第61話 小賢者①

 お母さんと一緒にドラゴンを倒したその日から、私に呼び名が付いた。


 『小賢者』


 それが私の呼び名だ。


 『竜殺し』などというものもあったらしいが、私の容姿を見た人が必ず、それは違う、と思うらしいので、『小賢者』に定着した。


 賢者に次ぐ者、ということらしいが、見た目の小ささもその呼び名がつけられた理由の一つなのは、間違いないだろう。


 お母さんが死んでしまったことの衝撃も辛さも、私の中では未だに大きかったが、落ち込んでばかりいるわけにはいかない。


 名前が売れたことを機に、私はユーキくんを探し始めることにした。


 今回のことで、私はまだまだ自分の力の至らないことを痛感した。

 このままじゃユーキくんを守れない。

 でも、早くユーキくんに会いたい。


 自分を鍛えつつ、ユーキくんを見つけ出す術を探すべく、私は方法を模索した。


 色々な方面から、私を召抱えたい、講師にしたいという申し出があったが、どれもユーキくんを探すにはパッとしなかったので、全て断った。


 だが、方法はすぐに見つかった。


 次の王になることが確実と言われている十二貴族アレスが、娘の魔法の講師を探しているという話を耳にしたからだ。

 娘の実力が上がり、これまでの講師では手に負えなくなったらしい。


 自慢するわけではないが、実力にはそれなりに自信がついた。


 上手く気に入られれば、アレスが王になった時、私の希望を聞いてもらえるかもしれない。

 子供の講師だけなら、自分を鍛える時間も取れる。


 聞くところによると、その娘は私より二つ下のようだ。


 ハードルは非常に高いかもしれないが、とりあえず私はアレスへ自分を売り込むことにした。





「次の者」


 アレスの娘の講師を選ぶ面接の場には、数多くの魔導師が来ていた。

 数十人はいるだろう。

 この人数の中、魔法の実力には自信があるものの、見た目は普通の子供に過ぎない私が、果たして本当に選ばれるのか。

 確信はなかったが、挑戦してみるしかない。

 ここがユーキくんを探し出すための最初の難関だ。


 面接の部屋を出てくる人たちは、みんな浮かない顔をしていた。

 これならまだチャンスがあるかもしれない、と思う一方、少しだけ不安に思う。


「次の者」


 いよいよ私の番が来た。

 少しだけ身構えながら、扉をノックして部屋に入る。


ーーブワッーー


 次の瞬間、身体を突き刺すような殺気を感じた。

 ドラゴンと対峙した時のような、圧倒的な存在感が、私を襲う。


 反射的に私は魔法障壁を張り、身体に魔力を流す。


「第一段階は合格だ」


 そう言葉を発したのは、初老の男性。

 殺気の持ち主はこの男性だろう。


 見た目以上に鍛え抜かれていることは、『観察者』の能力を使わなくても分かった。


 初老の男性が殺気を消したことを感じた私は、魔法障壁を解き、魔力を流すのも辞める。


「さすがは『竜殺し』といったところか」


 そう呟いたのは、正面に座る男性だった。

 私はその男性を見て、背筋が凍るのを感じた。

 魔力は抑えられているため、ほとんど感じないが、その存在はドラゴンが霞むほどだった。


 この人がアレスか。

 一目見ただけで、私にはそれが分かった。


 生きる伝説。

 最強の人間。


 その名に恥じない男性だ。


 初老の男性も相当な実力だろうが、まだ戦いようはある。

 だが、アレスについては、私の『とっておき』を用いたとしても、全く勝てるビジョンが浮かばない。


「こんな可愛らしい女の子に対して、その呼び名はないんじゃないですか?」


 私はあどけないように見える笑顔を作りながら、そう言った。

 そんな私を初老の男性が呆れたような顔で見る。


「何が可愛らしいものか。貴女に比べれば、まだワイバーンやオークの方が可愛く見える」


 初老の男性の言葉に対し、少しだけムッとしたが、感情を押し殺す。


「そんなことないですよー」


 私はあくまでとぼけてみせた。


「さすがにオークは違うだろ、ダイン」


 そんな私たちを黙って見ていたアレスが、初老の男性を嗜める。


「失礼しました」


 初老の男性ダインは、ベテランの執事のように、きちんと頭を下げる。


 刀神ダイン。


 剣聖と並ぶ、王国トップレベルの剣士。

 ただ者ではないはずだ。


「それにしても、よくドラゴンを倒せたな。ドラゴンそのものを倒すのは、私とダインの二人がいれば、正直難しくはないが、ドラゴン狩りが難しいのは、巣の周りにいる強力な魔物たちのせいだ。国家を挙げての大規模作戦を行うか、かなりの時間をかけて周りの魔物を削らなければ、ドラゴンには辿り着けない」


 アレスの言葉に私は頭をかく。


 腕試しに森の魔物を狩ってたら、周辺の魔物を狩り尽くしてしまって、その森の親玉だったドラゴンが出てきてしまったなどとは言えない。


「偶然、村を襲っているドラゴンを見かけただけで、私の実力と言うより、運の要素が大きかっただけです」


 謙遜する私に疑いの目を向けるアレス。

 そんな私に、ダインが助け舟を出す。


「いずれにしろ、アレス様や私はともかくとして、ドラゴンを倒せる人間など、稀有な存在です。宮廷魔導師筆頭の娘で、ドラゴンも倒す実力者。この娘で決まりでいいのでは?」


 ダインはアレスに進言する。

 クズな父親でも、たまには役に立つ。

 お母さんも我慢した甲斐があるというものだ。


 アレスの言葉に、私はこくこくと頷く。


「そうなんだが、あの子が、こんな子供の言うことを聞くかな?」


 アレスが品定めするように私を見ながらそう言った。


 アレスの失礼な発言に思わず睨みつけそうになるのを我慢し、こめかみがひくつくのを抑えながら笑顔を維持する。


「あの娘も、友達がいないし、友達兼講師ということでいいのでは?」


 再度後押ししてくれるダインに心の中で拍手を送りつつ、私はこくこくと頷く。


「確かに友達は欲しいところだが……」


 難色を示すアレスに、私は自分で自分を売り込むことにする。


「それなら、一度娘さんに会わせてもらえませんか? そこで合わないようなら、雇われなくても構いませんから」


 私の申し出に、アレスは断る理由はなかったようだ。


「それなら一度会ってもらうか。だが、その前に一度君の実力が見たい。噂通りならそれなりの実力はあると思うが、娘を教えるに足るかどうかは、実際に見て見ないとね」


 アレスの言葉に、私は頷く。


「もちろん、そうしていただけると助かります」


 私としても、アレスに自分を売り込むチャンスだ。

 願ったり叶ったりである。


 私の返事を聞いたアレスは満足そうに微笑む。


「それではとりあえず外に出ようか」


 私とアレスとダインは部屋の外に出る。

 外には二十人ほどの魔導師がまだ待ち構えていた。


「そういえばまだこんなに大勢いたんだったな」


 大勢の魔導師を見て考え込むアレス。

 もしや思い直したりしないだろうか。

 私は少しだけ不安になる。


「よし。君たちも付いて来なさい」


 案の定、アレスは全員に声を掛ける。

 私は内心舌打ちしつつも、雇い主になるかもしれない人物に文句を言うわけにもいかないので、黙って付いて行く。


 庭にある大きな広場へ着くと、アレスが立ち止まり、みんなの方へ振り返る。


「それではルールを説明する!」


 広場中に響く大きな声でアレスはそう宣言した。


「ルールは簡単。そこにいる『小賢者』の少女を倒した者を娘の講師とする。逆に『小賢者』は、全員を戦闘不能にすることができれば講師としよう。殺してはダメだぞ」


 明らかに私に不利な条件。

 でも私に、不満はなかった。


 二十人の魔導師が、血走った目で私を見る。


 ざっと見てみるに、皆それなりに実力がある魔導師たちばかりだ。

 アレスは私を講師にしたくないのかもしれない。


 殺してはならない、という条件はかなり厄介だ。


 全員を倒すだけなら、『火雷(ほのいかづち)』か『雷公』でも使えば簡単だが、それではレベルの低い魔導師を殺してしまう可能性が高い。

 そうでなくとも、少しでも失敗すると、人は簡単に死んでしまう。


 普通の人間なら、全員を殺さずに倒すというのは、多少実力があったところで難しいだろう。

 ……普通の人間なら。


 私は二十人の魔道士の様子を、集中して『見る』。


 十二人は中級程度の実力。

 六人は上級程度。

 二つ名持ちに匹敵しそうな程の実力者が二人。


「始め!」


 アレスの言葉に、二十人の魔道士全員が、一斉に呪文を唱え始める。

 のんびり解析する暇は与えてくれなそうだ。


 私みたいな幼気な少女に酷い人達である。

 それなら私も、多少相手に痛い目を見せても文句は言われないだろう。


 初級魔法でも無防備な状態で喰らえば、致命傷になる。

 不意打ちによる不測の事態の可能性を減らすため、まずは雑魚から排除だ。


『窮奇(きゅうき)!』


 私は無詠唱で風の単体上級魔法を放つ。

 無詠唱で呪文を放つと、魔力消費は増えるし威力も落ちる。


 ただ、本来、獣の牙を形どる『窮奇』の式に、私はアレンジを加えてある。


 真空の刃を起こし、持続性を持たせるように。


ーースパッーー


 乾いた音を立て、魔道士の一人の足が、太ももから切り離された。


「ぐわぁぁぁっっ!」


 悲鳴を上げて倒れる魔道士。


「な、何だ?」


 声を上げる別の魔道士を襲う真空の刃。


ーースパッーー


「があっ!」


ーースパッーー


「うわぁ!!!」


 真空の刃に切られる他の魔道士を見て、パニックに陥る魔道士たち。

 そうしている間にも、どんどん足を切られていく魔道士たち。


「魔法障壁を張れ! 魔力自体は大したことはない!」


 二つ名持ちに匹敵するだろうと見立てた魔道士のうちの一人が声を上げる。


 慌てて魔法障壁を張る魔道士たち。

 何度か魔法障壁にぶつかり、『窮奇』は消えた。


 余計なことを言ってくれる。

 思わず舌打ちしそうになるのを、私は我慢する。


 今の僅か一発の魔法で、中級程度の実力の魔道士が十人と、上級程度の魔道士が二人は戦闘不能になっていた。

 まずまず上出来といったところか。


 私は声を発した魔道士を睨む。

 こいつが声を上げなければ、もう二、三人は倒せていたはずなのに。


 今すぐにでも倒したい気持ちは山々だったが、こいつはめんどくさそうだから後回しだ。


 だが、魔法障壁を張られたことで、今回のミッションの難易度は跳ね上がった。

 力押しで倒すだけならどうとでもなるが、殺さずに、というのは難しい。

 障壁は壊すが、人には害を加えない、というのは、加減が非常に難しく、かなりハードルが高い。


 さらには、あまり時間をかけ過ぎると、腿から上だけでのたうちまわっている戦闘不能の魔道士たちも、命の危険にさらされるかもしれない。

 最低限の応急措置くらいは自分たちで出来る程度の実力はあると信じたいが。


 私は気持ちを切り替える、

 雑魚を排除した後の、次のターゲットは上級レベルの魔道士。

 不意打ちでもなければ、無詠唱の弱体化した魔法では倒せない。

 私は呪文の詠唱を始める。


『炎よ。全てを焼き尽くす大いなる力よ。我が前に立ち塞がりし、悪しきを清める救いとなりて、その力をここに示せ』


 途中、二つ名持ちレベルの魔道士からいくつか魔法が飛んできたが、全て魔法障壁で叩き落とす。


 呪文を唱えながら魔法障壁を張るのには、コツがいるのだが、魔物狩りを繰り返すうちに、私は自然とそのコツを身に付けていた。


『煉獄(れんごく)!』


 私の呪文に合わせ、激しい火炎が辺りを覆う。


 中級レベルの二人を除き、残りの魔道士たちは、ある程度余裕を持って攻撃に耐えているようだ。

 中級二人の魔法障壁にはヒビが入り、今にも砕けそうだったが。


 もちろん私は、この攻撃で相手を倒せるとは思っていない。


 炎への魔力供給を少しだけ弱めながら、私はもう一つの別の魔法の術式を頭に浮かべる。

 魔法式を二重で頭の中で考えるのは、かなり難易度の高い作業だ。

 しかも、今は魔法障壁まで張っている。

 全力疾走をしている最中に、十桁の掛け算を頭の中でやりながら、別の十桁の割り算をやるようなものだ。


 脳が焼け付くような感覚を感じながら、私は炎への魔力供給をやめる。

 それと同時に、別の呪文を唱えた。


『蓮花(れんか)!』


 私が放ったのは、氷の範囲上級魔法。


 八寒地獄の第七、鉢特摩(はどま)地獄。

 恐らく、鉢特摩が意味する蓮花から名前を取られたであろうこの魔法。

 寒さによって皮膚が裂け、紅色の蓮の花が咲いたようになるという鉢特摩地獄さながらに、凍てつく氷を放つこの魔法。


 物質というのは急激な温度変化に弱い。

 高温から急速に冷やされると、往々にして、ひび割れや崩壊を起こす。

 それは魔力という力によって造られた物質も例外ではないことを、私は魔物狩り中の実験の中で発見している。


ーーパリンッーー


 ガラスが割れるような音がして、全ての魔法障壁が割れた。


 私は、思わず口の端に笑みが浮かぶのを止めることができない。

 魔力障壁をなくした、戦士職でもない生身の人間を狩るのには、初級魔法の威力があれば十分だ。


 私は、スピード優先で、呪文を省略し、初級魔法レベルに弱体化した魔法を放つ。


『窮奇(きゅうき)!』


 鎌鼬(カマイタチ)と化した、真空の刃が、無防備な魔道士たちを襲った。

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