第24話 貴族の奴隷⑧

 俺とカレンは夜の街を駆ける。


 追手は五人。


「カレン、スピードを上げるぞ。付いてこれるか?」


 俺の言葉にカレンは鼻で笑う。


「ふんっ。誰に口を聞いている。荷物を抱えたエディに置いていかれるわけがないだろう」


 そんなカレンの返事に俺は頷き、体に込める魔力を増やす。

 気を失ったレナを抱えてはいるが、魔力を込めれば、大した重しにはならない。


 間違いなく、普通の人間のレベルを超えた速さで駆ける俺とカレン。

 だが、追手の五人も離されることなく付いて来る。

 それだけでも、追手が只者でないことが分かる。


 俺たちを制止しようとした門番を蹴散らし、街の外に出てからしばらく経ったところで、俺はカレンに告げる。


「このままじゃ埒があかない。倒すぞ」


「分かった」


 カレンの返事を聞いたところで、俺とカレンは街道の真ん中で立ち止まった。

 周りは荒野で、人気はなかった。

 追手の五人も立ち止まる。


 そんな俺たちに、追手の五人の内、最も体格のいい男が告げる。


「このまま大人しく投降するなら、命は保証してやる。抵抗するなら眠っているその娘以外、お前達二人には死んでもらう」


 俺はそんな相手の提案を鼻で笑う。


「俺たちは奴隷に魔族だ。お前達が命の保証などするわけないだろ」


「魔族!?」


 俺の言葉を聞いた追手の兵士達が身構える。

 その身体には殺気がみなぎり、身を包む魔力の量も増えていく。


「やっぱり生かすつもり、なさそうじゃないか」


 そう言う俺を兵士達が睨む。


「当たり前だ。魔族は敵だ。見つけ次第殺すのがルールだ」


 俺は肩をすくめる。


「相手の本質を見ずにルールだから殺すのか。やっぱり王には、アレス様になってもらい、くだらないルールを変えさせなきゃだな」


 そんな俺を兵士達は嘲笑う。


「今頃お前のアレス様は、我らのご主人様達に殺されている。十二貴族相手に十対一で敵うわけがないだろう」


 俺はそんな兵士達を睨みつける。


「勝負はやってみるまで分からない。人数で言うなら二対五でも俺たちが勝つわけだし」


「戯言を。所詮人間にいいように使われる魔族なんて大したことはない。王国の精鋭たる我々の敵ではない」


 兵士達は俺の言葉に耳を貸さない。


「だから、本質を見ろってアドバイスしてやってるのに。負けてから後悔すればいい」


 俺は全身に魔力を込め、ダインから譲り受けた脇差を抜く。

 脇差ではあるが、子供の俺が使うには、ちょうどいい長さだ。


 こちらは二人。

 前衛はカレンで後衛が俺だ。


 相手の五人は前衛二人、中衛二人、後衛一人の布陣。

 装備を見るに、前衛の二人は見るからに戦士系。

 中衛は一人が魔法剣士で、もう一人は魔法使い。

 後衛は魔法使いか僧侶といったところか。


 バランスは間違いなく相手の方がいい。

 だが、俺もカレンも負ける気など更々なかった。


 ダイン師匠とリン先生の特訓以外にも、カレンとの連携の訓練は、二人で繰り返し行ってきた。

 カレンが一緒なら、並の相手に負けるつもりはない。


「援護は任せるぞ」


 カレンが俺に向かって言う。


「もちろん」


 俺の返事を聞いたカレンが、全身に魔力を込める。

 溢れ出る魔力が黒いオーラとなって溢れ出る。


『煉獄』


 カレンが右手を前に出し、そう唱えると、辺り一面が激しい炎に包まれる。

 一応魔法の名前を告げるのは、リン先生との訓練で癖になっているようだ。


「なっ……」


 こちらの先制攻撃に、相手は驚きながらも、しっかり魔法障壁を張って防御する。

 やはり相手の練度は高い。


 燃え盛る炎にひるむことなく、中衛の魔法剣士が横から飛び出してくる。


『……鬼切!』


 呪文の詠唱は聞きとれなかったが、魔法剣士がそう唱えると、頭上に掲げた剣が金色の光を放って輝き出す。


 以前、レナが使った烈光剣とは比べものにならない輝き。

 魔法剣はまだ誰にも教わっていないが、輝きを見るに、上級魔法程度の威力はあるのかもしれない。


ーーガシッーー


 そんな剣の一撃を、カレンは右手一つで受け止める。


「ば、ばかな……」


 言葉を失う魔法剣士をよそに、カレンは左手を手刀にして、相手の剣に振り下ろす。


ーーパキンッーー


 乾いた音を立てて、光の剣が折れた。


 折れた剣を見た魔法剣士はすぐさま後ろへ飛び、前衛二人の陰に隠れる。


 その焦りと動揺は尋常ではなかった。


「な、なぜ、お前ほどの魔族が人間に従う? 対魔族用の上級魔法剣を素手で折るなど、間違いなく上位魔族だろ?」


 カレンは俺の顔を見る。


「俺はこの男の奴隷だからな。従うのは当然だろ?」


 追手の五人は事態が飲み込めず、一瞬固まる。


「人間の奴隷の、更にその奴隷になる上位魔族なんているわけがない」


 カレンは笑う。


「ここにいる」


 そんなカレンを見つめながら、追手の五人は体に込める魔力を強める。


「相手は上位魔族。だが、所詮一人だ。我々のパーティなら一対五であれば勝てる」


 追手の一人の言葉を聞いたカレンが更に笑う。


「お前らの目は節穴か? 俺の背後にいる男が目に入らないのか?」


 カレンが俺を見ながらそう言う。


「こ、こいつは役立たずの奴隷だと、お前らの主人も言っていたはず……」


 追手の一人の言葉を聞いたカレンは呆れたように笑う。


「あんな三文芝居に騙されるとは。相手の力量も測れない雑魚が。エディ。こんな奴らに使う時間が勿体無い。さっさと片付けるぞ」


 簡単に言ってくれるが、俺はレナとの戦いを除けば、訓練以外の実戦は初めてだ。

 だがまあ、相手がダインやカレンより上とは思えない。


「了解。相手の魔法に対する守りは強そうだ。物理攻撃で行くぞ」


 カレンの上級魔法を難なく止めた相手に、これ以上魔法を撃っても消耗戦になるだけだと判断した俺は、カレンにそう告げた。

 人数が少なく、備えもなく、これから更に逃げ続けなければならない俺たちは、消耗戦になれば不利だ。


 俺は全身に流した魔力を強め、ダインから譲り受けた刀に通わせた魔力を最大限まで高める。

 そして一言だけこう呟いた。


『雷光』


 あらかじめ体に組み込んでおいた魔法式に、きっかけを与えるだけの簡単な魔法。

 静電気にも満たない微弱な電気を発生させるだけの、初級魔法とも呼べない弱い魔法。


 だが、その効果が絶大であることは、カレンとの実験や、ダインとの訓練で明らかだ。


 作動させたのは、直進して刀を振るだけの簡単な式。


 限界を超えた速度で前進した俺は、そのまま敵の後衛に刀で斬りつける。

 相手がセオリー通りの布陣なら、後衛は回復役か、強力な魔法攻撃役。

 この不意打ちが何度も通じるとは限らないので、真っ先に潰しておきたい。


 俺の刀は、何の抵抗を受けることなく、後衛の首を切り落とした。


ーースパッーー


 切り離された頭が地面に落ちるより早く、首から血が噴き出て、俺の体を真っ赤に濡らす。


「き、貴様!」


 吹き出る血を見て、やっと何が起きたか理解した中衛の魔法剣士が、折れた剣に再び魔力を込めて俺を斬りつけようとする。

 だが俺は、再び魔法式を起動する。


『雷光』


 呪文と同時に俺は後ろへ跳んだ。

 魔法剣士の剣は空振りし、俺は再びカレンの後ろに戻る。


 俺は何とか息を落ち付けようとする。

 自分達が生きるためとはいえ、人を斬るのは今回が初めてだ。

 しかも、狙ったのは首。

 意識して相手を殺した。

 俺の体を濡らす真っ赤な血が、俺のやったことを責めるように、滴り落ちる。


 全く割り切れていなかったが、何とか表に出さないようにする。


 仲間を殺された相手は、しかし動揺を感じさせることなく、陣形を組み直した。

 前衛二人の中衛一人、後衛一人。

 魔法式使い風の女が後衛だった。


 今の俺の攻撃を見て、白兵戦では不利だと感じたのか、後衛に移った魔法使い風の女が呪文の詠唱を始めだす。


 さらには、俺の攻撃を警戒したのか、追手の四人は密集し、前衛二人が後ろまで意識した魔法障壁を張る。


 ここまで守りを固められてしまうと、今の俺に攻撃手段はない。

 ……俺には。


『雷光』


 俺の前に立っていたカレンがそう唱えると、次の瞬間には、魔法障壁を張る、追手四人の前にいた。


 俺は自ら編み出した魔法をカレンにも教えていた。

 ただでさえ速いカレンの動きは、この魔法によって、魔力を込めて強化した目でも、見失ってしまいそうな速度になっていた。

 追手四人も当然対応できない。


ーーベリッ、バリッーー


 そして、魔法障壁に魔力で強化した爪をかけると、障子でも破るかのように、魔法障壁を破った。


 そんなカレンを見た追手の四人は、恐怖で顔をひきつらせる。


「カレン!」


 俺がカレンの名を呼ぶと、カレンは横へ飛び退く。

 カレンが避けたのを確認した俺は、魔法障壁を修復される前に魔法を叩き込む。


『飛廉(ひれん)!』


 魔法式を頭で組み立て、呪文を省略して風の上級魔法を放った。


 魔族が魔法を無詠唱で使えることから、俺は無詠唱魔法を研究していた。

 研究途中だが、人間も魔族のように無詠唱魔法を使える可能性はある。

 今はまだ途中のため、無詠唱で魔法を使うと、魔力消費は増えるが、威力は大幅に落ちるという残念な状態だ。

 だが、そんな状態でも、呪文詠唱の時間を短縮して使えるメリットは大きい。


 本来の『飛廉』は無数の竜巻を生み出す風の上級範囲魔法だが、今回生み出されたのは、初級魔法の風槍程度の威力の風の渦が数本のみ。


 だが、それで十分だった。


ーーブシュッ、ブシュッ、グシュッーー


 槍となった風の渦で腕や足を撃ち抜かれた前衛の二人がよろめく。

 そこをすかさずカレンの爪が襲う。


ーーザシュッ、ズシャッーー


 体を切り裂かれた前衛の二人が倒れる。


 通常、騎士や魔法使いと戦う際は、魔法障壁がある為、初級程度の魔法では傷すら付けられない。

 だが、カレンによって障壁が破られた状態なら、初級程度の威力で十分だ。

 初級魔法の風槍でも、無防備な状態なら、簡単に人体を貫けることを、俺はよく知っている。


 普通であれば怯むところであろうが、攻撃した後の隙を見逃さず、魔法剣士の男が、カレンに斬りかかる。

 相手がカレン一人なら見事と言いたいところだが、あいにく後ろには俺が控えている。


『飛廉!』


 再び俺の右手から放たれた槍状の風の渦が、その体を無残に撃ち抜く。


ーーブシュッ、ブシュッーー


 今回はたまたま急所を捉えたようで、魔法剣士の男は口から血を吐いて生き絶える。


 残るは魔法使い一人になった。


「残るはお前だけだ」


 カレンに睨みつけられた魔法使いの女はガタガタと震えている。

 俺はそんな魔法使いの女に歩み寄る。


 魔法使いの女は震えながらも俺を睨みつける。


「な、何者です、貴方は? 私達は十二貴族に仕える王国の精鋭。並の上位魔族相手なら十分戦える。貴方がいなければ今回もきっと勝ってました。一流騎士並の動きを見せ、一流魔導師でもできない上級魔法の無詠唱発動を行う貴方は、一体何者です?」


 俺は震える魔法使いの女を見下ろす。


「あんたに答える必要はない。あんたは自分の立場を考えろ。守る者のないあんたの命は今、俺の手に握られている」


 俺は間を置き、魔法使いの女を睨みつける。


「今回の件と、十二貴族に関して知っていることを全て話せ。そうすれば命は助けてやる。お前達と違って嘘はつかない」


 そんな俺に、魔法使いの女は唾を吐きかける。

 俺はあえてそれを避けなかった。


「これでも私は王国に仕える騎士の端くれ。命が惜しくて、王国の敵たる魔族と、得体のしれない男に屈しはしない」


 怯えながらもそう告げる魔法使いの女に、俺はダインから譲り受けた脇差の刃を向ける。


「あんた自身に恨みはない。あんたはただ、国の為に戦っているだけだろう」


 俺はそう言いながらカレンを見る。


「だが、あんたを逃がすことで、俺の大事な人に害が及ぶ可能性があるなら、あんたを殺さなければならない。……俺は、カレンの為なら、悪くない人間でも殺せる男にならなければならない」


 女は強がりながらも、死の恐怖で震え、俺の目を真っ直ぐ見ていた。

 俺は震える手を意思で抑え、刀を振りかぶる。

 だが、俺が刀を振るより早く、魔法使いの女は膝をついて倒れた。


 ……女の胸を、カレンの手が貫いていた。


「エディ。気持ちはありがたい。だが、私のために殺したくない人間を無理して殺さなくてもいい。私の存在が重荷になるのなら、見捨ててくれて構わない。エディが私を思ってくれているのと同じように、私にとってもエディは特別だ。エディを苦しませるくらいなら、私は死を選ぶ」


 俺はそんなカレンに微笑みかける。


「もしカレンが死んだら、俺は心の底から苦しむことになる。俺も死を選ぶかもしれない」


 カレンは微笑む。

 血に濡れて真っ赤になりながら、優しく微笑む。


「それは困るな。それでは私は死ねないではないか」


 俺は頷く。


「ああ。主人としての命令だ。俺を残して死ぬな」


 カレンは頷く。


「分かった。その代わりエディも私を残して死ぬな。死ぬ時は一緒だ。共に生き、共に死のう」


 俺はもう一度頷いて、笑う。


「俺の生まれたところでは、それはプロポーズになるぞ」


 カレンも笑う。


「ああ。そのつもりで言ったからな」


 血塗られた道でも構わない。

 人間を捨てることになっても構わない。


 俺はカレンの為に人生を捧げる。


 そう誓いながら、俺はこの美しい魔族の唇に、自分の唇を重ねた。





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