第66話 小賢者⑥
「アレス様は十二貴族を。ダインさんは剣聖を。残りは私が引き受けます」
私はアレスとダインそれぞれにそう告げる。
「残りとは言っても、精鋭の騎士や魔道士が百人以上はいるし、二つ名持ちも何人かいるよ。一人で大丈夫かい?」
アレスが心配そうな顔で私に尋ねる。
「大丈夫です。全員倒しきれるかは分かりませんが、抑えておくことなら可能です」
即答する私に、アレスが頷く。
「それで十分だ。助かる」
私はアレスたちに背を向け、十二貴族以外の騎士や魔道士達を見渡す。
「私が相手です。恐らく十二貴族の命令だろうとは思いますが、それでもこんな姑息な行動に加担する相手に、命の保証はしません。死んでも構わない人からかかって来てください」
そう告げる私に対し、声を上げる一人の騎士。
「ガキが。多少魔力があるからって調子にのるなよ!」
声の主を、私は『観察者』の能力で見る。
魔力:上級
身体能力:上級
所属:十二貴族家
そして、気になるワード。
出身:異世界
威勢のいい言葉とは裏腹に、実力は大したことなさそうではある。
一流と呼ばれるくらいには強いのだろうが、それだけだ。
注意しなければならないのは、この騎士も転生者だという点のみ。
かつての同級生かもしれないが、エディさん以外の同級生に対して、慈悲をかける必要性は感じていなかった。
仲が良かった子もいないし、イジメから助けてくれた子もいなかった。
『称号』により、特別な能力を持っているだろう点にだけ気を付けないと。
私はざっと敵を見渡す。
相手の能力を一人一人見ている時間はない。
まずは口減らしだ。
『炎よ。全てを焼き尽くす大いなる力よ。我が前に立ち塞がりし、悪しきを清める救いとなりて、その力をここに示せ』
作戦は簡単。
レナの魔法講師採用試験の時と同じだ。
炎で熱した後、氷で急激に冷やして魔法障壁を破り、真空の刃で切り刻む。
それで、実力の劣る者は振り落とせるだろう。
アレスとダインは、既に少し離れた位置で戦闘を始めているので、気兼ねなく魔法を使うことができる。
まあ、彼らなら仮に近くにいたとしても、簡単にしのげるだろうが。
呪文を唱え終わった私は、右手を前に出す。
繰り出すのは炎の上級魔法。
天国と地獄の間で、罪を清める炎。
『煉獄(れんごく)!』
ーーゴウッーー
音を立てて敵に襲いかかる炎。
流石に精鋭だけあって、きちんと魔法障壁を張り、一人も倒れた者はいない。
私は続けざまに、次の呪文を唱える。
『氷よ。六つの地獄を超えし力よ。我が前に立ち塞がりし、悪しきを戒める刃となりて、その力をここに示せ』
冷気によって肌を裂き、紅い蓮の花を咲かせる氷の上級魔法。
呪文を唱える間、何発か飛んでくる敵の上級魔法を、魔法障壁で叩き落としながら、私は次の魔法を放った。
『蓮花(れんか)!』
凍てつく冷気が敵を襲う。
魔法障壁で身を守ろうとする敵。
しかし……
ーーパリン、パリン、パリンッーー
一気に割れていく、敵の魔法障壁。
敵の間に動揺が走る。
出し惜しみはしない。
最後に放つのは、風の上級魔法。
魔法障壁を貼り直す暇を与えないため、無詠唱で放つ。
四凶の名を冠する、風の牙。
無詠唱で使っても、殺傷能力が高く、継続時間も長い、お気に入りの魔法の一つ。
『窮奇(きゅうき)!』
魔法障壁を失った騎士や魔道士達へ襲いかかる風の牙。
「ぐわぁーっ!」
「あ、足がーっ!」
倒れていく騎士や魔道士達。
……だが、その数は五、六人といったところだった。
流石に精鋭だけあって、レナの試験の時のようにはいかない。
たった五、六人倒したところで焼け石に水だ。
なかなか思うようにはいかないものだ。
仕方なく私は、次の行動に移ろうとする。
だが、そんな私を敵がいつまでも見逃すわけがなかった。
「放て!」
先ほどの異世界出身の騎士の声に合わせ、雨のように飛んでくる、様々な系統の初級魔法。
その全てを受ける私。
今は難なく対応できているが、何と言っても多勢に無勢。
もちろんこのままではジリ貧だ。
そんな私を追い込むかのように、敵の後方で膨大な魔力の高まりを感じる。
恐らく最上級魔法を用意しているのだろう。
魔道士というのは、基本一人では戦わない。
魔道士の攻撃には、どうしても呪文詠唱という工程が必要だからだ。
私のように、呪文を唱えている間、魔法障壁で防御できる者ももちろんいる。
だが、そんな魔道士はごく少数派で、基本は他のメンバーに守ってもらう。
今回がまさにそうで、後ろで最上級魔法を唱えている魔道士は、たくさんの騎士や魔道士によって囲まれるように守られている。
私の魔法障壁は、上級魔法なら何発食らっても耐えられるはずだか、さすがに最上級魔法を相手に何度も耐えられるかどうかは自信がない。
だったら撃たせないまでだ。
一人で魔物を狩り続けてきた私には、当然、呪文を唱えるロスタイムを埋める策はいくらでもある。
私は、足に魔力を込め、そして跳んだ。
「なっ……」
息を飲んでこちらを見上げる大勢の敵。
私の魔法を防ぐべく、魔法障壁を張った騎士や魔道士たちは前面に出た布陣を組んでいる。
もちろんその布陣は間違いではない。
……私が相手じゃなければ。
基本的に魔法は前面から来る。
その前面を防御力の高い者で固め、後方に待機した魔道士が、後ろの安全なところから魔法を放つ。
だから、後ろの魔道士は無防備なことが多い。
上から攻撃する魔法というのは、上級以下では、雷系の魔法以外ない。
だから、雷の魔法以外に対する上への防御はどうしても疎かになりがちだ。
相手も、雷の魔法への備えはしているだろうから、私の生み出した最上級魔法、『火雷(ほのいかずち)』を放っても、効果は薄いだろう。
それなら私が上に行けばいい。
魔力による跳躍と、風の魔法により、空に舞い上がる私。
空飛ぶ魔道士なんて、他では聞いたことがない。
恐らく、私以外にはいないのではないだろうか。
上への警戒を全く取っていなかった敵は、私を見上げるしかない。
『飛廉(ひれん)!』
空を舞う私は、詠唱省略で風の上級範囲魔法の名を叫ぶ。
当然、無詠唱のため威力は弱まり、初級魔法程度の威力しかない。
敵の強力な魔法障壁を破ることなどできないし、鍛え抜かれた騎士たちなら確実に躱し、傷をつけることすらできないだろう。
でも、無防備に魔法を唱える、魔道士たちは別だ。
「ぎゃあっ!」
呪文を唱える魔道士たちを襲う、複数の風の槍。
いかに高名な魔道士でも。
例えそれが初級魔法程度の威力でも。
無防備な状態で攻撃を受ければ、無傷では済まない。
膨大な魔力を備えていた魔道士が、三人ほど倒れた。
風の魔法の効果が薄れ、自由落下を始める私。
そんな私に向けて、魔法を放とうとする魔道士たちや、剣や槍で攻撃しようと、落下点で待ち構える騎士たち。
そんな敵の中へ、無防備で落ちれば、ひとたまりもないだろう。
もちろん、私が無防備で落ちるわけはないが。
地面に落ちる間際、風の魔法で落下の衝撃を弱め、スタッと着地する私。
そんな私へ、魔法や剣による攻撃が殺到する。
だが、誰の攻撃も、私の張った魔法障壁を貫けない。
私が着地した辺りは敵陣の後方に位置する。
攻撃してくる騎士は、一流ではあるものの、上級レベルの魔法剣しか使えない。
魔道士も同様だ。
戦闘不能になった者達以外、上級レベルしかいなさそうである。
それはまあ、仕方ないことではある。
最精鋭は、前面にいるだろうからだ。
さらに言うと、魔道士たちは強力な魔法をこの場では使えない。
他の味方を巻き添えにしてしまうからだ。
襲いくる敵の中で、魔法障壁を張りながら、魔力を練る私。
そんな私を見て、焦りながら攻撃を加えて来る魔道士や騎士たち。
そんな敵をつい嘲笑いながら、呪文を唱える私。
『炎よ。全てを焼き尽くす大いなる力よ。我が前に立ち塞がりし、悪しきを清める救いとなりて、その力をここに示せ』
前面からの攻撃にはほとんどの者が耐えたが、果たして、内側からの攻撃には、どれだけの者が耐えられるだろうか。
騎士や魔道士にも得意不得意がある。
魔法障壁を張るのが得意な者や、そもそもの防御力の高い者は前面に行くし、そうでない者は、後ろに下がる。
今私の周りを囲む、もともと後ろに控えていた者たちは、ちゃんと耐えられるのだろうか。
答えはおそらく否。
『煉獄(れんごく!』
再びその場を炎が包み、敵を襲う。
当然、焦りながらではあるが、魔法障壁を張ったり、防御の姿勢をとる敵の魔道士や騎士たち。
一度目は耐えたこともあり、敵はまだ耐えられる気でいるようだ。
慌てながらも絶望感はない。
だが、そんな考えが甘いことを、敵は思い知ることになる。
「ぐわぁーっ!」
「あ、熱い……」
炎が燃え盛る地獄のような光景。
その真ん中に立つ私。
一度目の『煉獄』は通常レベルの強さで放った。
今回の『煉獄』は、全力の魔力を込めて放った。
名前は同じでも、もはや別物の魔法だ。
最上級魔法ほどとは言わないが、並の上級魔法とは一線を画すレベルの豪炎。
敵のレベルが高いほど、無意識で魔力消費を抑えるため、相手の魔法のレベルに合わせた魔法障壁を張る。
一回目で見せた『煉獄』の強さに合わせた魔法障壁を張った者たちは、今回の攻撃に対し、魔法障壁の強度が足りなかったのだ。
もちろん、本当の手練れと呼ぶべき者たちは、込められた魔力量を見極め、適切な強さの魔法障壁を張っていたようだが。
ただ、無傷で立っている敵は、あと十名から二十名といったところか。
最初に声を上げた異世界出身の騎士も倒れたようだ。
立っている者たちの中にその姿はなかった。
元の世界なら殺人になるのだろうか。
そんな考えが少しだけ頭の中をよぎったが、今はそんなことを考えている余裕はない。
人間としては失格かもしれないが、私の中の優先順位上、この場を乗り切る方が重要だから仕方がない。
今回の攻撃で、想像以上に倒すことができた。
魔法障壁は、精神力に左右される。
突如敵のど真ん中に現れた私に、敵が動揺していたというのも大きいのかもしれない。
攻める私にとっては良いことなので、何の問題もないが。
ただ、残りは本当に強い者たちばかりだろう。
私は慢心せず、気を引き締める。
とは言え、こちらはまだ手札を全く見せていない。
ここまで見せたのは、上級以下の魔法のみ。
最上級魔法も、切り札である『とっておき』も、まだ使っていない。
私は、次の手を考えながら、魔力を練る。
ーーこのままなら行ける
そう思って次の魔法を繰り出すべく、右手を前に出した時だった。
「そこまでだ」
戦闘の終わりを告げる声がその場に響いた。
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