関係ない。

 何でもいいからもう死のう。


 ……エディさん。


 最後に愛する人の顔を思い浮かべて、私は目を閉じた。

 





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