第52話 小さな魔法使い②

 翌日私は、いつも通り登校した。


 あの写真がある以上、昨日のことは誰にも言えない。

 学校を休んでしまうと、お母さんに不審に思われるかもしれないから、休むこともできない。

 それ以上に、休んでしまうとあの写真が拡散されてしまうかもしれない。


 学校には全く行きたくなかったが、仕方がない。

 お腹も痛いし、吐き気もしたが、それでも私は無理を押して登校した。


 すると案の定、登校するなり私は、リーダー格の女子から呼び出される。

 指定された校舎裏に着くと、そこには昨日同様、リーダー格の女子の他に、取り巻きの男子と女子も二人ずつ来ていた。


「キモオタと話した結果、早速今日にでもお前とヤりたいってことだ。二十万も出してくれるらしいから、十万は私たちの仲介手数料で、残りはお前にやる。もちろんその十万も借金返済として私たちがもらうけど」


 取り巻きの男子がリーダー格の女子の話を聞いて、ニヤッと笑う。


「良かったじゃん。借金も残り九十万だ。この調子ならすぐに返せるよ」


 いつの間にか私の借金ということになった百万円。

 反論してもよりひどいことになるだけなので、私はもう何も言い返さない。


「とりあえず、最初はお前がちゃんと仕事できるか影から確認してやるから、この学校の理科室でヤりなさい。キモオタには私たちが見てることがバレないようにね」


 私は無言で頷く。

 もはや思考は停止していた。


「詳細の連絡はあなたが直接することになってるから、自分でうまく誘うのよ。上目遣いで『学校でしてみたいの』とでも言えば、女慣れしてなさそうなキモオタなら簡単に乗ってくるでしょ」


 私は頷き、私の相手となる男子生徒に場所を告げるため、その場を離れる。

 

 教室に戻ると、早速私は、今日自分のことを犯す予定の男子に話しかける。


 ブクブク太り、脂ぎった顔は、見るのも嫌だった。

 汗臭くて鼻が曲がりそうな体臭も嫌だった。


 その顔を見るだけで、その匂いを嗅ぐだけで、胃の中のものが込み上げてくる。

 それでも私は自分から場所を告げる。


「……今日の放課後、理科室に来て。何の話かは分かるよね?」


 私がそう話しかけると、男子は興奮した様子で答える。


「わ、わ、分かった」


 私はその返事だけ確認すると、男子とは目を合わせずに席を離れた。


 欲望に目がくらみ、場所のことなんて何も考えていない男子。


 私の初めては、そんな男子に奪われる。


 お父さんとお母さんよりいい夫婦になると誓ったのに。

 私の計画は最初から躓いてしまった。


 汚れた私を好きになってくれるのだろうか。

 仮にいたとして、私は過去のことを気にせず幸せに生きれるのだろうか。


 その日の授業は全く頭に入ってこなかった。

 一日中、これから犯されることだけで、頭がいっぱいだった。

 絶望で気が狂いそうだった。


 私の幸せを掴むための人生計画は、昨日の時点で崩壊した。

 あとはもう、最悪を少しでもマシなものにするためにどうしたらいいかを考えるだけだ。

 今のところ、最悪から一歩もよくなる見込みはないが。


 そうこうしているうちに、あっという間に放課後は訪れた。


 覚悟はできていない。

 諦めも付いていない。

 それでも私は行かざるを得ない。


 昨日の写真が出回れば、私の人生は完全に終わる。





 理科室に行くと、部屋にはすでに私を犯す予定の男子が待っていた。


 肥満体型で、体臭の強いキモオタと呼ばれている男子を前に、私は思わず逃げたくなる。

 だが、部屋の中に隠れてこちらを伺っているだろうリーダー格の女子達のことを考えると、逃げることはできない。


「よ、よ、よく来てくれたね」


 下卑た笑いを浮かべながら前進を撫で回すように見るキモオタと呼ばれている男子に対し、吐き気を覚える。


「……やるならさっさとやってください」


 キモオタと呼ばれている男子の言葉には返事をせずに、私はそう言った。

 どうせ逃れられない嫌なことなら、さっさと終わらせてしまいたかった。


「わ、わ、分かった」


 キモオタと呼ばれている男子はそう言うと、いきなり私のシャツのボタンを外していく。


 脂ぎった顔。

 ハアハアと言う興奮した吐息。

 歯磨きしているのか疑いたくなる臭い吐息。


 その全てが嫌だった。


 キモオタと呼ばれている男子は、私のシャツを脱がし終えると、ブラのホックに手をかける。

 外し方が分からず、手間取っているようだった。


 私は理科室の薄暗い部屋の中で天を仰ぐ。


 こんなはずじゃなかった。


 初めては、心から好きな人に捧げたかった。

 できることなら、その人と結婚して、死ぬまで幸せに暮らしたかった。


 私の……ささやかだけど、たった一つしかない大切な望み。

 それがもうすぐ踏みにじられる。


 心を殺そう。

 何かを考えたら、きっと耐えられない。


 今から行われるのは作業だ。

 そこに心を介在させてはならない。


 ようやくキモオタと呼ばれている男子が、ブラを外し終え、私のささやかな胸にむしゃぶりつこうとした時だった。


ーーガラガラーー


 音を立てて理科室の扉が開く。


 絶望の淵に響く希望の音なのか。

 それとも、リーダー格の女子のさらなる嫌がらせなのか。


 私は虚ろなままの視線を音のした方へ向ける。


 視線の先で、夕焼けの光を背景に立っているのは、同じクラスの男子だった。

 話したことはないが、よく知っている顔。

 家が貧しいことを理由に、イジメにあっている人だったはずだ。

 名前は確か……


「何をしてるんだお前ら?」


 上半身裸の私と、私を犯そうとしていた男子を見比べて、彼はそう言った。


 それに対し、私を犯そうとしていた男子が答える。


「ぼ、ぼ、ぼくたちは今から愛し合おうとしてたんだ」


 私を犯そうとしていた男子はそう答える。

 私は部屋に隠れているだろう、リーダー格の女子が怖くて、何も言い出せない。


 たまたま部屋を訪れただろう彼からすると、学校で不純異性交遊を行う不届きなカップルにしか見えないだろう。

 時間が伸びただけで、きっと結果は変わらない。

 私の心に、再び絶望が覆いかぶさる。


「ふざけるな!」


 そんな私の予想に反し、彼は突然大声で、私を犯そうとしていた男子を怒鳴りつける。

 私を犯そうとしていた男子は突然の大声に怯む。


「今から愛し合おうとしている女性がそんな顔をするか!」


 彼は私の顔を見てそう言うと、私を犯そうとしていた男子の胸ぐらを掴む。


「消えろ! 二度とこの子に手を出すな!」


 そう告げる彼に対し、私を犯そうとしていた男子は怯えながらも言葉を発する。


「そ、そ、それは無理だ。ぼ、ぼくはもう、お金も払ってるし……」


「金?」


 彼は怪訝そうな顔をして私の方を見る。

 写真で脅されている私は下を向くしかない。


「く、く、クラスの奴らが何人か来て、二十万払えばこの子とヤってもいいって」


 私を犯そうとしていた男子の言葉を聞いた彼は、私の後ろを見る。


「その話をしたのはあいつらか?」


 私が振り返ると、そこにはどこかに隠れていたらしいリーダー格の女子たちが立っていた。


「き、き、君たち、なんでここに……」


 疑問の声を上げる私を犯そうとしていた男子の言葉を無視し、リーダー格の女子は、告げる。


「この子がお金が欲しいって言ったから紹介してあげたの。貧乏人のあなたなら、お金の大事さは分かるでしょ? これは私たちの問題だから、さっさと消えてくれない?」


 リーダー格の女子の言葉には全く耳を貸さずに、彼は私の方を見る。

 彼の真剣な目に、私はドキッとなる。


「あんたも、何か言い返したらどうだ?」


 彼の言葉に、私は俯くしかない。


「私は……」


 そんな私を見て、リーダー格の女子は高らかに笑う。


「あはは。そいつは私に逆らえないの。これがあるから」


 リーダー格の女子はそう言って、昨日の私の写真を見せる。

 私は俯く。

 全裸で開脚している私を見て、彼が何を感じたかは分からない。


「分かったら消えて。客になりたいって言うなら、貧乏人のあなたになら格安にしてあげてもいいけど」


 そう言ってキャハハと笑う、リーダー格の女子たちへ、彼は近づいていく。


「な、何よ。このデータなら、消せって言われても消さないから」


 そんなリーダー格の女子の言葉には耳も貸さず、彼はリーダー格の女子がスマホを持つ手の手首をぐっと握った。


「痛っ」


 リーダー格の女子がスマホを地面に落とすと、すかさず足で踏みつけ、スマホを壊す。

 大破したスマホ。


「他にデータを持っている奴はいないか?」


 彼は取り巻きの四人を恐ろしい目で睨みながら見渡す。

 全員が身動きを忘れてしまったようだったが、彼の言葉に意識を取り戻したのか、慌てて首を横に振る。


「もしさっきの写真がどこかに出回れば、俺があんたらを許さない」


 彼はそれだけ言うと、私にチラッとだけ視線を送り、その場を去ろうとする。


「ふ、ふざけるな! 覚えとけよ!」


 リーダー格の女子の言葉を無視し、彼はその場を去っていった。


 ……彼の名はユーキくん。


 私のピンチを救ってくれたヒーローであり、私の初恋の人だ。

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