第59話 小さな魔法使い⑨

「ドラゴンの倒し方は分かるわよね?」


 お母さんは、私にそう尋ねる。


「うん。まずは魔法障壁を剥がし、鱗を剥がし、強力な攻撃を加える、だよね?」


 私の答えに、お母さんは頷く。


「その通り。ただ、口で言うのは簡単だけど、魔法障壁は並みの魔法じゃヒビすら入れられないし、鱗は一流騎士の攻撃すら弾くし、例え鱗まで剥がしても生半可な攻撃じゃすぐに回復しちゃうから、少なくとも最上級魔法レベルの攻撃じゃないとダメージが与えられない」


 お母さんの言葉に、私も頷く。


「そうだね。それも分かってる」


 お母さんは、私の目を見て質問する。


「勝算はあるの?」


 私は頷く。


「勝算ってほどじゃないけど、まずは上級魔法の連発で魔法障壁を崩し、その後、『雷公』で鱗を剥がし、そこに私が開発した最上級魔法を撃ち込むつもり」


 私の言葉を聞いたお母さんは、呆けたように固まってしまう。


「どうしたの?」


 様子を伺う私に、お母さんは我を取り戻す。


「いえ、確かに強いとは思ってたけど、まさか『雷光』を使えるだけじゃなく、自分で最上級魔法を生み出してるなんて……我が子ながら、才能が恐ろしいわ」


 驚きを隠さないお母さんに、私は照れ笑いを浮かべる。


「お母さんの『雷公』のおかげだよ。あれがなければ、私もそんな簡単には自分で式を構築できなかった。お母さんの若さで、自分の力で最上級魔法を生み出した方が凄いよ」


 私は掛け値無しにお母さんは凄いと思う。

 普通の人間には、科学の知識無しにレールガンの構造なんて、思い浮かびすらしない。


 そんな私の言葉に、お母さんは首を横に振る。


「私も一から自分で生み出したわけじゃないわ。宮廷魔道士だけが見ることのできる王立図書館の禁書の中に、ヒントになるものがあったの。私はそれをベースに構想を考えて、魔法式に落とし込んだだけだわ」


 なるほど。

 そんなものがあるのか。

 その禁書は物凄く気になるが、まずはドラゴンを倒してからだ。

 禁書については、またお父さんを脅せばどうにかなる。


「それにしても、すごいのは間違いないよ」


 私は心からの敬意でお母さんを見る。

 例え、ヒントがあったとしても、全く教育を受けずに、その概念を理解し、自分のものにするなんて、やはり凄いとしかいいようがない。


 尊敬の眼差しを向ける私に、お母さんも少し照れくさそうな顔をする。


「その話はもうやめにしましょう。とりあえず、ドラゴンを倒す算段はある、ということで、早速倒しに向かいましょうか。遅くなればなるほど被害が拡大するでしょうし」


 真剣な眼差しになったお母さんに、私も真剣な視線を返す。


「うん!」





 村から一キロほど進んだところで、私とお母さんはドラゴンの姿を確認する。


 二、三十メートルはありそうな巨大な体。

 新緑の鱗は、魔法障壁で輝いて見える。

 そこから滲み出る魔力は、圧倒的な濃度を持って、周辺の空気を歪ませている。


 身体中の信号が悲鳴を上げている。

 今すぐ逃げろ、と。


 そんな悲鳴を無視し、私は自身の体を流れる魔力を調整する。

 そんな私をお母さんが心配そうな目で見る。


「逃げても誰も文句は言わないわよ」


 私は首を横に振る。


「ううん、逃げないよ。ドラゴンが攻撃する前に倒す。あんなのただの大きい的よ」


 お母さんも私の提案に頷く。


「そうと決まれば、もう少しだけ近づきましょう。ただ、魔力を抑えてギリギリまでこちらの存在を気づかせないように」


 私は力強く頷き、一度は流し始めた魔力を一旦抑え、ドラゴンの方へ向かう。


 近づくにつれ、濃度を増す禍々しい魔力。

 魔力に耐性のない人間なら、この魔力だけでも気分を害してしまうかもしれない。


 さらに近づくと、鉄の匂いが濃くなる。

 この辺りにも人間の集落があったようだ。

 おびただしい量の死体が転がっている。


 ドラゴンに食べ散らかされ、肉片となった人達の亡骸を見ないようにしつつ、私とお母さんは、魔法の射程圏まで近づいた。


 お母さんが私の顔を見る。


「作戦はこう。まずは私とリンの二人掛かりで、上級魔法を連発して浴びせる。魔法障壁が消えたタイミングで、私が『雷公』を放つ。鱗が剥がれたら、そこを目掛けてリンが生み出した最上級魔法を撃ち込んで」


 私は頷く。


「相手は面積が広いから、まずは単体攻撃魔法より、範囲魔法の方がいいわ。もし障壁が薄くなる部分があれば、そこへ単体攻撃魔法を集中させる。それでいい?」


 再度私は頷く。

 そんな私を見たお母さんも頷く。


「確か、『新緑の竜』は炎や雷に弱かったはず。貴女、『煉獄(レンゴク)』は使えるわよね?」


 お母さんが口にした火の上級範囲魔法は、私がお母さんから最初に教わった上級魔法だ。

 お母さんの前で披露したことはないが。


「もちろん」


 私の返事にお母さんが笑顔で返す。


「それじゃあ一気に行くわよ」


「うん」


 私とお母さんは同時に呪文を唱え始める。


『炎よ。全てを焼き尽くす大いなる力よ。我が前に立ち塞がりし、悪しきを清める救いとなりて、その力をここに示せ』


 お母さんとは二人で遊んだ記憶もほとんどない。

 一緒に何かをするのは、これが初めてかもしれない。


 私はお母さんの方を見た。

 お母さんも私の方を見ていた。

 二人の目が合い、こんな時だけど、私とお母さんは思わず微笑んでしまう。

 そのまま視線を前にし、二人とも右手を前に出す。


『煉獄!』


 二人の右手に魔力が集中し、高熱の炎となって、緑色のドラゴンを襲う。


ーーゴウッーー


 燃え上がる巨大なドラゴン。

 十秒ほど燃やしたところで、私とお母さんは魔力の供給をやめる。


 ドラゴンが私たちの存在に気付き、恐ろしい視線をこちらは向ける。

 視線だけで思わず怯みそうになるが、怯んでいる時間はない。


 ドラゴンの魔法障壁はまだまだ健在だ。

 向こうが行動を起こす前に、魔法障壁をどうにかする必要がある。


「もう一度!」


 お母さんの声に、私は頷く。


 今度は、先ほどより込める魔力量を増やす。

 後半の最上級魔法に魔力を温存しておきたかったが、そんな贅沢を言っていられる相手ではなさそうだ。


『煉獄!』


 お母さんと私の発した炎が、再びドラゴンを襲う。

 お母さんも私と同じことを感じたのだろう。

 炎の勢いが先ほどとは比にならない。


ーーゴウッーー


 再び燃え上がるドラゴン。

 数秒燃え上がったところで、ドラゴンの魔力が急激に膨れ上がるのを感じる。


「リン! 障壁! 全力で!」


 お母さんの言葉に、私は炎への魔力供給をやめ、二人の前面を覆うように魔法障壁を張る。

 それに被せるようにお母さんも障壁を張る。

 二人が全魔力で張った二重の魔法障壁。


 障壁が完成した次の瞬間。


ーーゴ、ゴーッッーー


 私たちが放った火の上級範囲魔法である『煉獄』とは比にならない熱量の炎が、私たちを襲う。


 あまりの圧に、魔法障壁にヒビが入り始める。

 障壁が破られないよう、全力で魔力を供給し続けるが、ヒビはどんどん広がって行く。


 このままでは魔力が持たない。

 そう思った時、炎の圧が弱まり、そして消えた。


 ドラゴンのブレス攻撃。

 人間の最上級魔法並の力は間違いなくあった。


 一撃目は何とか耐えられたが、次も持ち堪えられる自信はない。

 魔力も大きく消費してしまった。

 こちらの魔力が削られる一方、ドラゴンの魔法障壁は、全く衰える気配がない。


 ーーこのままでは計画が崩れてしまう。


 必死に作戦を練りなおす私に、お母さんが語りかける。


「リン。貴女、残りの魔力であと何回最上級魔法を撃てる?」


 お母さんの質問に私は、自分の残りの魔力量から計算する。


「確実に撃てるのは一発。二発目は多分撃てるけど、その後魔力切れになる可能性が高いわ」


 私の答えにお母さんは笑顔を見せる。


「それだけ撃てれば十分よ」


 お母さんは微笑むのをやめ、真面目な目で私を見る。


「点の攻撃である『雷公』じゃ、魔法障壁を大きく破れない。貴女が生み出した最上級魔法は範囲攻撃ができるのよね?」


 お母さんの問いかけに、私は頷く。


「うん。あの巨体全体ってわけにはいかないけど、それなりの範囲で撃てるわ」


 お母さんが頷く。


「作戦変更よ。まずはリンの最上級魔法で魔法障壁を破壊。その後、私の『雷公』で鱗に穴を開け、そこへリンの最上級魔法をもう一回撃ち込む。大丈夫よね?」


 確かに二発は撃てると思うが、そこまでだ。

 お母さんに至っては一発も怪しいのではないか?


 私は不安になり、お母さんに質問する。


「私は大丈夫だけど、お母様の魔力量は大丈夫なの? 念のためにとどめを刺す魔力を残しておかなきゃ、二人とも魔力切れの状態で、手負いのドラゴンを相手することになるわ」


 お母さんはもう一度笑顔を見せる。

 透き通った、教会の壁画のような笑顔を見せる。


「私は一発が限界よ。でも大丈夫。もしリンの魔法で倒しきれなくても、策はあるから」


 他に選択肢はないので、私はお母さんの言葉を信じ、作戦に従うことにする。


 私は、魔力を練り、自分の開発した最上級魔法の呪文を唱える。


「天なる豪雷よ。畏れ深き姿を。その猛威を。全てを焼き尽くす炎を。その力を我が前に示し、天に背きし愚かなる者に、報いを与え給え」


 複雑な式を頭の中に浮かべながら、膨大な魔力を右手に集中させる。


 辺りに暗雲が立ち込め、空が黒くなっていく。


 空気を熱して上昇気流を生み出し、風を起こして上昇気流を後押しし、空気中に水分を含ませ、雲を発達させる。

 発達させた雲に、雷の種を生じさせ、同じく微弱な雷でドラゴンまでの電気の流れ道を作る。


 吹き荒れる風と、大粒の雨の中、私は振り上げた右手を、ドラゴンに向けて振り下ろす。


『火雷(ほのいかずち)!』


 私の叫び声をかき消すかのように音を立て、巨大な雷が新緑のドラゴンを襲う。


ーーゴロゴロ……ドガーン!!!ーー


 空気を震わせながら落ちた雷が、ドラゴンの魔法障壁の一部を破る。


ーービリビリ……ビリ……ーー


 放電が止まぬ中、怒り狂ったドラゴンが私の方を睨む。

 魔法障壁は破ったものの、ドラゴンは無傷。

 対する私は、最上級魔法を放ち、一気に魔力が減ったことで、軽い脱魔力症状に陥り、すぐには次の行動に移れない。


 そんなこちらの事情など、もちろんお構いなしに、ドラゴンの魔力が膨れ上がる。


ーーまずい


 ドラゴンは恐らく、もう一度ブレスを吐くつもりだ。


 先程は、お母さんと二人掛かりで何とか防げた。

 でも今は、私が魔法障壁を張れない。

 お母さん一人の魔法障壁では、間違いなく持たない。


 狼狽する私を他所に、お母さんが私の前に立つ。


「疾風の如き迅雷よ。空を駆け、敵を切り裂きし、光弾よ。神速のその身をもって、全てを穿通し、その力を我が前に示せ」


 お父さんから聞き出した、呪文。

 お母さんが生み出した、その呪文。


 お母さんが突き出した右手の後ろに、光るレールが敷かれる、弾が充填された。


 収束する魔力が、そのレールへ集中する。


『雷公!』


 次の瞬間、強力な電磁誘導によって、弾が打ち出された。

 高速で打ち出された弾は、プラズマ化し、光の軌跡を残して、ドラゴンの頭部に当たる。


ーーグワァッッッ!!!ーー


 頭部を撃たれたドラゴンは、それでもなお倒れない。

 恐らく、鱗は剥がせたものの、身体には大きなダメージを与えられていないのだろう。


 新緑の鱗を濡らす赤い血。

 その血の色が、ドラゴンの怒りを表しているように見えた。


 急速な魔力喪失から少しだけ落ち着いた私は、呪文を唱える。

 ドラゴンが次のブレスを吐く前に、決着をつける必要がある。

 狙いは鱗の剥がれた頭部。

 私は右手を構え、呪文を唱える。


「疾風の如き迅雷よ。空を駆け、空を切り裂きし、光弾よ。神速のその身をもって、全てを穿通し、その力を我が前に示せ」


 私が今日放てる最後の魔法。

 これを放てば、恐らく私は魔力喪失に陥り、戦闘不能になる。

 でも、撃つしかない。

 これでダメなら、隣で魔力喪失に陥りつつあるお母さん共々、ドラゴンのブレスで灰になるだけだ。


 私の全魔力……届け!


『雷公!』


 光るレールから放たれた弾は、ドラゴンの頭部を貫き、空の彼方へと消える。


ーーやったーー


 地面へ崩れ落ちそうになるドラゴンを見て、私はそう思う。

 いくらドラゴンでも、頭を貫かれて生きていられるわけがない。


 だが、ドラゴンは踏み止まる。


 そして、よく見るとドラゴンの頭部は健在だった。


ーーパリンッーー


 ドラゴンの目の前で音がする。


 魔法障壁……


 ドラゴンは全魔力を集中し、頭の前に魔法障壁を張っていたようだった。

 ドラゴンは知能の高い魔物だ。

 私の狙いを読み、最後の攻撃から身を守ったようだ。


 頭を貫いたように見えた弾は、後ろへそれていっただけなのだろう。


 ドラゴンも防御のために最後の力を振り絞ったのか、ほとんど魔力を感じない。

 倒れそうに見えたのは、魔力喪失のためだろうか。


 でも、魔力がないのはこちらも同じだった。


ーーニヤッーー


 そんなはずはないが、ドラゴンが笑みを浮かべたように見える。


 ゆっくりと、一歩ずつこちらへ近寄るドラゴン。


 魔力が使えないという点はどちらも同じ。


 だが、こちらは魔力だけが頼りの小さな人間の女性二人。

 相手は魔力がなくとも、巨大で強靭な体を持つ巨大なドラゴン。


 その牙が。

 その爪が。


 全てが私たちを絶命させるのに十分だった。


 魔力喪失によりふらつく体では逃げることすらできない。


ーーユーキくん……


 私は十年間片思いし続けている人の顔を思い浮かべ……





 死を覚悟した。

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