第57話 小さな魔法使い⑦
ユーキくんを探すといっても、広い王国で、年齢も外見も分からない人を探すのはかなり難しいことだ。
会えば分かるといっても、王国民全員をじっくり見て回るわけにはいかない。
しかも、今この時にいるとは限らず、何年後、下手したら何十年後にこの世界へ来るのかもしれない。
私は考える。
この世界において、もっとも人を探しやすいのはどういう人間か。
一番は国王だろう。
王国の全ての権限が集中している国王なら、誰かに命じて人探しをさせることもできる。
私たちをこの世界に強制連行した女神の格好をした女性も、まずは王を目指せと言っていた。
だが、大きな問題がある。
王になれるのは十二貴族家だけで、それ以外の者は、そもそも王になる権利がない。
そうなると選択肢は限られて来る。
まず、養子になるか、嫁になるかして、十二貴族家の一員となること。
これはハードルがかなり高いし、その後の自由度も下がってしまうだろう。
そもそも、養子はともかく、ユーキくん以外の人間の嫁になど、なるつもりはない。
次に、十二貴族家の関係者を根絶やしにすること。
これはさらにハードルが高いし、その後、王になれたとしても、反発を買うのは必至だろう。
そうなると、自分自身が王になるより、王に信頼され、お願い事を聞いてもらえる立場になる方が現実的だ。
今の王は、すでに側近も固まっているだろうし、これから新参者の私が取り入るのは難しいと思われる。
それよりは、次の王の有力候補者に取り入るのが近道かもしれない。
そこで私は、次の王の有力候補者について、リサーチを始めることにした。
だが、リサーチの意味はほとんどなかった。
誰もが口を揃えて言うからだ。
次の王はアレス様である、と。
そこで今度は、アレスという十二貴族についてリサーチする。
剣聖並の剣術と、賢者並の魔法を使い、四魔貴族とも一人で渡り合える、というのが彼の強さに対しての評価だった。
王国最強の人間。
稀代の英雄。
そんな言葉が聞こえて来る。
一方で領地の経営手腕も輝いている。
決して肥沃ではない土地をうまく運用し、全ての領民が飢えずに暮らせるよう、領地を発展させた。
人格も優れている。
彼の領地で、彼のことを悪くいう人はいない。
領民も、兵士も、メイドも、みんなが彼を尊敬している。
ざっと聞いただけだが、これだけの声が拾えた。
他の十二貴族に関しては、良い点もあれば欠点もある者ばかりで、アレスのライバルにはなり得ない。
まず間違いなく、この人物が次の王になるだろう。
あとはどうやってアレスに近づくか、だ。
メイドなら簡単になれそうだが、それではなかなか近づけない。
女として近づくのも、本当に惚れられてしまった場合にやっかいだ。
もっとも、十二歳の、体の起伏に乏しい子供に女性として興味を抱くかは、甚だ疑問だという方が理由としては大きかったが。
やはり、それなりに近い距離に近づくためには、実力を示すのが一番だろう。
現に、アレスの一番側にいるのは、『刀神』と呼ばれる剣聖と並んで王国一剣の腕が立つと噂の男だ。
私は、アレスに近づくため、実力を示すことにした。
目立って他の転生者に目をつけられたくなかったが、ある程度実力が知られるのは、やむを得ないと判断した。
実力を示すのに手っ取り早いのは戦争や魔物討伐で、戦果を挙げることだ。
戦争で人を殺すのには、流石に抵抗があったから、私は魔物を討伐することにする。
魔物討伐に関しての情報や依頼は、ギルドと呼ばれる場所で受けられるらしいが、十二歳の子供に過ぎない私は、十六歳という年齢制限があるギルドには登録できない。
どこかで猛威を振るう魔物を、自分で見つけて勝手に倒すしかない。
私は、自分の実力について、かなりの強さを持っていると自負していたが、実戦経験はない。
そこで、まずは手頃な魔物相手に腕を磨くことにした。
街の周りにいる魔物は、弱いものばかりとのことなので、まずはそんな弱い魔物を狩ってみることにする。
街を出て、森に少し入ると、すぐにウサギやネズミを凶暴にしたような魔物に出会う。
私は元の世界では、虫すら殺したことはない。
厳つい顔をした魔物に、恐怖を感じる。
私は一応、最上級魔法まで使える魔導師ではあるが、実戦経験は皆無だ。
思わず逃げ出したくなってしまう。
もし、以前の私であれば、一目散に逃げていただろう。
でも、今の私は違う。
私は、右手を前に出し、呪文を唱える。
「風よ。悪しきを貫く槍となれ。『風槍(ふうそう)』」
ーープシュッーー
私の初級魔法で、魔物はいとも簡単に倒せた。
風に切り刻まれて、血と肉が飛び散るのには、最初の方こそ驚いたし、思わず吐いてしまいそうになったが、慣れてしまえばなんてことはない。
数十匹分のミンチを作る頃には、なんとも思わなくなっていた。
物足りなくなってきた私は、より倒し甲斐のある魔物を求めて、さらに深い森へ入る。
イノシシや熊を巨大にして凶暴にしたような魔物と出会うが、そいつらも大したことはない。
中級か上級の魔法を使えば、そこに残るのは、木っ端微塵に刻まれた肉片か、高温で焼かれた肉の、消し炭と灰だけだった。
そこで私は、もう少しだけ踏み込むことにする。
しばらく進むと、急に周りの雰囲気が変わる。
息が苦しくなるような濃密な魔力。
肌を突き刺すような強烈な気配。
身体中から、今すぐ逃げろ、という指示が出る。
私は、その指示を無視して、歩を進める。
命あっての物種ではあると思う。
でも、ぬるま湯に浸かっているだけじゃ強くなれない。
私の目標は、ユーキくんを守れるようになることだ。
命を賭けるくらいじゃなきゃ、凄すぎるユーキくんには、到底追いつけないだろう。
最初に現れたのは、通常の五倍はあるように見える虎。
私は、呼吸をする間もなく、魔法を放つ。
「風よ。悪しきを貫く槍となれ。『風槍(ふうそう)』」
だが、虎の魔物は、私が放った初級魔法を避けもしない。
風槍が直撃したはずの巨大な虎のような魔物は、そよ風でも吹いたかのように、反応すら見せなかった。
美味しい獲物でも見つけたかのように、舌舐めずりする虎の魔物。
私のこめかみを冷や汗が流れる。
ここまでの魔物とは間違いなく別格だ。
私が次の魔法を唱えようとすると、虎の魔物はしゃがみ込む。
ーーまずいーー
そう思った私は、魔法を唱えるのを中断し、最大強度の魔法障壁を、前面に張る。
ーードンッーー
次の瞬間、目にも留まらぬ速さで跳躍した虎の魔物が、魔法障壁へぶつかる。
ーーガァァァッ!!ーー
怒りをあらわにする虎の魔物。
私は、身体中に魔力を通わせ、後ろへ跳躍する。
虎の魔物が、魔法障壁を迂回し、こちらへ再度飛びかかろうとしている間に、私は呪文を唱える。
放つのは、単体攻撃用の風の上級魔法。
「烈風よ。空を駆ける暴威よ。全てを切り裂く刃となりて、その力を示せ」
呪文を唱え終わるのとほぼ同時に、虎の魔物が跳躍する。
『窮奇!(きゅうき)』
ーーガァァァ!ーー
口を開けて飛びかかってくる虎の魔物を、私の放った風の牙が襲う。
ーーズシュッーー
初級魔法とはさすがに違い、虎の魔物にダメージは与えたようだが、致命傷には至らない。
怒り狂った虎の魔物は、私を睨み、唸りを上げる。
ーーグルルルルルッーー
勝てなくはないが、無傷で帰れる保証はない。
そう判断した私は、体に魔力を込め、後ろへ跳躍。
そのまま跳躍を繰り返す。
魔物も、途中までは追いかけてきたが、いつのまにか消えていた。
その後、途中で遭遇した普通の魔物を何匹か蹴散らし、無事街へ帰り着く。
ただ、私の中は反省と屈辱でいっぱいだった。
強大な魔力を得て、強力な魔法を使えるようになっても、それだけで強くなれるわけじゃない。
そのことを学んだ私は、それから毎日、森へ通い、試行錯誤を繰り返した。
巨大な虎に、巨大な一つ目の怪物、大蛇のような魔物に、得体の知れない触手のような魔物。
森の深部にいた、バリエーション豊かな魔物たちを、苦戦することも多々ありながらではあるが、毎日何匹も撃退した。
そんな毎日を繰り返し一年が経ち、森に入っても、ほとんど魔物と出くわさなくなった頃、近くの村がドラゴンに襲われたとの話が出た。
ドラゴンは二つ名持ちの騎士でも、一人では倒せないと言われる強力な相手だ。
そんなドラゴンを一人で倒せば、きっと私の実力は広まるだろう。
喜んだ私は、すぐにその村に向かう。
魔力で強化すれば、体を全く鍛えていない私でも、簡単に長距離を移動できる。
二十キロほどの道を、ほぼ疲れることなく、一時間程で移動した。
辿り着いた時、村は既にドラゴンによって滅ぼされていた。
家々は、おそらくドラゴンの吐いたと思われる炎で焼き尽くされ、灰と化している。
かろうじて残る炭となった柱が、そこに家があったことを知らしめていた。
「そこの嬢ちゃん。こんなところで何をしてるんだ?」
軽装で佇む私に、汚れた鎧に身を包む中年の兵士が声をかける。
「ドラゴンを倒しにきました」
私の発言を聞いた兵士は、怒りの表情をあらわにする。
「バカを言うんじゃない。今回現れたドラゴンは、恐らく王都近隣の森の主だ。最近なぜか、王都近隣の森の魔物が壊滅し、餌がなくなったから人里に現れたんだろう」
そう言って兵士は、壊滅した村を見渡す。
「……そのせいで、この村の人間はみんな食われちまった。百人はいた俺の仲間の兵士も、半分はドラゴンの腹のなかだ。知能の高いドラゴンは、人間なんか食わないはずなのに」
兵士の言葉に、私は胸を刺されたかのような痛みを感じる。
自分の立身のために、ドラゴンの出現を喜んだ自分を嫌悪する。
私の修行の影響が、こんなところに被害をもたらすなんて……
ユーキくんのことは何より大切だ。
でも、だからと言って、関係のない他の人たちが、私のせいで無残に殺されていくのを看過できるほど、心が腐ってはいない。
私は決意した。
このドラゴンは、何としても私が倒さなければ。
後悔している暇はない。
こうしている間にも、ドラゴンは誰かを襲っているかもしれない。
私は、兵士に向かって笑いかける。
「それならなおさら、私が倒さなきゃいけませんね」
兵士はそんな私を、尚も止めようとする。
「だからやめろって。あんな大物のドラゴン、二つ名持ちの騎士でも勝てないって」
私は、そんな兵士に背を向け、強大な魔力を感じる方へ顔を向ける。
強力な魔物をたくさん葬ってきた私でも、身震いするほど、禍々しく、強力な魔力。
それでも私は怯まない。
ユーキくんならきっと逃げない。
ユーキくんならきっと一人でも戦う。
「大丈夫です。私に任せてください」
そう言って、もう一度だけ後ろを振り返り、笑顔を見せる。
そんな私の笑顔を見た中年の兵士は、今度は私を止めなかった。
代わりにこう尋ねる。
「……お嬢ちゃんの名は?」
私は中年の兵士の方をしっかり向いて答える。
「私の名はリン。これからドラゴンを倒す者の名です」
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