第62話 小賢者②
地面に、腿から上だけで転がる人間の数が増える。
残るは二つ名持ちレベルの魔道士三人と、上級レベルが一人に、中級レベルが一人。
二つ名持ちレベルや上級レベルはともかく、中級レベルの魔道士が残るとは思っていなかった。
これまでの攻撃で残れるのは、かなりの実力者だけだと計算していた。
その前提で、戦術を組んでいる。
中級レベルの魔道士は、かなり若い少女のようだ。
私より若いかもしれない。
その歳で今の攻撃を凌ぐなんて、末恐ろしい才能だ。
よく見ると、右手には魔力の篭った剣が握られている。
剣で魔法を防いだのだろう。
魔法障壁以外で魔法を防ぐには、別の魔法で相殺するか、魔力の込められた武器や防具で防ぐのが一般的だ。
魔法障壁は簡単に展開できるが、本人の魔力の強さに左右される。
武器や防具なら、上手く受ければ、少ない魔力で魔法を防げる。
その分、戦闘の腕が必要ではあるが、戦闘に自信があるらしいこの少女は、非常に合理的な対応を取ったと言える。
こうなると困るのは私だ。
ここまでの私の攻撃を受けて残っていられるのは、間違いなく手練れだけだ。
そんな手練れが相手であれば、強力な魔法を放っても生き残ることはできるだろうから、簡単に決着をつけられると思っていた。
だが、計算外だったのが、中級レベルの少女が残ってしまったことだ。
上級魔法までであれば上手く凌げるだろうが、最上級魔法には恐らく耐えられないだろう。
二つ名持ちレベルの手練れを複数人相手しながら、殺さずにこの少女を戦闘不能に持ち込むのは、非常に困難だ。
無理に戦って、やれないことはないかもしれないが、殺してしまうリスクがかなり高い。
私が戦術を練り直している間にも、二つ名持ちレベルの魔道士たちからは、次々と上級魔法が撃ち込まれている。
上級魔法程度なら片手間の魔法障壁でも防げるが、もし最上級魔法を撃ち込まれたらそういうわけにもいかない。
そして、二つ名持ちレベルなら、最上級魔法を使えてもおかしくない。
私のこの世界での最優先事項はユーキくんだ。
それは間違いない。
でも、そのために見ず知らずの子供を殺して平気でいられるほど、私は非情になりきれない。
ユーキくんを探す方法は何もこの方法だけではない。
別の方法を探せばいい。
「すみません! 私、リタイアします!」
私は大声でそう言った。
「……え?」
その場にいる、私以外の全員が固まる。
「いや、まだまだ君は余裕ありそうだが……」
アレスの言葉に、私は頭をかく。
「倒すだけなら簡単ですが、これ以上やるとみんな殺しちゃいます。それに……」
私は、地面に転がる魔道士たちを見渡す。
「早く治してあげないと、この人たち、一生足なしで暮らすことになっちゃうので。すぐに治癒魔法をかけさせてください」
私の言葉に、二つ名持ちレベルの魔道士の一人が目を見開いて驚く。
「その歳で、これだけの攻撃魔法を使いこなし、治癒魔法まで使えると言うのか?」
後ろに後ずさりしながらそう言う二つ名持ちレベルの魔道士。
「はい」
私は返事をすると、転がっていた足を拾い、痛みで気絶している魔道士の一人の切断部に当てる。
流石に血止めの応急処置は自分でやっていたようで、氷の魔法で、切断部が保護されている。
出血多量で時間切れ、と言うことはなさそうだ。
簡単な応急処置の魔法は、魔法使いが一番初めに教わることだから、できない方が驚きだが。
『ヒール』
私が呪文を唱えると、気絶した魔道士の足の切断部が光り、元通り足が繋がった。
私は地面に転がる全員に同じ処置を施し、呆然と立ち尽くす魔道士たちを尻目に、アレスの元へと歩み寄る。
「試験条件をクリアできなかったので、今回はリタイアさせてください。また募集をかけることがあれば、お声かけいただけるとありがたいです」
私はできる限りの笑顔でそうお願いした。
笑顔を見せられておいて損なことはないだろう。
「お父様!」
そんな私の後ろから、少女の声がした。
振り返ると、そこにいたのは、最後まで残った中級レベルの魔道士の少女だった。
「どうしたんだい、レナ?」
アレスがそう尋ねる。
「私、この方に教わりたい。お父様以外でこんなにすごい魔道士、見たことがない」
なんと、最後まで残った少女は、アレスの娘だったようだ。
一か八かで無理やり戦わなくてよかったと、私は胸をなで下ろす。
もし殺してしまっていたら、アレスに気に入られるどころか、この場で私も殺されていたかもしれない。
娘の言葉を聞いたアレスは考えるそぶりを見せる。
そんなアレスの判断を後押しするかのように、ライバルだったはずの二つ名持ちレベルの魔道士たちも、私を推薦する。
「アレス様。この者の戦いぶり、『小賢者』の名に恥じない素晴らしいもの。悔しいですが、この場の誰よりも魔法に精通しているのは間違いないでしょう」
「無詠唱での魔法も、アレンジを加えた魔法も、初めて見ました。私が教わりたいくらいです」
みんなの言葉を聞いたアレスは、大きくため息をつく。
「ふぅ……分かった分かった。君に娘の講師になってもらおう」
渋々といった様子ではあるが、アレスが私を認めてくれた。
「は、はい!」
まさかの展開に、思わず声が上擦る。
そんな私を横目に、刀神ダインがアレスに質問する。
「それにしても、これだけの実力を示しているにも関わらず、アレス様が今ひとつ乗り気じゃないのはなぜですか?」
私も疑問に思っていたことを、ダインが聞いてくれた。
私からは聞けないことなのでありがたい。
「強過ぎるからだよ。今の試験でも、底は全く見せていないだろう。レナとそんなに変わらない年齢ながら、恐ろしい限りだ。ダインのように、全幅の信頼を置ける者ならともかく、安全保障上、危険なコマはなるべく近くに置きたくなかった」
そんな心配をされていたとは。
私はすかさず言葉を発する。
「最強の人間を敵に回すような真似、するわけないじゃないですか」
ユーキくんに害にならない限りは、という言葉は飲み込む。
「……どうだかな。いずれにしろ、もしレナに害を加えようとした場合はただじゃおかない。その点だけ気をつけるように」
アレスはそう言うと、体から魔力を発した。
魔力に耐性のない者なら、それだけで気を失ってしまいそうになる程の膨大な魔力。
先日お母さんと一緒に倒したドラゴンが可愛く思えるレベル。
少しは強くなった気でいたが、この人間には決して敵わない。
そう思わせるだけの威圧感がある。
それでも私は平静を保ち、笑顔で答える。
「もちろんです。生まれて初めての、可愛い教え子ですから」
そして私は、アレスの娘レナの魔法の先生になった。
アレスの家に通うのは、週三回午前中のみ。
それ以外の時間は、私が自分の鍛錬に当てていい時間だった。
アレスの信頼を確保すべく、私は真剣に魔法を教えた。
アレスの娘レナは、驚くほど優秀だ。
理解力も高く、予習復習も欠かさず、休みの日も自分で鍛錬しているようだった。
十年に一人の天才というのがレナの評価だったが、それは間違いではないだろう。
あと数年のうちには、二つ名持ちにも劣らない実力を身に付けることができるはずだ。
レナとは、こちらの世界での歳が近いということもあり、魔法の勉強以外でも色々と話した。
元の世界と合わせれば三十近いというのは言いっこなしだ。
己の鍛錬ばかりに時間を注ぐレナは、仲のいい友達もいないようで、すぐに私に打ち解けてくれた。
レナは、非常にプライドが高く、努力しない者を見下す傾向があった。
でも、幸い、試験の時に実力を見せつけた私に対しては非常に従順で、素直ないい子だった。
「リン先生! 昨日、一人でオークを倒してきました!」
魔物狩りの成果も、嬉しそうに私へ報告してくれる。
一年が経つ頃には、妹のような存在になっていた。
娘のレナから完全に信頼されたことで、アレスからの信頼も、少しずつ得られるようになった。
家族だけの食事に呼ばれることもしばしばだった。
アレスの不信感が拭われてきているのは、『観察者』の能力もそう告げているから間違いないだろう。
そんな日々を過ごしているうちに、四年に一度の王戦の日時が近づいてきた。
世間の評価でも、私の見立てでも、アレスが選ばれることはほぼ確実だった。
ーー王戦が始まって忙しくなる前に、ユーキくんのことをアレスへ相談してみよう。
そう思い始めていた時だった。
運命の日が、私に訪れた。
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