第55話 小さな魔法使い⑤

「お父様に会いにきたんですが……」


 私はその日、王の住む宮殿に赴いた。

 宮殿でまず私は、門番にそう告げる。


 初めて訪れた宮殿は、現代日本ではとても見られない、華やかな建物だった。

 世界史の資料で見た、フランスのヴェルサイユ宮殿が、そのイメージに近い。

 広大な敷地に手入れされた庭。

 建物以外も夢の世界のようだ。


 その宮殿の門を守るのは屈強な門番。

 身のこなしに隙はなく、魔力も高い。

 そう簡単に侵入者を許しはしないだろう。

 さすがはこの国のトップ、王の住む宮殿だ。


 そんな門の前に立つ私は今、十二歳の子供。

 不安そうな表情を作り、上目遣いで門番を見る。

 子供の武器は最大限に活用しなければ。


 そんな私にキュンときたらしい門番は、ゴリラのような筋肉の塊である身体に似合わない猫なで声で、私に返事する。


「お父さんは誰なのかな? 俺から聞いてみてあげるよ」


 案の定、私の作戦に引っかかる門番。

 内心微笑みつつ、そんな仕草を表に出さないように気をつける。

 私は、名前を告げる代わりに、お父さんの二つ名を告げた。


「宮廷魔導師をやってる『光弾』と呼ばれている人が私のお父様です」


 父の二つ名を聞いた門番が驚いた表情を見せ、私のことをまじまじと見る。


「それは……お父さんは忙しい方だから、会うのは難しいかもしれないけど、一応確認してくるね」


 もう一人の門番へ目配せした後、門の中へ入っていく門番。

 期待は薄いかもしれないが、そうであればまた来るればいいだけの話だ。


 しばらくすると、門番が笑顔で戻ってきた。


「ちょうど予定が空いたみたいだから、来てもいいとのことだよ。一応ボディチェックだけさせてね」


 王の宮殿のようなセキュリティレベルの高いところにおけるこの世界のボディチェックは、魔法具で行う。

 魔法具は魔法の式が組み込まれた道具で、一定の魔力があれば誰にでも使うことができ、ボディチェック用以外にも様々なものがある。

 この魔法具の存在が、科学が発展しない理由の一つだろう。


 この魔法具では、武器の所持についてはもちろんのこと、魔法で姿を偽ったりしていないかどうかも確認できる。

 最上級魔法を身に付けた後は、魔法具の開発にもチャレンジしてみたい。


 ボディチェックの結果、問題の見つからなかった私は、門の中へ通される。

 門をくぐり抜け、宮殿の中に入ると、煌びやかな部屋の中に、メイドと思われる女性が立っていた。


「ここから先はこのメイドが案内してくれるよ。帰りにはまた、私に声をかけてね」


 ゴリラのような門番は、いかつい顔を崩し、本人なりの精一杯の笑顔で私に手を振る。

 私もそれに応えるように、できるだけ可愛らしく見えるよう笑顔を作って手を振り返す。


 門番と別れた私は、メイドの女性を見る。

 表情は笑顔だが、心の中が穏やかでないのが分かる。


 若くて美しい女性。

 女性としての起伏に富み、少しゆったりとしたメイド服の上からでも、魅力的な体をしているのが分かる。

 それでいて、黒髪で清楚そうな顔は、男心をくすぐりそうだ。


 ……ゲスなお父さんのいやらしい笑みが、すぐに連想される。

 間違いなくお父さんはこの女性に手を出しているだろう。


 女性は、子供の私が相手ということで、動揺を隠せているつもりのようだったが、甚だ考えが甘過ぎる。


 私の能力『観察者』。

 魔法と同じく、検証を積み重ねて来たこの能力の前で、表面だけごまかそうなどというのは、愚かな行為と言わざるを得ない。

 ただ、今回の場合は、能力ではなく、女の勘によるものだが。


「こちらへ」


 メイドが引きつった笑顔でそう言った。


 門番に向けた笑顔をこのメイドには見せず、さらには返事すらせず、私は無言でメイドの後をついていく。


 プリプリと左右に触れる、お尻を眺めながら、私は自分の表情が険しくなるのをなんとか抑える。


 歩きながらお母さんの顔が浮かぶ。


 お母さんがいつも一人で、私への教育だけを生きがいにしているのは、私のお父さんがクズなせいだ。

 一番悪いのがお父さんであるのは間違いない。

 ただ、この目の前の女も、全く加担していないかと言われればそうでもない。

 お父さんに妻子がいるのは分かっているはずだからだ。


 怒りで溢れ出そうになる魔力を制御しながら、私はメイドの後ろを歩き続けた。





 しばらく歩くと、立派な両開きの木の扉の前に到着する。

 メイドの女性はゆっくりと扉を開く。


「どうぞ、こちらへ」


 私はメイドの言葉に返事はせず、無表情を貫いたまま、部屋の中へ入る。


「それでは私は失礼いたします」


 扉を閉めて、そそくさと逃げ去るようにメイドが去った後、私は正面のフカフカしたソファに座り、こちらを笑顔で見ている男性に目をやる。


 机にソファに壁の絵画。

 華美な装飾はないが、明らかに高額そうなものに囲まれた部屋の主は、口を開く。


「よく来たね、リン。今日はお父さんに何か用かな?」


 能天気にそう尋ねてくる、ローブを身に纏った、爽やかそうな男性は、私のお父さんであり、『光弾』の二つ名を持つ魔導師、ブラットだ。


 実際の年齢は四十くらいのはずだが、年齢ほど老けては見えない。

 三十そこそこだと言われても、大概の人は信じるだろう。


 娘の私が言うのもなんだが、顔立ちも悪くはない。

 誠実そうな笑顔は、血が繋がっていなければ、思わず引き込まれてしまいそうだ。


 私はお父さんへ笑顔を返す。


「最近、お父様に会えていないから、寂しくなって……」


 あんたが他の女と遊んでばかりで、家に帰ってこないからだ、という皮肉を込めてそう答えた。

 だが、皮肉の部分は伝わらなかったようで、お父さんはただ立ち上がると、私の方へ歩み寄り、ギュッと私を抱きしめる。


 クズな男に抱きしめられたくなどなかったが、今は辛抱だ。

 私はただ耐えることした。


「寂しい思いをさせてごめんな。仕事が忙しくて」


 急に押しかけたにも関わらず、すぐに会えるような時間が作れるくせによく言うよ、と思いながらも、私は黙って抱きしめられる。


 しばらく抱きしめられた後、お父さんがそっと離れたタイミングで、お父さんを上目遣いで見る。


 ここが勝負どころだ。

 私は今日、このためだけにここへ来た。


「実はね、お父様。私、お父様にお願いがあるの」


 私の言葉にお父さんは笑顔を作る。


「何だい? 何でも言ってごらん」


 私は笑顔で答える。


「お父様の最上級魔法の式と呪文を教えて欲しいの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る