第46話 反逆者の娘の奴隷④
レナからの開戦の合図と同時に、まず俺は、手にした刀へ、ローザと同等程度の魔力を込める。
今回の戦いの目的は、何も、生意気な女騎士をぶちのめしたいから、というだけではない。
もちろん、その気持ちもゼロではないが、それ以上に、ローザと、そして自分自身の実力を試したいという気持ちも大きかった。
これからの戦いの敵は、十二貴族と、二つ名持ちの騎士や魔道士たち、そしてその配下の騎士や兵士達だ。
十二貴族の実力はアレスとの戦いである程度分かっている。
キーになってくるのが、二つ名持ちの騎士や魔道士の実力がどの程度なのかと、その二つ名持ちの騎士や魔道士相手に、俺たちがどれだけ戦えるかだ。
その点が、今後の作戦にも大きく影響してくる。
俺はまだ、二つ名持ちの騎士の実力は『豪腕』しか知らない。
しかも、その『豪腕』ですら、自ら別の戦闘しながら、レナとの戦いを横目に見ていただけだ。
本番であるアレス奪還作戦の前に、二つ名持ちの騎士相手に、ぜひ直接手合わせをしておきたかった。
できれば鍛錬ではなく、可能な限り相手の本気を引き出した上で。
多少相手を煽ったのは、相手の手加減したくなる気持ちを抑えるためでもある。
相手の反応を見るに、効果てきめんだったようだ。
こちらの方も演技ではなく、本当に思った気持ちをぶつけたのだから、当然の結果かもしれないが。
俺は向かいあったローザの実力を分析する。
ローザの魔力は低くはないものの、ズバ抜けて高いわけでもない。
魔力量だけなら俺の方が多いだろう。
そんな中で、俺が全力で魔力を込めると、純粋な剣の腕の差が分からなくなる。
まず、お互いの剣の実力を測るためには、魔力を同等にした方が都合が良かった。
相手が並の実力ではないのは、醸し出す雰囲気から分かっている。
様子見はせず、自分から攻めることにした。
命の賭けられていないこの戦いでは、相手の出方を見る必要性はない。
むしろ、こちらから仕掛けた方が、自分の意図した通りに相手の実力を引き出しやすい。
俺はまず、足に魔力を集中させる。
そしてそのまま、ヒナがジャンプするときの要領で、脚力を頼りにローザへ飛び込み、上段から刀を振り下ろした。
無防備で受ければ間違いなく絶命する攻撃だが、この程度の威力の、しかも馬鹿正直この上ない攻撃で死ぬような相手なら、この先全く役には立たない。
この場で死なずとも、死ぬのは時間の問題だろう。
ローザが構えるのは非常に細い剣。
刀と切り結べば、簡単に折れてしまいそうに見えるが、魔力の存在するこの世界では、必ずしもその限りではないだろう。
見た目はただの子供に過ぎないこの俺ですら、魔力を使えば、ほとんどの大人に力で負けることはないのだから。
それは武器も同じことだった。
対するローザは、俺の攻撃に対し、剣の構えを変えぬまま、後ろへ一歩飛び下がる。
ただ、大きく跳躍したわけではなく、俺の刀がかすめるギリギリを見極め、必要最小限だけ避けた。
武器の破壊を恐れたのか、と一瞬思ったが、それは間違いだった。
ローザは後ろへ着地したかと思うと、その反動のまま突きを繰り出す。
次の攻撃へつなげるための回避だったようだ。
そのスピードは、俺の剣の師匠であるダインに比べても、勝るとも劣らないものだった。
俺の命までは奪わないよう、利き腕である右の肩を狙った高速の突き。
そんな攻撃を、俺は紙一重で躱す。
ローザの剣は、かすかに俺の右肩の薄皮一枚を裂いただけだった。
ローザが俺の攻撃を大きく避けずに、最小限の動きで躱された瞬間から、反応の遅れた頭とは対照的に、体は危険を察知していた。
短期間で何度も体を切り刻まれたダイン師匠との修行のおかげで、俺の危機察知能力は、自分でも異常だと思うほどに高い。
しかも、頭より先に体が、本能のように動く。
攻撃を避けた俺を見て、ローザの表情が少しだけ変わる。
今の攻撃を、俺が避けることができるとは思わなかったのだろう。
ローザの顔付きは、調子に乗った悪ガキを懲らしめてやろう、というものから、戦いに臨む戦士の顔になった。
俺の方でも、ローザの剣の実力は分かった。
剣については、最高の師匠の元で、最高の指導を受けたという自負はあるが、その期間はあまりに短い。
長い年月を本気で剣に費やした相手には到底敵うわけがないだろう。
ローザが才能にかまけているだけの相手ではないことは、俺の右肩の傷が証明している。
経験不足の俺が、同じ土俵で戦って勝てる相手ではない。
俺は、後ろへ大きく飛び、間合いを取る。
同じ土俵でダメなら、俺の土俵で戦うまで。
俺は刀を鞘へ納め、呪文を唱える。
「烈風よ。空を駆ける暴威よ。全てを切り裂く刃となりて、その力を示せ」
唱えるのは、レナが『剛腕』へ放った風の上級魔法。
二つ名持ちが、皆同じくらいの実力を持っているか測るには、同じ魔法の方がいい。
「窮奇(きゅうき)!」
獣の牙を形どった風の渦が、俺の右手から放たれ、ローザを襲う。
暴威を振るう風の牙は、唸りを上げてローザを目指すが、その牙がローザに触れることはなかった。
俺が呪文を唱えはじめた瞬間から、ローザは剣に魔力を込めていた。
俺の放った風の牙が襲いかかった瞬間、突きを放つローザ。
ローザの繰り出した突きが風の渦に触れると、風の牙は霧散してしまった。
凝集した魔力の込められたその突きは、間違いなく上級魔法レベルの攻撃力はあるだろう。
二つ名持ち相手に、正面からでは上級魔法は役に立たないことが分かった。
それが分かっただけでもまずは十分な収穫だ。
次の攻撃を考える俺に、ローザが声をかける。
「お前が口だけのガキではないことが分かった。だが、それでも今の実力では、やはり連れて行くわけにはいかない。十二貴族や二つ名持ちは化け物揃いだ。剣の腕がそこそこで、かつ上級魔法が使えるからと言って、自惚れていては死ぬだけだ。非礼は謝るが、今回は退け」
レナはどうなんだと言いたくなるが、あいつの場合はアレスの娘という立場が重要だから、別なのだろう。
俺は、ローザの言葉を聞き、笑みを浮かべる。
「……今までのが本気ならな」
「……何?」
疑問の声を上げるローザに対し、俺は再度右手をローザへ向け、呪文を唱える。
魔法式へ込める魔力は、上級魔法の十倍以上。
複雑極まりない魔法式を頭の中で構築しながら、それだけの量の魔力を込めるのは、並大抵のことではない。
それに、今から唱える呪文は、自分の中でも実験的な位置付けだ。
成功する保証はない。
だが、試す価値は十分にある。
「地獄の豪炎よ。愚かなる者に裁きを。罪深き者に罰を。我が敵に滅びを。古の契約のもと、我が名の前にその力を示せ」
その呪文を聞いたのは一度だけ。
魔法式も教えてもらったわけではない。
だが、俺はおそらく使えると思っている。
仕組みを推測し、実際の魔法もこの目で見ているからだ。
「劫火(ごうか)!」
俺の右手から放たれたのは、高温の炎。
上級魔法をはるかに凌駕し、熱で周りの空気を歪めてしまいそうなほど熱い炎。
……そう。
アレスと戦った十二貴族が使っていた魔法だ。
唸りを上げた炎は、オリジナルと比べると弱い気がするが、それでも十分だと思える威力を発揮していた。
実験は成功だと思っていいだろう。
そんな魔法を前に、ローザは顔をしかめる。
流石に剣で魔法を突こうとはしていないようだが、何も手を打たなければ死ぬだけだ。
多少避けたところで、あまりの高熱に耐えられないだろう。
ローザの身を案じ、無理矢理にでも魔法を解除した方が良いか一瞬迷ったが、それは余計な迷いだった。
……そして、俺の驕りだった。
炎がローザに襲いかかったかと思った瞬間、ローザの体が強烈な光を発する。
まさに閃光と呼ぶべきその光を飲み込む、俺の放った最上級魔法の炎。
俺は慌てて魔力の供給をやめ、魔法を打ち消すが、炎が消えた場所にローザはいない。
跡形もなく消し去ってしまったかもしれないと、俺が後悔しかけたその時、俺は別の意味で後悔する。
「エディ様!」
「エディ!」
レナとヒナ、二人が慌てた様子で俺の名前を呼ぶ。
『上!』
二人の声に俺は上空を見上げる。
見上げた俺の瞳に映ったのは、小さな影だった。
その瞬間、俺は察した。
ローザは消え去ってなどいない。
それどころか、なぜか空を飛び、上空から俺を狙っている、と。
空を飛ぶローザの剣先に魔力が集中して行く。
明らかに状況は良くない。
地理的優位は相手にあり、さらには、こちら側からは相手の出方が分からない。
様子を伺うしかないか、と思った次の瞬間、その判断が間違っていたことを思い知る。
閃光と共に、ローザが消えたのだ。
本当に消えたわけではないことを察した俺は、体の周囲に半球場の魔法障壁を張り、加えて刀へも魔力を込める。
第六感がもの凄い勢いで警鐘を鳴らしていた。
根拠はないが、俺はダイン師匠に鍛え上げられた自分の危機感覚を信じている。
俺はとりあえず、魔法障壁を最大限強固にすべく、ありったけの魔力を全力で注ぎ込んだ。
魔力がどんどん減って行くのがわかるが、あとのことを考えている余裕はない。
次の瞬間、目を凝らす俺の目に飛び込んできたのは、障壁を貫かんとする細い剣の切っ先だった。
ーージジジジッーー
音を立てて障壁へめり込んでくる剣の切っ先。
少しずつ迫りくるその切っ先に、障壁が貫かれるのは時間の問題だろう。
これ以上厚い障壁は張れない。
かといって、こちらも相手同様、一点に魔力を集中させて防御する技術があるかというと、そこまでの技術はない。
高濃度の魔力の一点集中は、一朝一夕で簡単にできるものではない。
障壁を物ともせず、剣の切っ先が顔を出す。
貫いてもなお、進むのをやめない剣。
面である障壁では受けきれないし、点に集中する技術はない。
それなら選択肢は一つ。
線だ。
威力は落ちているようだが、それでもなお、俺に迫る剣に対し、止むを得ず俺は頭の中で呪文を唱える。
ーー雷光ーー
事前に仕込んだ動作を、自動で、且つ通常より高速で行うその呪文は、俺の切り札の一つだ。
今回発動したのは、上空への居合斬りの動作。
微弱な電気が俺の体を流れ、刀が高速で鞘を走り、俺を貫かんとする剣に迫る。
ーーガキンーー
なんとか間に合った刀での攻撃は、相手の攻撃の向きを変えた。
剣は俺の体を掠め、そのまま地面に突き刺さるかと思ったが、地面に突き刺さる前に直進をやめ、剣の持ち主が地面に激突しないよう、宙返りするのに合わせて回転する。
地面にスタッと降り立ったローザ。
ローザがどうやって空を飛び、どうやって空から攻撃してきたのかは分からない。
だが事実として、俺は最上級魔法と雷光という切り札を二つも切らされ、それでもなお、傷一つすら負わせられない。
ローザの実力が確かなのは間違いなかった。
それでも俺は次の手を考える。
体への負担は大きいが、雷光の乱れ打ちで攻めるにしても、『劫火(ごうか)』を回避した手段と、攻撃のスピードの正体が分からないと、返り討ちにあう可能性が大きい。
リン直伝の『火雷(ほのいかずち)』も、範囲攻撃の為、単体相手では効果的ではない。
あとは、まだ解析も完了していないアレスから譲り受けた魔法だが、効果の検証もできていない魔法を使って、魔法に暴走でもされたらたまったものではない。
ほぼ手詰まりの状態だが、まだ何かあるはずだ。
俺は思考をフルに巡らせ、手段を考える。
だが、そんな俺の思考は、甲高い声によって止められる。
「そこまで!」
声の主はレナだった。
「これでお互いの実力は分かったでしょ? お父様救出には、二人の力は欠かせないわ。これ以上戦って怪我でもされたら大変よ」
レナの言葉に、俺は少しだけ考えて刀を鞘に納める。
「そうだな。レナの言う通りだ」
強敵との戦いに熱中するあまり、俺は本来の目的を忘れてしまっていた。
レナが言う通り、目的であるお互いの実力確認はおおよそできた。
これ以上の戦いは無駄であり、怪我のリスクを冒すだけのものだ。
俺の動きに合わせて、ローザも剣を鞘に納める。
そして頭を下げる。
「私はお前を見くびっていた。どこかの貴族のおぼっちゃまが、レナ様に気に入られたいが為、付いてきたのかと思っていた」
ローザは顔を上げ、俺の目を見る。
「だが、お前の実力は二つ名を持っていてもおかしくないレベルだ。その歳でその実力を持っていると言うのは……感服せざるを得ない」
ローザは俺に視線を向けたまま少しだけ黙り込む。
そして悲壮な表情で何かを決意したように告げる。
「そんなお前を見かけだけで侮辱した私は、本来命を絶って詫びるべきかもしれない。だが、私にはアレス様を救出すると言う使命がある」
そう言ってローザは片膝を地面に着き、俺を見上げる。
どこまでも真摯な目で俺を見つめ、そして懇願する。
「だからしばしこの命を永らえさせて欲しい。約束通り奴隷にはなる。この身を好きにしてくれて構わない。だが、アレス様救出には私も参加させていただきたい」
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