第44話 反逆者の娘の奴隷②

 外に出た瞬間、俺たち三人はスポットライトのような光に照らし出される。

 この世界にスポットライトはないだろうから、これも何かの魔法だろう。


「敵は約百名程。皆それなりに魔力も高いようです。特に先頭の男は、エディ様ほどではないにしろ、かなりの魔力を秘めているようです」


 耳元で俺だけに聞こえるように囁くヒナに、俺は小さく頷き返し、体をそっと抱き寄せ、頭を撫でる。

 耳打ちされていることを紛らわせるカモフラージュだ。

 周囲からは怯える少女を勇気付けているようにしか見えないだろう。


 ヒナを抱き寄せながら、俺は作戦を考える。


 相手の戦力は恐らく相当なものだ。

 敵の布陣は、こちらにカレンもいることを想定して組まれたものだと、仮定した方がいい。


 だが正直、敵を見回して見ても、単独で強敵と言えそうなのは、先頭の男くらいだ。

 この数ヶ月、アレスにダイン、カレンにリン、剣聖に十二貴族という、王国でもトップレベルの者達ばかり見てきた俺は、ある程度相手の強さが見極められるようになっていた。


 先頭の男はアレスやダインには劣るだろうが、五人組の追手を食べる前のカレンには匹敵するかもしれない、そんな雰囲気だった。

 この男がカレンを抑え、残りが俺やレナに対応するといったところだったのだろうか。


 確かに、俺とレナを倒してしまえば、全員でカレンを攻めることができる。

 作戦としては悪くないのかもしれない。


 カレンがいない今、敵からすれば俺たちの相手など、難易度の低い仕事でしかないだろう。

 俺が敵なら、間違いなくそう思う。


 相手を倒そうとするのなら、俺がリン先生直伝の最上級魔法で敵を一掃し、恐らくそれだけでは生き残るであろう先頭の男を、レナと二人掛かりで仕留めるのが無難なところか。


 だが、俺は相手を倒すつもりはなかった。


 もしカレンがいない状態で、敵の大部隊を潰してしまえば、敵は間違いなく俺たちのことを警戒する。

 アレス救出作戦が厳しくなるだけではなく、俺たち自身が脅威とみなされ、より強力な追手を向けられることになるに違いない。


 その意味では、俺は自分の実力を晒すわけにはいかなかった。

 相手の中では、俺とヒナはノーマークなはずだ。

 いざという時まで、自分の存在は隠しておきたい。


 そのため、今回の戦いでは、俺は中級魔法までしか使わず、魔力もレナと同等以下しか使わないことにした。

 その上で、生き延びる術を考えなければならない。


 先頭の男は、恐らく、実力を隠したままで戦える相手ではない。

 全力を尽くして、それでも勝てるかどうか分からない、というのが正直なところだ。


 他の敵相手なら、数こそ多いが、魔法の運用次第では、時間稼ぎは十分できるだろう。


 できることなら、レナを先頭の男と戦わせたい。

 今後の戦略を練る上でも、レナの実力をはっきりと掴んでおきたいという思惑もある。


 ヒナの脚力があれば、離脱は可能。

 相手も恐らく、レナみたいな子供をすぐに殺そうとはしないはずだから、レナがすぐに敗れたとしても、救出することは可能だろう。


 あとはどうやってレナをその気にさせるかだ。

 レナさえ先頭の男と戦ってくれれば、どうにでもなる。


 だが、物事は、そう上手くは進まない。


 俺たちを売った張本人である中年の女に責められ、レナは、先頭の男と戦うどころか、戦意そのものを折られそうになっていた。


「レナ。考えるのは後にしろ」


 完全に動揺しているレナの肩に思わず手を置き、俺はそう声をかけた。


「今はこの場を切り抜けるのが先決です。敵はおよそ百人。私は戦闘経験がなく、魔力の使い方を覚えたばかり。あなたの力がこの場を切り抜ける鍵になります」


 そんな俺をフォローするかのように、ヒナもレナへ言葉をかける。

 小刻みに震える演技までして。


 ヒナのあまりにも有能なフォローに驚きつつも、俺はレナの反応を伺う。


 今の今まで俯いていたレナは、ヒナの言葉を聞いて顔を上げる。

 その表情には決意が漲り、その目には覚悟が備わっていた。


「エディ」


 レナが俺の名を呼ぶ。


「アルベルトは私が抑える。その間に突破口を作って」


 不安を飲み込み、自分に言い聞かせるように力強く俺に告げるレナ。

 いずれ殺す存在ではあるが、今だけは頼もしく思える。


 先頭の男に対し、実力的には間違いなく劣っているだろうが、もしかしたら……と思わせるようなレナの姿に、俺は少しだけ驚く。


 この憎き女も、この女なりに変わっているのかもしれない。

 だからといって許すつもりは毛頭ないが。


 アルベルトというらしい先頭の男へ向かっていくレナを見届けた後、俺は残りの敵を見渡す。


 万が一にもレナが殺されることだけはないよう気を配りつつ、中級以下の魔法のみで敵の相手をするというのは、中々に骨の折れる作業だ。


 アルベルトに挑むレナを横目に見ながら、俺は体内の魔力を戦闘用に練り上げる。


「俺たちも子供を殺したくはない。降参するなら命は助けるよう懇願することもできる。大人しく降伏しろ」


 部隊長と思われる魔道士風の男の言葉に、俺は何と返事をするか考える。


 お世話になったアレス様のために降伏はできない、だとなんだかパッとしない気がする。


 どうせ本人に聞かれるわけではないと思い、雰囲気に合わせて俺は答える。


「俺は助かったとしても、十二貴族の継承権があるレナ様は無事でいられる保証はない。主君を売ってまで、生き延びるつもりは毛頭ない。レナ様の騎士として、降伏はできない。たとえこの場で死ぬことになろうとも」


 自分で言っていて笑えてくるが、雰囲気には合っているだろう。

 相手も感心しているようだった。


「貴君の騎士道精神、感服した。子供と思い貴君を貶めるような発言をしたことを詫びさせてほしい。我らが全力をもって相手させていただこう」


 想像以上に相手が乗ってきたのは誤算だったが、実戦で自分を磨くいい機会だ。

 ずば抜けて強い者はいないものの、相手は精鋭。

 中級魔法以下しか使わないという条件付きの中で、俺がどこまで戦えるか、だ。


 カレンにダイン師匠にリン先生。

 三人のおかげで、それなりに実力はあるつもりでいるが、圧倒的に実戦経験が不足しているのもまた事実だ。

 いくら公式を覚えていても、応用問題で使えるかどうかは、試してみなければ分からない。


 魔力の総量には自信があるが、敵の数は多い。

 レナがどれだけ時間をかけるか分からない以上、無闇に消費するのは得策ではない。


 さてどうするか。


 俺が対応を考える時間を与えてくれる程、敵は甘くなかった。


「風槍!」


 小手調べとばかりに飛んできた、最もポピュラーな風の初級魔法を、俺は鞘から抜いた勢いそのままに、ダインから譲り受けた刀で切り裂く。


ーーブワッーー


 風の槍はただのそよ風となって、空気中に消える。


 初めてレナと会った時とは異なり、俺は魔力を込めた刀で対応した。

 無属性の純粋な魔力の放出は、魔力効率が著しく悪い。

 また、点の攻撃である風槍に対し、魔法障壁を張るのも、面積が大きくなる分、ロスが発生する。

 刀で消滅させるのがベストだと俺は判断した。


 長期戦も想定される今回は、極力魔力の消費を抑えていきたい。

 ヒナの離脱作戦が失敗して、アルベルトと戦わなければならない可能性もゼロではないため、余力を残しておかなければならないからだ。


 その様子を見た部隊長と思しき人物は、右手を上げる。


「そこそこはやるようだが……悪く思うなよ」


 そう言って大きく息を吸うと声を上げた。


「第一陣、斉射!」


 男が右手を振り下ろすと同時に無数の攻撃魔法が俺を襲う。


 風の槍に、火の玉に、氷の矢。


 属性の違う魔法が次々と飛び込んで来る。


 厄介なのは、全てが初級魔法ではなく、中級魔法も時折混ざっていること。

 初級魔法は、全方位に張った魔法障壁で防ぎつつ、中級魔法は、ダインにもらった刀で切り裂く。


 数十発にも及ぶ攻撃を防ぎきると、再び部隊長と思しき男が手を上げる。


「……これはなかなかやるな。仕方ない。第二陣、放て!」


 男が再度右手を振り下ろすと、今度は三人の男が一歩踏み出し、呪文を唱える。


 聞き覚えのある呪文に、俺は急ぎで呪文を唱える。


『飛廉(ひれん)!』


 三人の男が声を揃えて呪文を唱えると、十を超える竜巻が唸りを上げて俺に襲いかかる。

 それぞれの竜巻の回転は強力で、直撃すれば風に刻まれ、ミンチになるだろう。


 こちらも上級魔法を使えるなら、土系の魔法で防御するのだが、中級魔法以下しか使わないという制限付きで戦っている以上、その方法は使えない。


 俺が使ったのは炎の魔法と風の魔法。

 炎で俺の周辺の空気を熱し、風で俺の周辺の空気を圧縮した。


 竜巻とはいえ、風は風。

 風は気圧の高い方から低いほうへ流れていく。

 魔法の力で気圧差を作り、風の通り道を作ってやればいい。


 強力な竜巻たちは、俺が魔法で構築した気圧の谷により、それこそ魔法のように、俺の体から逸れていった。


「な、何が起こった?」


「一流魔導師が三人いて、三人とも標的を捉えられないなんて……」


 驚きの声を上げる部隊長の男と、動揺する魔導師たち。

 もちろん、説明してやるつもりはないし、動揺している隙を見逃すつもりもない。


「火球!」


 炎の初級魔法を、スピード優先で、無詠唱で放つ。


「なめるな!」


 部隊長の男は、剣に魔力を込めると、俺が放った火の玉を両断する。


 もちろんなめてなどいないし、無詠唱の初級魔法で精鋭部隊の部隊長を仕留められるとも思っていない。


 部隊長に斬られた火の玉は、両断された後もその推進力を失わずに、部隊長の両脇にいた兵士二人へ、それぞれ直撃する。


「グワッ!」


 無防備な状態で炎が直撃した兵士は、悲鳴を上げてのたうちまわる。


「なに!」


 部隊長の男は再度驚きの声を上げる。


 俺の火球は人間としてトップレベルらしい俺の魔力をふんだんに込め、魔法式を若干いじって持続力を上げた特別性。

 魔力を込めた剣で斬ったら消滅する、弱々しい火の玉ではない。

 二等分にされたくらいじゃ、その勢いは止まらない。


 敵が怯んだ隙を見逃さず、追撃を行おうとした俺の視界に、魔力枯渇状態でアルベルトと対峙しているレナが目に入った。

 風の上級魔法を放ったところまでは横目で見ていたが、そこで力尽きたようだ。


ーーここまでか……


 俺は右手を上げて、親指でレナを指し、ヒナへ合図を送った。

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