第65話 小賢者⑤
ーードガーンーー
アレスの家で、エディさんやアレスたちと食事を摂っている時だった。
家の外で大音響が鳴り響く。
おそらく何者かによる魔法の攻撃。
私は、アレスたちと一緒に外に出て、その何者かを確認しに向かう。
その場にいたのは、鎧に刻まれた紋章を見るに、十二貴族とその配下の精鋭たちのようだった。
勢揃いする十二貴族に、百名を超える騎士や兵士に魔道士たち。
対するこちらは、アレスにダイン、エディさんとカレンとレナ。
十二貴族たちの発言を聞くに、敵は、王選で圧倒的に有利なアレスを亡き者にし、残りの誰かが王になるよう仕向けるつもりのようだった。
倫理的には、相手の戦略は誉められたものではないが、アレス以外の残り誰かが王になるための策としては、非常に効果的と言わざるをえない作戦だ。
戦力差は明白で、こちらが圧倒的に不利。
アレスの家は、同じ国の仲間である他の貴族に襲われる前提の防備になっていない。
大抵の敵ならアレスとダインでどうとでもなるが、流石に今回の戦力差は絶望的と言わざるをえない。
それでも、戦えなくはないはずだ。
……この場には、私がいるから。
そう考えた私は、相手の実力を図るべく、十二貴族の一人を相手に『観察者』の能力を発動する。
魔力:通常の上位魔族を凌駕
身体能力:通常の上位魔族を凌駕
所属:十二貴族家
想定を超える強さ。
ここまででも驚くべきことだったが、さらに驚いたのは、最後の情報だ。
出身:異世界
なんと、相手は異世界の出身だった。
順番に十二貴族を見ていったが、ほとんどの者の出身が異世界だった。
配下の精鋭たちの中にも、異世界出身者はちらほら紛れているようだ。
これだけ大量の異世界出身者。
恐らくは私と一緒に転生させられた人たちだろう。
私のこめかみを汗が流れる。
異世界出身者の嫌なところは、剣や魔法といった見える情報だけが全てではないこと。
私と同じく、何かしらの『称号』が与えられているはずだ。
『称号』の内容次第で、その戦闘力は大きく変わる。
何の『称号』が与えられているか分からない以上、下手に攻めることができない。
『観察者』の能力をフルに使えれば『称号』の中身も分かるかもしれないが、今の制約下では、先ほど以上の情報は引き出せなかった。
初対面の相手には、私の『観察者』の能力は、本領を発揮できない。
相手の話を聞くに、彼らがここへきた目的は、アレスの王選辞退を促すためのようだ。
王選さえ辞退すれば何もしないとのことだが、そんな言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。
今回の件の事実を知る私たちを、放置しておくわけがない。
後日、折を見て排除しにかかるのは確実だろう。
恐らく、同じことを考えたであろうアレスは、相手の要求を断り、戦闘に入ることとなる。
相手の要望で、一騎打ちを挑まれたアレス。
はっきり言って、相手はバカだとしか言いようがない。
他の十二貴族は手を出さないという前提での戦闘。
アレスが勝てば引き下がるという。
噂に聞く限りでは、単体でアレスに適う戦力は、人間の中にはいないはずだ。
本来ならそんな戦い挑まずに、全員がかりで倒すべきだろう。
ただ、仲間の十二貴族が私の知っているクラスメートたちだとすると、大人しく黙っているとは思えない。
卑怯でずる賢い奴等ばかりだからだ。
でも、もしかすると本当に引き下がってくれるかもしれないとの期待を込めて、私はその戦闘を見守ることにする。
魔力や雰囲気を見るに、一騎打ちを挑んできた赤髪の十二貴族は強い。
私が相手だったら、確実に勝てるとは言い切れないだろう。
でも、アレスは別次元だ。
単独で戦うのは無謀としか言えない。
剣で挑んでくる赤い髪の十二貴族。
鋭い剣戟は、接近戦では間違いなく私なんかじゃ太刀打ちできないほどのキレを持っている。
そんな相手の攻撃をあくびでも出そうな様子で軽くあしらうアレス。
エディさんとの訓練で、毎日刀神ダインの実力を目の当たりにしてきたが、その刀神と比べても遜色ない実力のアレス。
剣では分が悪いと感じたのか、今度は魔法を繰り出す赤い髪の十二貴族。
『劫火(ごうか)』
相手の放った最上級魔法。
込められた魔力は相当なもので、火力は最上級の名を冠するに相応しい強力なもの。
私の『雷公(らいこう)』にも負けないほどの威力はある。
そんな強力な呪文を、魔力効率の悪い、純粋な魔力の放出のみで止めるアレス。
大人と子供のような実力差だ。
アレスざ強いというのは分かっていたつもりだったが、それでもここまでの差があるとは思わなかった。
圧倒的。
そんな言葉がまさにぴったりの実力だ。
もし仮に、私がアレスと戦う場合、『とっておき』を使ったとしても通用しないだろう。
最強の人間との評価は、伊達ではないということか。
一騎打ちにはそのままアレスが勝った。
でも、やはり他の十二貴族たちは引き下がらなかった。
全員がかりでアレスを殺そうと動く。
予想通りではあるが、無駄な希望を持って、その間に何の手立ても考えていなかった自分を後悔する。
彼我の戦力差は絶望的。
いくらアレスが強いと言っても、一人で全員を相手するのは無謀だ。
相手が雑兵ならともかく、アレスを除けば王国トップレベルの実力を持つ十二貴族が十人と、二つ名持ちを多数含む、精鋭の騎士や魔道士が百人以上。
さらには剣聖などというおまけまでついているようだ。
一騎打ちで敗れた赤髪の十二貴族は手を出さないとのことだが、焼け石に水というやつだろう。
剣聖は刀神ダインが抑えるとのことだが、それだけじゃほぼ意味をなさないことは間違いない。
レナは精鋭の騎士や魔道士の一人や二人は相手にできるだろうが、それだけだ。
エディさんも、二つ名持ちの一人くらいなら任せられるだろうが、同じくそれだけだ。
この場に限れば、二人は戦力としてカウントできないだろう。
それどころか、下手すると、人質に取られてしまう。
二人についてはこの場から逃すしかない。
私は考える。
エディさんと二度と離れないと私は誓った。
エディさんと一緒にこの場から逃げたい。
でも、一緒に逃げた場合のことを考える。
もし一人で敵の全員を相手にすれば、いくらアレスでも、すぐに倒されるのは明白だ。
相手の戦力は、個人が相手にするには強力過ぎる。
下手な国なら簡単に滅ぼされてしまうほどの戦力だ。
アレスがすぐに倒されてしまえば、例え私たちが逃げたとしても、すぐに追いつかれるだろう。
追いつかれた後はきっと、レナ以外は口止めに殺されてしまうはずだ。
エディさんとは一緒にいたい。
せっかくもう一度会えた奇跡。
その奇跡をなかったものにはしたくない。
でも、一緒に逃げればみんなまとめて殺されてしまう。
エディさんが殺されるのは、絶対に嫌だ。
死ぬよりも嫌だ。
私はカレンを見る。
カレンも私を見ていた。
敵の足止めのためには、もう一人強力な戦力が必要になる。
せめて、アレスが十二貴族との戦いだけに集中できるよう、他の騎士や魔道士を相手できるだけの誰かが。
その実力を持っているのは、この場では私とカレンだけだ。
二人とも残れば戦力としてはさらに増すが、レナとエディさんを守りながら一緒に逃げる者も必要だ。
カレンに残ってもらえばどうか。
私の中の誰かが囁く。
でも、それはきっとエディさんが許さない。
エディさんも残ると言い出すだろう。
もし仮にカレンだけ残ったとしても、それでカレンが死んでしまえば、エディさんの心にはカレンが一生残ってしまい、私の方を振り向かせる余地はなくなってしまうだろう。
そうなると、例えこれから先、ずっと一緒にいられたとしても、辛い日々が待っているだけだ。
悔しいけど、今のカレンとエディさんの関係はそれだけの絆で結ばれている。
徐々にその絆の間に斬り込み、私の方を向かせていくつもりだったが、その時間がなかった。
これも運命というやつだろう。
私は、カレンに微笑みかける。
ーーエディさんのことをよろしく。
心の中で後を託す。
ーー任せろ。
真面目な顔で、カレンは頷く。
エディさんのことは好き。
この世の誰より、エディさんのことが好き。
その気持ちはきっと、カレンにも負けていないはずだ。
エディさんは私の気持ちは知らない。
ここで私が死んでも、気持ちは伝わらないままだ。
それでもいい。
エディさんが生きてくれるなら、それでもいいんだ。
剣聖を前に、珍しく余裕のない表情を見せるダイン。
「……アレス様、助力は難しいかもしれません」
ダインの言葉を聞いて頷くアレスのこめかみを、汗がすっと流れる。
「それなら私がアレス様を手伝います」
私はアレスへ提案する。
「君はたまたま居合わせただけの、臨時の雇われ講師だ。命をかける必要はない」
アレスが私を睨む。
その目には、この絶望的な戦いに、私まで巻き添えにしたくないという気持ちが滲み出ていた。
「そうかもしれません。でも、もしアレス様が倒されたらその後は?」
私はそう言って微笑んだ後、レナと、そしてエディさんを見る。
「私の大事な教え子を、守りたいだけです」
この言葉に嘘はない。
私は、私の何より大事な人を守るため、残って戦う。
……例え、その大事な人と二度と会えなくなろうとも。
私は、お母さんの形見となってしまったネックレスをエディさんに渡す。
本当にエディさんを守ってくれるような加護があるかは分からないけど、それでも願いを託して、ネックレスを渡す。
私の気持ちは最後まで伝えない。
今その気持ちを話しても、エディさんを縛る呪縛にしかならないからだ。
私のことを覚えておいてもらいたい気持ちはあるけど、それ以上に、エディさんの縛りになって苦しめる方が嫌だ。
私はエディさんに微笑みかけ、心の中だけで語りかける。
ーー大好きだよ、エディさん
最後にもう一度、カレンを見て、エディさんのことを改めて託す。
カレンは黙って頷いた。
エディさんは残って戦いたいようだったが、それは困る。
その気持ちはアレスもダインも同じようだ。
エディさんを突き放し、私と同じように何かを託していた。
その後、アレスの奴隷契約による命令で、この場を去っていくエディさん。
遠ざかっていく、私の愛する人。
私の全て。
私はそんなエディさんの背中に手を伸ばし、そして引っ込める。
エディさんの背中を見送った私は、その背中が見えなくなったタイミングで、敵の方を向く。
エディさんたちを追いかけようとする、敵の方を向く。
「エディさんたちを追わせはしない」
私は体に魔力を流す。
これまで隠してきた、十二貴族たちにも負けない、全力の魔力を流す。
その場にいた全員の目が、私の方へ注がれる。
アレスも、ダインも、十二貴族も、剣聖も、十二貴族の部下達も。
全員が私を向く。
私の幸せな時間を奪った愚かな敵に、見せてやろうじゃないか。
『竜殺し』の実力を。
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