第53話 小さな魔法使い③

 ユーキくんに助けられたその日以来、私は彼を目で追うようになっていた。


 もともと酷かったユーキくんへのイジメは、私を助けてから、さらに苛烈なものになってたしまったようだ。

 裏で手を引いているのが誰かは容易に想像できたが、私は何もアクションを取れなかった。


 昨日と一昨日のことがトラウマになったのもあるが、イジメのターゲットが彼に集中したことで、私には害が及ばなくなったからだ。


 もしここでユーキくんを庇うような態度を取れば、恐らくまた、私もイジメのターゲットになる。


 それは嫌だった。

 絶対に嫌だった。


 私は、助けてもらったお礼すら、ユーキくんに伝えていない。


 私は最低だ。


 自分の身を犠牲にして私を助けてくれた人にお礼すら言えず、その人が酷い目にあっていても手を差し伸べることすらできない。


 ……その人のことを好きであるにも関わらず。


 ただ、そんな中でも、見続ければ見続ける程、ユーキくんの凄さが分かる。


 どんな境遇にあってもめげずに自分を貫くユーキくん。


 私のことに限らず、曲がったことは見過ごさない。

 例え、その後、どんなに酷い目にあったとしても。


 だから、クラスに蔓延っていたイジメはなくなった。


 ……ユーキくんに対するものを除いて。


 私以外にも、ユーキくんに感謝している人はいるだろうが、誰も声はあげない。

 もちろん、その人たちを責める資格は私にはないが。


 ユーキくんは執拗な嫌がらせに合いながらも、それでもトップレベルの成績を残していた。

 勉強でも運動でも。


 その上、学費を稼ぐためにバイトもしているとのことだから、とても自分と同じ人間とは思えない。


 それが益々、周りの人たちの僻みを買い、イジメはエスカレートしていく。


 でも、私は知っている。

 ユーキくんが何も特別なんかじゃないことを。


 ユーキくんは、ただひたすらに、誰よりも頑張っているだけだ。

 大袈裟な表現ではなく、一分一秒を惜しみ、常に己を磨くユーキくん。


 何をどうすればそんなに頑張れるのか分からない。

 ただ、ユーキくんが気を抜いたり、遊んだりしているのを見たことがない。


 ストイックに、頑張るのみ。

 ユーキくんへの思いは、好きを通り越し、尊敬の域に達していた。


 今までお母さんに無理矢理勉強させられ、頑張った気になっていた自分が恥ずかしくなる。


 ユーキくんに刺激を受けた私は、自らの意思で勉強に励むようになっていた。


 目的は一つ。

 テストの成績でユーキくんに勝ったら告白すること。


 少しは誇れる自分になったら、助けてもらったお礼を言い、これまで力になれなかったことを詫び、人生をユーキくんに捧げる。


 それくらいの気持ちになっていた。


 だか、そんな私に障害が現れる。

 それも、並ではない障害が。


 障害の名はミホちゃん。


 クラス一、いや、学校でも間違いなく一番可愛い女子だ。

 可愛いだけでなく、勉強もユーキくんと争うくらい優秀で、運動も女子では一番。

 性格も良く、みんなから好かれていて、スタイルも並のモデルやグラビアアイドルじゃ敵わないくらいだ。


 そんな彼女が、ユーキくんの味方をし始めた。

 落書きをされた机を綺麗にし、汚物で穢された服や靴を洗い、陰口を叩く人がいれば注意する。

 自分の身が汚れるのも厭わず、影で色々囁かれるのも厭わず、献身的にユーキくんへの嫌がらせに対応するミホちゃん。


 ……私が我が身可愛さに、やりたくてもやれないことを率先してやる彼女。


 きっと近い将来、ユーキくんと彼女は結ばれるだろう。

 私がユーキくんなら、間違いなくミホちゃんを選ぶ。

 ミホちゃんの方も、さすがに何とも思っていない男子にそこまでのことはしないだろう。


 私は羨望と嫉妬で狂いそうになる。

 そして、そんな自分がどんどん嫌になる。

 悪いのは、何のアクションも起こさなかった自分だから。






 相変わらず、勉強も運動も、その能力を身につけるための努力も凄いユーキくん。

 そんなユーキくんを助けようとするミホちゃん。


 それは、二人をただ眺める生活がしばらく続いたある日の放課後だった。


 私は突然光に包まれ、真っ白な空間に飛ばされた。

 私以外にも何十人もの人がこの空間にいるようだった。


 そんな異常事態にも関わらず、私は反射的にユーキくんを探す。


 そして、すぐに彼の姿を見つけることができた。


 ……ミホちゃんの手を握り、ミホちゃんを励ますユーキくんの姿を。


 この異常事態がどうでも良くなるほどに、私の心はざわついていた。


 いずれこうなることは、覚悟していたはずだ。


 だが、その覚悟が甘かったことを痛感する。


 手を握っているだけで。

 ただ励ましている姿を見るだけで。


 胸を引き裂かれるような痛みが、私を襲う。


 女神のような格好をした女性が何か説明しているのを上の空状態で聴きながら、ユーキくんとミホちゃんの様子を伺う私。

 二人が仲良く見えるのは、たまたま一緒にいる時に、変な場所に飛ばされたからだと言い聞かせる私。


 ……二人の雰囲気を見るに、そうではないことに気付きながら。


 そうこうしている間に、女性の話が終わり、部屋が再び光に包まれる。


 目を開けると、そこは先ほどと同じ部屋だった。

 違いは、メンバーが十人ほど減っていることだ。

 減ってしまったメンバーの中には、ユーキくんとミホちゃんも含まれていた。


 ユーキくんがいないことで、私はすぐに女神のような格好をした女性へ質問する。


「なぜ残っている人とそうでない人がいるんですか? いなくなった人たちはどうしたんですか?」


 私の質問に対し、女神のような格好をした女性は、沈痛そうな表情をする。


「残念ながら彼らはハズレです。私の能力の都合上、細かい調整はできなかったのでハズレの人間も引き寄せてしまいました。向こうの世界では身分が重要なのです。彼らは恐らく生きていけないでしょう」


 さらっと酷いことを言う女神のような格好をした女性。


「だからあの人たちへの説明は最低限とし、皆様へは詳細をお話しすることにしました。この部屋に大勢留まらせるのは、疲れ……失礼しました、難しいので」


 そんな理由で……


 私は憤る。


 ……そんな理由でユーキくんを見捨てるなんて。


 この女は女神なんかじゃない。

 少なくとも私にとっては悪だ。


 この女性を罵りたい気持ちでいっぱいだったが、まずは情報を引き出すのが先だ。

 ユーキくんだって、死んでしまうと決まったわけじゃない。

 もしかすると何かユーキくんの助けになるヒントがあるかもしれない。


「先ほども申し上げた通り、私の力の都合上、この部屋を維持する時間には限りがあるので要点だけお話しします。まず、皆様の能力や地位は、向こうの世界では良い方にも悪い方にも、増幅されます」


 なるほど。

 だから、貧しい家庭ならさらに貧しくなるため、ユーキくんは身分が全ての世界ではハズレと見なされたのだろう。


「次に、皆様には、一人一つずつ特別な能力、『称号』が与えられます。この能力が何なのかは人によって異なります。そして、分かるのは能力の名前のみで、その能力がどのようなものかは、試してみなければ本人にも分かりません。今から皆様の頭に各自の能力が分かるよう、魔法を使います」


 女性がそう言うと、私の頭の中に、『観察者』という言葉が浮かぶ。

 これが私の称号ということだろう。

 どのような能力かは分からないが、異世界を生きるためのキーになるものに違いない。


 ユーキくんはこの能力の存在すら知らずに生きていくことになる。


「最後に、皆様の目標です。皆様の目標は魔族を駆逐し、魔王を倒すこと。魔王は非常に強力で、私の力も及びません。皆様の力を持ってしても苦戦は必至ですので、力を合わせて滅ぼしてください」


 女性は私たちを見渡す。


「まずは王になること。王となり、国の力を自由に使えるようになること。それが目標達成の近道です」


 それだけ話すと、女性は微笑んだ。


「異世界に転生後は、あるタイミングで皆様が集う時期がございます。そこが魔王討伐のベストタイミングです。私の能力にも限界があるので、年齢もスタート時期もバラバラになってしまいますが、そのタイミングには皆様集まれるようにいたします。皆様にご武運があることを」


 女性が一方的に話した後、部屋は再び光に包まれる。

 質問をする間もない。


 今回、この女が話したこと以外で分かったことがある。


 この女は信用してはいけない。

 少なくとも善意の女神ではない。


 女が言っていた言葉が全て真実かどうかは分からない。

 ただ、女が、魔法を使い、空間を作り出し、人を異世界へ飛ばすことのできるという、ファンタジーな能力を持っていることは確かだ。

 転生先の異世界もファンタジーなものであるのは間違いないだろう。


 光に包まれながら、私は誓う。


 異世界では、ユーキくんのために生きる。

 必ずユーキくんを見つけ出し、彼のことを守る。

 

 その為に、強くなろう。

 命を懸けて、自分を鍛えよう。


 誰にも負けないくらいに。

 たとえ魔王が相手でも、ユーキくんだけは守れるくらいに。




***********




 次に目を開けた時、私がいたのは綺麗な庭だった。


 花と緑に包まれた美しい空間。


 小鳥がさえずり、噴水の水音まで聞こえてくる。


「…………リ……ン」


 どこかで誰かの声がする。


「……リーン」


 誰かを思いやる声がする。


「リーン!」


 聞き覚えがないはずなのに、心に響く優しい声。


 近づいてくる女性に私は視線を向ける。

 怒りながらも、心配する気持ちの方が上回った表情で言う。


「もう、リン。聞こえてるなら返事をしなさい」


 私の名前はリン。


 宮廷魔導師の筆頭であるお父さんと、お父さんの部下の宮廷魔導師だったお母さんとの間に生まれた娘。


 好きな人が酷い目に遭っても、その人が別の女に奪われそうになっても、何もできなかった少女はここにはいない。

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