第56話 小さな魔法使い⑥

 私のお願いに、お父さんの笑顔が固まる。


「な、何を言ってるんだい、リン。リンがもっと大きくなって、お父さんの跡を継げるくらい魔法の実力も身につけたら考えるけど」


 そんなお父さんに私はあくまで笑顔で返す。


「まだ誰にも言ってないし、お父様も他の人には秘密にしておいて欲しいけど、私、実はもう、上級魔法までは全部使えるようになったの。だから実力的には大丈夫だと思うの」


 私の言葉に、お父さんは狼狽する。


「そ、そんなわけがないよ。賢者様ですら、全て使えるようになったのはもっと歳上になってからのはずだ」


 私は笑顔を崩さない。


「そうなの? それじゃあ、私の方が賢者様より上なのかな?」


 私は笑顔のまま、お父さんの目をじっと見る。


「いいから、早く教えて。いずれ教えてくれる予定なら、今でもいいでしょ?」


 思わず睨みつけそうになるのを何とか抑えながら、私はお父さんへお願いする。


「だ、ダメだ。最上級魔法を伝える相手には、魔法の実力だけでなく、人格も求められる。子供だとまだ人格ができていない」


 お父さんの言葉に、私は笑顔を崩す。


「ふーん。実の娘の人格を信用できないんだ」


 私は、お父さんのことを蔑むように見る。


「そもそも人格の話をするなら、節操ない浮気者のお父様だって問題があると思うけど」


 私の言葉に、お父さんは動揺する。

 感情も制御できないとは、大人のくせに恥ずかしい。


「な、何を言うんだ! いくらリンでもお父さん怒るぞ」


 虚勢をはるお父さんに私は呆れる。

 大声を出せば子供の私なら怯えるとでも思ったのだろうか。

 仕方なく、私は話してあげることにする。


「新人宮廷魔導師のハンナ。魔導協会受付の新人ベル。近衛騎士団副団長の娘シエラ。これは人としてどうかと思うけど、魔法学校の学生クロエ十五歳。あとはさっきのメイドさんもかな?」


 私の言葉を聞いたお父さんの顔が青ざめる。


「な、な、なぜそれを……」


 うろたえるお父さんに、私は微笑みかける。


「それは内緒」


 お父さんの浮気相手が分かった理由は、私が開発した新しい魔道具のおかげ。

 本格的な魔道具の開発はこれからする予定だが、この魔道具だけは必要性から先行して作った。

 発信機の原理で、一定の周波を出す魔道具をお父さんに仕掛けただけだ。

 さっきのメイドに関しては、たまたまさっき会ったから分かっただけだが。


 可愛い娘の微笑みにも関わらず、お父さんが私を見る目は、恐ろしい上位魔族でも見るかのようだった。


 私は一歩前へ出て、お父さんの耳へ口を寄せる。


「安心して。私は特に気にしてないし、私以外誰も知らないから」


 そして耳から口を離し、もう一度笑みを作る。


「今のところね」


 私は改めてお父さんを上目遣いで見る。

 お父さんは怯えた目で私を見返す。


「お父様。お父様の最上級魔法の式と呪文を教えてください。……教えてもらえないと悲しくてつい、さっきの話をいろんな方にしちゃうかも」


 可愛く「てへっ」という感じで話したつもりだが、お父さんにはそう伝わらなかったようだ。

 上位魔族どころか、魔王にでも出会ったかのような、恐ろしいものを見る目のままだ。

 可愛い娘に対して本当に失礼だと思うが、我慢しよう。

 クソ野郎ではあるが、一応実の父親だ。


 しばらく私を見た後、お父さんは観念したように肩を落とす。


「分かったから、絶対に誰にも話さないでくれ。お父さんのクビが飛ぶ。仕事の話ではなく、本当のクビが」


 私はそんなお父さんに対し、満面の笑顔で答える。


「もちろん誰にも話さないよ。私も、母子家庭は嫌だし、父親が浮気のせいで殺されたとか、私の今後にも影響するし」


 そうして私は、お父さんから、お父さんの開発した魔法について教えてもらう。


「教えるのはいいけど、最上級魔法は複雑だから、簡単には覚えられないよ。お父さんも仕事があるし、手取り足取りは教えられない」


 お父様の言葉に、私は笑顔で返す。


「大丈夫。式さえ分かれば、あとはなんとかするから」

 

 私の返事に、やれやれコイツ分かってないな、という顔をするお父さん。

 分かってないのはお父さんの方だが、わざわざそんなことは言わない。

 ……ただ単にもう面倒だから。


 それから三十分程、私はお父さんから最上級魔法についての講義を受けた。

 ただ話を聞いてウンウンと頷くだけの私に、お父さんは、コイツ本当に理解してんのか、という顔をしながらも、真剣に説明してくれた。

 お父さんの話は分かりやすい。

 人間としてはクズだが、宮廷魔道士筆頭だけあって、魔道士としては優秀なようだ。


 少しでも騙そうとしているようなら、浮気相手の関係者全員に、匿名の手紙が届くところだったが、それはしなくて済みそうだ。


 講義が全て終わった時、私の口から漏れたのは感嘆の声だった。


「お父様って本当に凄かったのね。浮気のリスクも計算できないただのバカかと思ってたけど、魔法の方に頭がとられちゃってたんだ」


 お父様はこめかみをピクつかせているが、なんとか気持ちを抑えられたようで、引きつった笑顔を作っている。


「そ、そうだろ? こんな凄い魔法、すぐには使えないだろ? だからしばらくは研鑽に励んで……」


 そんな父に対し、私は被せるように言葉を返す。


「確かに、二、三回はトライが必要かも。でも、これなら私のよりお父様の魔法の方が使い勝手がいいな」


 私の言葉にお父様が驚いた顔をする。


「に、二、三回!? それに私のよりって……」


 私はお父さんの言葉を無視し、笑顔を返す。


「ありがとう、お父様。おかげでどうにかなりそうだよ。繋ぎと増幅でこんな工夫ができるなんて、目から鱗とはまさにこのことね」


 私はお父さんに頭を下げる。


「私、お父様の娘で良かったと、今日初めて思ったわ。最後にアドバイスだけど、浮気はほどほどにした方がいいよ。お父様のどこがいいのか全く分からないけど、その内、刺されかねないから」


 私のアドバイスに、お父さんは苦虫を潰したような顔をして返事する。


「き、気をつけるようにするよ」


 内心どう思っているのか分からないが、素直に返事するお父さん。

 せっかくだからもう一つアドバイスをしてあげよう。


「うん、無理かもしれないけどそうして。それと、たまにはお母さんにも餌をあげた方がいいよ。薄々は感じてると思うから。女の嫉妬ほど怖いものはないよ」


「わ、分かった」


 本当に分かったかどうか分からないが、一応言うべきことは言った。

 この後どうなっても、あとは自己責任だろう。


「それじゃあね」


 私はお父さんに別れを告げて部屋を出る。

 私の背中を見つめているだろうお父さんの苦虫を潰したような顔を想像しながら、私は部屋を出る。


 部屋の外には、案内してくれたメイドが待機していた。


 動揺がおさまったらしい彼女からは、抑えきれない敵意を感じた。

 彼女からすると、私は恋人につ付いている瘤だ。

 それは憎いだろう。


 だが、このメイド以上に私の方がメイドが憎い。

 メイドとは、ただ一言の口も利かず、対応の良かった門番にだけは、愛想よく挨拶をして私は宮殿を出た。


 宮殿からの帰り道、私は想像以上の収穫に、思わずにやけてしまうのを抑えきれずに道を歩いた。


 お父さんの組み立てた式は非常に分かりやすい。

 

 繋ぎと増幅の方法はよく分かった。

 これなら、一週間もあれば、私の魔法も完成するだろう。


 何より収穫だったのが、お父さんの魔法だ。

 お父さんの二つ名が『光弾』だったから、もっとしょぼい魔法を想像していたが、想像以上に優れていた。


 魔法の名前は『雷公(らいこう)』。

 むしろそちらを二つ名にすればいいのに、と思ってしまう。


 お父さんの魔法は、元の世界で言うところのレールガンだ。

 電磁誘導(ローレンツ力)によって弾を撃ち出すこの銃。

 理論だけは大昔からあるけど、元の世界では未だに実用化されていない兵器だ。


 理論上最強の銃になる得るとの声もあるけど、背反が多いこの銃。


 初速が秒速七千キロ(拳銃で三百メートル前後)、射程が五百キロ(ライフル銃で頑張って一キロ程度)と、桁違いの威力を持つ上、そのスピードや距離は、調整も可能という代物。


 ただ、消費電力が半端なく、発電所二個分の電力が必要との話もある。

 設備も巨大になり、当然個人の携帯には向かない、というか戦艦や固定砲台でしかあり得ない。

 摩擦と電流による発熱も異常なレベル。

 また、プラズマが発生するため、重心も保たないはずだ。


 でも、魔法ならこれらの問題が一気に解決できる。

 莫大な電力は魔法で生み出せるし、設備や砲身(というか電磁誘導用のレール)も魔法で都度作ることで持ち運び不要だ。

 

 お父さんはこれを現代知識なしに成し遂げたのだ。

 我が父親ながら、天才と呼びたくなる。


 火力、水力、風力をフル動員して電力を生み出し、砲身を構築し、異常な発熱から使用者を守る。


 この複雑な式を、四十に満たない年齢で構築したなんて、確かに宮廷魔導師の筆頭になるだけはある。


 私は頭の中で式を構築する度に、笑みが止まらなくなる。


ーーこの魔法さえあれば、私はユーキくんを守れる


 ユーキくんとはもう、八年間会っていない。

 でも、八年前より確実に想いは募っていた。


 ユーキくんと会うことだけを楽しみに生きてきた。

 ユーキくんの役に立つことだけを夢見て生きてきた。

 ユーキくんを守れるようになるためだけに己を鍛えてきた。


 ユーキくんの存在がなければ、この世界に一人で放り出された瞬間に、生きることを諦めていたかもしれない。

 ユーキくんの存在がなければ、精神を磨耗させ、人格が変わるまで頑張ることもなかった。


 ユーキくん。

 今この時、この世界にいるかどうかすら分からないユーキくん。


 ユーキくんを守れる強さは手に入れた。

 あとはユーキくんと出会うだけだ。


 ユーキくんがすでに死んでいる可能性は考えなかった。

 私なんかが生き延びているのに、私の尊敬するユーキくんが死ぬわけなんかないからだ。


 私は、今後の方針を変換することにした。


 引き続き魔力の強化は行い、魔法の開発も行うが、ユーキくんを探し出すことに重点を置くことにした。


 普通なら途方にくれるところだが、幸い、私の能力は『観察者』だ。

 ユーキくんに出会えさえすれば、すぐに分かる。


ーー待っててユーキくん、すぐに私が見つけてあげるから


 そして私の新たな挑戦が始まった。

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