第45話 反逆者の娘の奴隷③

 まず絶体絶命状態だったレナの元へ行くヒナ。

 魔力枯渇状態のレナを片手で抱き抱えると、ヒナは再度跳躍する。


 高速で飛び跳ねるヒナへ、敵は全く反応できない。


 すぐに俺の元へ飛んできたヒナは、俺のことも逆の脇へ抱える。

 二人の子供を両脇に抱え、ヒナはそのまま跳躍した。


 まるでロケットにでも乗っているかのように、高速で移動するヒナ。

 地面に着地すると、またすぐに次の跳躍に移る。


 それからわずか四度の跳躍で敵は完全に見えなくなった。

 想像以上の能力だ。


 人種差別主義のレナも、これだけの能力を見せられれば、ヒナのことを認めざるを得なかったようだ。

 跳躍を終えた際には、ヒナに対して素直に協力して欲しいという言葉を発していた。


 憎い人間ではあるが、レナが成長し、他人を認められるようになるのは良いことだ。

 これから少なくとも後一ヶ月は共に過ごすのだから、少しでもまともな人間になってくれるのは、悪いことではない。


 ……だからといって、殺すのをやめるつもりはないが。


 ヒナの跳躍によって窮地を脱してから、二時間ほど自分達の足で移動し、小休止を挟んで数時間移動したところで、レナが言葉を発する。


「この辺りで一旦ローザの居場所を確認させて。向こうも移動しているかもしれないから」


 俺とヒナは、レナの言葉に頷く。


「サーチ」


 レナが目を閉じて呪文を唱える。

 数秒間、目を閉じた後、ヒナが目を開く。

 その表情には困惑が浮かんでいた。


「なぜか、この近くにいるみたいだわ。これ以上詳細の場所までは分からないみたいだけど……」


 レナの言葉に、不審なものを感じた俺も、ヒナへ目配せをする。

 俺の意図を汲んだヒナは、長い耳を動かし、様々な方向から音を集めているようだった。


 耳の動きを止めたヒナは、俺とレナへ告げる。


「ここから五十メートルほど離れたところで、こちらの様子を伺っている人間が一名います。かなりの魔力を耳に込めなければ音を拾えないほど、洗練された動きです」


 俺はヒナの言葉に、黙って頷く。


「他に人の気配はあるか?」


 俺の問いかけに、ヒナは首を横に振る。


「そうすると、その人間がローザということか。だとすると気になるのは、なぜこちらに近づいてこないか、だ。恐らく俺たちの一人がレナであることは気付いているはずだ。十二貴族へ帰順せずに逃亡しているということは、少なくとも敵ではないはずだろ?」


 レナは少しだけ考えると、険しい表情で首を横に振る。


「……いいえ。向こうはそうは思っていないかもしれないわ。私達が魔族と共に行動していたことが広まっているとすれば、魔族に毒されていると思われているかもしれない」


 俺にとって嬉しくはない意見ではあるが、あながち間違いではないだろう。


「だとすると、敵ではないことを示さなければならないわけだが……」


 良い策を思い浮かばない俺に、ヒナが具申する。


「私は教養がないので、良い策は浮かびませんが、素直にお話しすれば良いのではないでしょうか? こちらには隠すべきことはないのですし」


 確かにこれ以上考えて時間を無駄に過ごすのも考えものだ。

 こちらは、戦闘からの長距離移動で、かつ女子供しかいない。

 俺以外の二人は体力の限界も近いだろう。


 知り合いに裏切られたレナに至っては、精神的な疲労も相当なものであるはずだ。


「分かった。こちらに魔族がいないことが分かれば、いきなり攻撃されるようなことはないだろう。仮に攻撃されても、警戒さえしていれば一撃でやられることもないと思う。ヒナは念のため、いつでも離脱できるよう用意しておいてくれ」


「畏まりました」


 俺の指示に、ヒナは恭しく頭を下げる。

 毎回このような仰々しい形で返されるのはたまったものではないが、今はわざわざそんな話をする程、時間はない。


「レナもそれでいいな?」


「ええ」


 一応レナへも確認し、了承を得た俺たちは、街道から逸れた山道を、ヒナに指示されるがまま、ゆっくりと進んでいく。

 レナとヒナを俺の後ろに隠して、いつ相手から攻撃されても防げるよう、最大限警戒し、一列で歩く。


 二十メートル程歩みを進めたところで、道の向こうの木陰から、スラリとした金髪の女性が姿を現わす。


「……ローザよ」


 後ろから、そっとレナが囁いた。


「止まりなさい」


 言葉を発した女性は、身長百七十センチ程のモデルのような体型で、顔立ちも元の世界の並のアイドルでは太刀打ち出来ない程整っていた。

 見た目は十五、六歳に見えるが、二つ名持ちの騎士になるくらいだ。

 恐ろしく童顔なだけだろう。


 それにしてもこの世界で知り合う女性は、美人ばかりだと思う。

 街ですれ違う女性たちは、特別美しい女性ばかりというわけではなかったから、不思議なものだ。


 そんなことを考えながらぼーっと歩いていると、女性が声を荒げる。


「指示に従いなさい!」


 女性は厳しい口調でそう言葉を発し、剣を抜いて構えると、先頭に立つ俺を睨みつけた。

 俺は関係のない思考から頭を現実へ戻す。


 厳しい口調とは別で、相手の女性から殺気や敵意は感じられない。

 それが分かったからこそ、余計な思考をしてしまい、足を止めるのも忘れてしまったのだが。


 何せこちらは、子供二人に、普通なら魔力が使えない獣人が一人。

 相手が警戒していたのは、この場に姿が見えない魔族の存在だろう。


 それを察した俺は、すぐに足を止めて女性の方を向く。


「この場に魔族はいません」


 俺の言葉に、はっと反応した女性は、それでも剣の構えを崩さないまま、俺を睨みつける。


「貴様は誰だ? なぜレナ様と共にいる」


 なぜだと問われたら、レナに奴隷契約で縛られて無理やり連れてこられたから、もしくは、レナを利用し尽くした後殺すため、というのが正しいが、それをそのまま答えるのが正解ではないというのは分かる。


 レナは俺の答えを不安そうな顔で待っている。

 自分のことがどう思われているのか心配なのだろうか。


 後々殺す相手ではあるが、今は信頼を勝ち取っていた方が得策だし、嫌われていない方がいいだろう。

 俺はレナが求めているだろう言葉を探す。


 茶番かもしれないが、もともとこの世界に来たのが茶番のようなものだし、今更だ。


 俺はレナは微笑みかけ、力強く頷く。


「俺はレナ様の騎士。レナ様を守り、レナ様の敵を打ち砕き、レナ様の願いを叶えるためにここにいる」


 歯の浮くようなセリフに、自分でも笑えてくるが、レナは満足したようだ。

 心なしか瞳をキラキラさせているようにすら見える。


 だが、肝心の相手であるローザはそうではなかったらしい。


「ガキが……」


 それだけ吐き捨てるように言って俺を睨むと、レナに対して厳しい目線を向ける。


「レナ様。何ですか、このガキとペットは? レナ様は年齢の割に成熟された方かと思っておりましたが、まさかこんな勘違いしたガキをお連れになるとは……アレス様が命の危機に瀕している時に、色恋沙汰で判断を曇らせるとは、正直失望いたしました」


 俺のことをただの勘違いしたガキだと決めつけるローザに対し、頭では仕方ないと理解しつつも、感情的にカチンと来た俺は、ローザとは目も合わせずに、レナの方を向く。


「レナ様。この女の実力は本当に確かなのですか? 少なくとも他人の実力を見極める目に関しては節穴のようですが」


 今度は俺の言葉にカチンと来たらしいローザが声を荒げる。


「子供にしては多少腕が立つのかもしれないが、これから行われるのは、大人同士の命を賭けた戦いだ。少なくともレナ様以上の実力がなければ話にもならない。レナ様でもギリギリ戦力になるかならないかと言ったところだ」


 それを聞いた俺は鼻で笑う。


「それなら俺には資格があるということだな」


 俺の言葉を聞いたローザが、感情剥き出しで俺を睨みつける。


「自惚れるな! レナ様は同年代の子供の中では規格外に強い。そんなレナ様と肩を並べられる子供がいるわけがない」


 俺は欧米人のように肩をすくめてため息をつく。


「話にならないな。そんなに俺のことが認められないなら、ここであんたをぶちのめしてやろうか?」


 俺の言葉に慌てたのがレナだ。


「ま、待て、エディ。ローザも口が過ぎただけだ。お前が本気を出せば、せっかく戦力になってくれるかもしれないローザが、怪我してしまうかもしれない」


 ローザを気遣ったレナの言葉は、逆にローザの気持ちを逆撫でしてしまったようだ。


「レナ様まで……レナ様は私よりこのガキの方が優れているとでもお思いですか?」


 厳しい目線を向けるローザに、レナはしどろもどろになる。


「いや、そういうわけではないが、エディもなかなかやるというか……」


 レナの言葉を聞いたローザは大きく溜息をつく。


「ふぅ……まあいいでしょう」


 ローザはそう呟いた後、俺の方へ視線を向ける。


「ガキ。これから貴様の相手をしてやる。私との力の差を思い知ったら、貴様はレナ様の騎士などと名乗るのをやめて、金輪際顔を見せるな。足手纏いはいらない」


 自分は優れていると間違いなく確信しているローザの視線は不愉快に過ぎる。

 元の世界のやつらの目にそっくりだ。


 この世界の強い人間は、大体がいい家の生まれだ。

 魔力の量や、武術や魔法の教育を受けられるのが、家柄による以上、仕方ないことだろう。

 この女もきっと、どこぞの貴族の出に違いない。


「あんたの方こそ、本当に強いのか? そんな華奢な腕で剣が振るえるとは思えないが」


 過去を思い出し不愉快になったあまり、俺もつい、言わなくてもいい一言を発してしまう。

 案の定、さらに頭に来たらしいローザは、怒りを露わに俺を睨む。


「確かに私は腕力がない。それでも貴様のようなガキ相手に遊んでやるなら十分だ。そうだな……もし私が貴様に劣るようなら、貴様の奴隷にでもなってやろう」


 こんなに高圧的な女の奴隷などいらないが、わざわざ断ってやる理由もなかった。


「その上から目線の口、二度と叩けないようにしてやる」


 俺は刀を抜き、ローザに切っ先を向けるようにして構える。


「こちらの台詞だ。身の程知らずのガキに、世界の広さを教えてやる」


 ローザも剣を抜き、その切っ先を俺に向ける。


「ヒナ、絶対に手を出すなよ」


 ヒナは頷く。


「もちろんでございます。私はエディ様の勝利を確信しておりますから」


 俺は頷く。

 ヒナには実力の全てを見せたわけではないから、不安がられるかと思ったが、全くそのような気配はなかった。

 ただまあ、全幅の信頼というのは嬉しいものの、なかなか重いものだ。

 絶対に負けられない。


 一方でレナは不安いっぱいで仕方ないという顔をしていた。


「エディ、ローザ。今は仲間で争っている時ではない」


 至極当然の言葉を口にするレナ。

 だが、俺もローザもそんなことは百も承知で、刀を、剣を抜いている。


「同じ敵と戦う仲間だとしても、立場ははっきりさせなければいけませんので」


 俺が低い声でそう答える。


「このガキのことは、そもそも仲間とは認めていません」


 吐き捨てるようにローザも答える。


「これ以上言っても仕方ないようだな……二人とも、怪我だけはしないように」


 レナはそう言いながら、心底心配そうな視線を俺に向ける。

 いずれ殺す相手とはいえ、心配されて悪い気はしないのが不思議なところだ。


「極力怪我は負わせないようにしますが、多少はご容赦ください」


 俺からの挑発の言葉にローザが憤慨する。


「減らず口を。後遺症は残らない程度に痛みを教えてやる」


 その言葉に合わせて、ローザが全身に魔力を込める。

 同様に、俺も体へ魔力を流した。


「レナ様、合図を」


 俺の声にレナは、やむを得ないといった様子ではあるものの、小さく頷く。


「始め!」


 その場にレナの声が響き、それぞれを屈服させるための戦いが始まった。

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