第54話 小さな魔法使い④

 私は転生した結果、リンという名の四歳の女の子になった。


 元の人物であるリンの記憶は残っているが、人格や感情等は全て私のものらしい。

 私という人間が変わってしまった感覚はない。


 残っている記憶についても、自分のものというより、思い出すと分かる、といった感じで、私という人間の思考や考えを妨げるものではないようだ。


 元の人間が四歳の子供ということで、その記憶は大したものではないのではないかと危惧していたが、そんなことはなかった。

 元の世界同様、こちらのお母さんも教育ママで、四歳にして既に、一般的な読み書きや教養、さらには魔法の基礎まで習っていた。


 家庭は裕福で、血筋も悪くなく、教育も万全。

 魔法使いとしては最高の環境。

 それが、私の感じたリンの置かれた立場だった。


 私は決意している。

 この世界では、元の世界のような失敗はしない。

 誰よりも努力し、ユーキくんを守れるような存在になる。

 ……そしてユーキくんに想いを伝える。


 あの女神の格好をした女の話からすると、先にこの世界へ飛ばされた十人くらいの人たちの命は絶望的なのかもしれない。


 でも、他の人たちはともかく、ユーキくんなら大丈夫。

 ユーキくんは、元の世界でも誰よりも努力し、普通の人なら耐えられない環境を生き抜いてきたのだから。

 この世界でもきっとどうにかしているはず。


 私は、ユーキくんの生存を信じ、己を磨くだけだ。


 この体に刻まれた知識によると、魔法使いとして成長・成功する方法はシンプルである。


 魔力量を増やすこと。

 様々な魔法を覚えること。

 スムーズに魔法を使えるようになること。

 そして、最上級魔法を生み出すこと。


 ただ、四つ目の、最上級魔法を生み出すというのは、非常にハードルが高いようだ。

 こちらの世界のお父さんが、新たな最上級魔法を開発したその功績をもって、宮廷魔導師の筆頭に指名されるほどに。


 そこで私は、まずは最初の三つを極めることにした。

 最上級魔法についてはその後だ。


 まず、魔法量を増やすのに大事なのは、精神に負荷をかけること。

 ただ、教育ママとして厳しいお母さんも、さすがに娘を壊さないよう、精神修行に関しては、気を遣って強度の低いメニューにしていた。


 私はまだ四歳なのだ。

 壊れてしまっては元も子もない。

 当然の配慮だろう。


 だが、実際の私の精神年齢は高校生。

 私は、お母さんの修行とは別に、独自で、限界ギリギリの精神修行を行った。


 肉体も。

 精神も。

 これ以上耐えられないというところの、一歩手前まで自分を追い込む。

 毎日毎日自分を追い込む。


 限界を見誤り、耐えられなくなりそうになったこともある。

 なぜ自分がこんなに苦しい思いをしているのか、分からなくなりそうになったこともある。


 でも、その度に私は思い出す。


 私のヒーローのことを。

 私の愛する人を。

 私の全てである人を。


 そんなユーキくんへの想いは、会えない間も募るばかり。


 全てはユーキくんのため。

 ユーキくんのためなら、どんな苦痛も困難も耐えられる。


 残りの二つに関しては、お母さんが徹底的に鍛えてくれた。

 お母さんは、結婚を機に、宮廷魔導師は引退しているようだったが、さすがは元プロだけあって、その知識は素晴らしい。

 おかげで私は、教科書いらずで魔法を覚えることができた。


 十歳になる頃には、攻撃魔法・回復魔法・生活魔法のそれぞれについて、全てではないが上級まで使えるようになっていた。

 だが、十歳でそれは異常らしいので、誰にも明かさず隠しておいた。

 上級魔法というのは元の世界なら大学を卒業するレベルの知識量がないと使えないとのことだから。

 良くも悪くも目立ち過ぎるのが良くないことは、前の世界で十分学んでいる。


 十一歳になる頃には、全属性、全種類の魔法について、上級魔法まで使えるようになっていた。

 魔力の量も既にお母さんは越えていた。

 ……もちろんそれも隠していたが。


 お母さんの実力は毎日見ているから大体分かるが、お父さんに比べて自分がどれくらいの実力なのかは、お父さんが家にほとんど寄り付かないから分からない。

 宮廷魔道士筆頭というのは自分の実力を測るいい物差しになりそうだが、それについては仕方がない。

 きっと前の世界のお父さんと同じく、部下とでもよろしくやっているのだろうから、そんな奴は無視だ。

 正確な自分の実力なんて、そのうち分かるだろう。


 今の私にとっては、ユーキくんの役に立てるようになることが全てで、他のことはどうでも良かった。

 お父さんが家庭を顧みないダメ男でも関係ない。

 お父さんのせいで私への当たりが厳しくなるお母さんも、自分を鍛えたい私にとってはむしろありがたかった。


 十二歳になる頃には、全ての魔法について、ただ使えるだけでなく、自在に操れるようになっていた。


 息をするように水を出し、指を操るように炎を操れるようになっていた。

 もはや魔力量だけでなく、総合的にも、お母さんを上回る実力を身につけている自信があったが、もちろんそんな気配をお母さんに感じさせるヘマはしない。

 健気に魔法を教わる可愛い娘を演じていた。


 過剰な精神修行により、人格が以前の自分とは変わっているような気がしたが、それはやむを得ない犠牲だろう。


 全てはユーキくんのため。

 八年間ひたすらに想い続けたこの気持ちの前では、人格の変化など、些細なことだ。


 一通り魔法を操れるようになったところで、私は最上級魔法の開発に乗り出す。

 一流の魔導師が、その生涯をかけて一つ生み出せるかどうかと言われる最上級魔法。


 いずれはお父さんの生み出したものを引き継がれるだろうが、それではいつになるかは分からない。

 自分で開発した方が早いだろう。

 もし最上級魔法を生み出せれば、ユーキくんと再開した時、間違いなく役に立つ。


 一流の魔導師が一生かけて生み出すものを、そんなに簡単に生み出せるのか。


 それについては勝算があった。


 魔法を学んでいく中で分かったことが一つある。

 魔法は科学の応用だ。


 物理。

 化学。

 地学。


 基本的にはそれらの事象を、魔力を用いて引き起こす、もしくは強化するのがこの世界の魔法だ。

 それが私の導き出した結論である。


 そして、魔法の発明と開発は、同じく科学の知識を持った誰かによるものだろうとも推測した。

 ただ、初めに魔法を開発した人は、科学の知識がそこまで深くない。

 だから、複雑な事象である最上級魔法については、その考え方が体系だって存在しない。


 こちらの世界の人の手による最上級魔法の開発。

 それは科学的な事象を新たに考えることに等しい。


 科学の知識なしに、だ。

 この世界の理科系の学問は元の世界に比べて遥かに遅れていることを、私はこの数年で学んだ。

 魔法という存在がある以上、仕方がないだろう。


 私には幸い、理科の知識がある。

 その知識を魔法式に置き換えるだけでいい。


 もちろん、事象を式に置き換えるのは口で言うほど簡単ではない。

 一日二日でできるとは思っていないが、一から考えるよりは遥かに時間を短縮できるはずだ。


 私は、最上級魔法にふさわしい事象として嵐を選んだ。


 嵐の作り方は分かっている。


 まずは風の渦を作り、そこへ大量の水蒸気を送り込む。

 水蒸気が水に変わる熱で、雲を拡大させていく。

 その雲が積乱雲となり、嵐が発生する。


 簡単に言うとそんなところだ。


 これを魔法に置き換えると、風の魔法で風の渦を作り、水の魔法でそこへ水蒸気を送り込み、炎の魔法で熱の発生を助長させる。

 さらには、雷の魔法で電源を作ることで、強大な雷まで発生させることができるはずだ。


 風の魔法で気圧差を作り、炎の魔法で温度差も作り、雷の魔法で雷の通り道を作ることで、より強大で、かつコントロール可能な嵐を作ることもできるだろう。


 雷だけでなく、風や水の魔法の補助を加えることで、様々な特性を持った嵐を作ることができ、応用も効く。


 この考えに至るまでに、上級までの魔法は単体であり、最上級魔法は複合魔法であると、私は当たりをつけた。

 それ以外に、上級魔法をさらに強化する方法が思いつかなかったからだ。


 私は風、水、炎、雷それぞれの式を構築し、上手く組み合わせるための方法を模索する。


 だが、なかなか上手くいかない。

 組み合わせること自体はできたが、力が増幅されない。

 これなら、上級魔法の方が、式は簡易的だし、魔力の消費も少ない分、よっぽど便利だ。


 この魔法の完成のためには、相乗効果を生み出すための仕掛けが必要だ。


 本来なら自分で生み出すべきなのだろうが、それではどれだけ時間がかかるか分からない。

 今の所、そのヒントすら思い浮かばない。

 過去の最上級魔法の開発者たちの閃きには、脱帽せざるを得なかった。


 時間が無限にあるのなら自分で考えたいところだが、いつユーキくんと再会するか分からないので、いたずらに時間を過ごすわけにはいかない。


 他の最上級魔法の式が分かれば手っ取り早くヒントが得られるのだが、そういうわけにはいかない。


 十二貴族家に伝わるものは一子相伝だし、他の魔術師が開発したものも、極秘事項扱いだ。

 最上級魔法の式なんて、一般人が普通に生きていて知ることができるものではない。


 ……そこで私は、あまりとりたくなかった手段を取ることにした。

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