第23話 貴族の奴隷⑦

 それは前触れもなく訪れた。


ーードガーンーー


 その日の夜、食卓を囲んでいた俺たちは、外から聞こえた爆発音により、ナイフとフォークの動きを止める。


 食卓を囲んでいたのは、アレス、レナ、ダイン、カレン、俺、そしてダインの修行がなくなったので最近は一日中俺に付き添ってくれているリン。


 俺はカレンの方を見た。

 カレンも頷く。

 タダメシを食らっているのだ。

 こんな時くらいは役に立ちたい。


 異常事態が起きているのは間違いなかった。

 俺とカレンなら、上手く様子を伺うことができるだろう。


「カレンと俺で様子を見てきます」


 そう進言した俺を、アレスが止める。


「いや。この場にいる全員で行こう」


 アレスの言葉にダインとリンも頷く。

 

「分かりました」


 当主の指示に、食客と言う名の居候に過ぎない俺が、反論などできるわけもなく、素直に頷いた。

 そうでなくても、アレスは歴戦の戦士でもある。

 何か察するところがあるのかもしれない。


 ダインを先頭に屋敷の外に出ると、庭の入り口にある門が破壊され、煙を上げているのが見える。

 そして、それ以上に目を引くのが、数百名はいるだろう、完全武装の兵士達だ。

 様々な家紋をつけた鋼の鎧を纏う兵士達は、間違いなく野党の類ではないだろう。


 俺たちが外に出ると、兵士達の中から、一際派手な鎧や衣装を身につけた者達が、前に出てきた。

 その数十一人。


 アレスがその十一人を睨みつける。


「……門番の二人はどうした?」


 アレスの問いに、下卑た笑いを浮かべた、中年の男が答える。


「お宅の門番は躾がなっていないようでね、大貴族たる我々がわざわざ参ったのに、門を通そうとしないので、灰になってもらいました。火葬の手間を省いて差し上げたので、感謝いただければと思います」


 頭が禿げ上がり、小さく細い、その中年の男の言葉に、アレスの中で怒りが膨らむのを感じた。


「今日は何の要件ですか?」


 怒りを何とか押し込めようとしているアレスの代わりに、レナが質問する。


 今度は学者然としたメガネの青年が答える。


「次の王選について相談に来た」


 メガネの青年の言葉に、レナは怪訝そうな顔をする。


「相談も何も、次の王は神託によって選ばれます。己を鍛え、良い行いをする以外に選ばれる方法はないのでは?」


 レナの言葉に、今度はチンピラ風の男が笑う。


「その通り。だが、それでは、あと一ヶ月でそのおっさんを超えるのは無理だ。だからおっさんには、王戦の舞台から消えてもらうことにした」


「なっ……」


 チンピラ風の男の言葉に、レナが言葉を失う。


「当主の座をそこのガキに譲りたまえ。未熟なそのガキなら王に選ばれることもないだろう。そうすれば話はおしまいだ。私たちはこのまま帰る」


 あごひげを生やした、見た目は品のいい中年の男がそう告げる。


「……嫌だと言ったら?」


 十一人の前に出て並ぶ男女を順番に睨みながらアレスが尋ねる。


「あんたには死んでもらう」


 美しいが、キツイ顔つきをした女性が答える。


「有力な候補者を殺すなんて……そんなことをして神託を受けられるわけない」


 レナがキツイ顔つきの女性を睨みながら言う。


「くくくっ。確かに誰か一人が殺したならそうかもね。でも、全員が共謀して行ったら? 全員が等しくマイナス評価になり、神託には影響しないでしょ」


 二十歳手前くらいの金髪の女性が答える。


「安心するがいい。この者達には神に私達が共謀だというのを示すのと、貴方達に逃げられるのを防ぐためについて来てもらっただけだ。相手は私一人でする。もし貴方が私に勝つようなら手を引こう」


 そう言って前に出て来たのは、金色の鎧に身を包んだ、赤髪の青年だった。


「……なめるなよ。今の私は手加減などしてやらぬぞ」


 アレスの体に魔力が満ちるのを感じる。


「私の実力を知らぬ者達に十二貴族筆頭などと言われて、調子に乗っているのではないか?」


 赤髪の青年は剣を抜き、体と剣に魔力を込める。


「助太刀は?」


 ダインがアレスに尋ねる。


「いらない。まさか私が負けるとでも?」


 ダインは笑って首を横に振る。


「いえ。一応私の立場は貴方の護衛なので、聞いてみるのが務めかと」


「ふっ……」


 小さく笑ったアレスは剣を構える。


「食事の途中だ。一太刀で終わらせてくれる」


「できるものなら……やってみろ!」


 赤髪の青年は、剣に魔力を込めると、一直線にアレスの元へ飛んで来た。

 魔力を目に込めて動体視力を上げなければ、視界に捉えることも出来ない程のスピードで、しかも、僅か一歩で距離を詰めるその脚力は、少なくとも今の俺以上なのは間違いないだろう。


 そのまま剣を振りかぶる赤髪の青年。

 その剣に強大な魔力が渦巻き、並みの威力ではないことは簡単に推測できる。


 俺との訓練中のダインを上回る破壊力を秘めているであろう斬撃。

 そんな斬撃を、アレスは難なく受け止める。


ーーキーッンーー


「くっ……」


 渾身の一撃を受け止められた赤髪の青年。

 涼しい顔をしているアレス。


 正直、俺には今の攻撃を真正面から受け止める自信はなかった。

 躱すことはできたかもしれないが、もし受けていたら弾き飛ばされていただろう。


 渾身の攻撃を受け止められても、めげずに二の太刀、三の太刀と打ち込んでいく赤髪の青年。


 その一撃一撃が、全て必殺の威力を秘めていることは、遠目にも分かる。

 だが、その攻撃は、全てアレスに止められる。

 子供の相手でもしているかのように止められる。


 埒があかないと判断した赤髪の青年は後ろに跳躍し、距離を取る。


「なかなかの腕だな。今のレナやエディ君じゃ敵わないかもな。まあ、私の敵ではないが」


 赤髪の青年の実力は、大方アレスの目算通りだろう。

 今の俺では勝てる気がしない。


 驚いたのはアレスの剣の実力だ。

 パッと見たところでは、ダインにも大きく劣っているようには見えない。

 そんな俺の考えを見透かしたように、ダインが俺に呟く。


「私が、弱い男に仕えるわけはないでしょう?」


 俺は頷いた。

 アレスが最強と言われる所以は、血筋による魔力に依存するものかと思っていたが、剣の腕も達人の域のようだ。


 剣では敵わないと感じたのか、赤髪の青年は呪文を唱え始める。


「地獄の豪炎よ。愚かなる者に裁きを。罪深き者に罰を。我が敵に滅びを。古の契約のもと、我が名の前にその力を示せ」


 呪文を唱え終わった赤髪の青年の右手に、膨大な魔力が渦巻いていくのが分かる。

 上級魔法を放つ時とは、桁違いの量と濃度。

 そんな魔力が、赤髪の青年の右手に集中する。


『劫火(ごうか)』


 次の瞬間、赤髪の青年の右手から放たれた真っ赤な炎が、高温で空気を歪ませながらアレスを襲う。

 恐らくは、赤髪の青年の持つ最上級魔法。

 火の上級魔法である『煉獄』とは比べ物にならない熱量が込められた炎の渦。


 離れた場所にいる俺たちにも、その激しい熱さが届くほどの炎の渦は、肝心のアレスには届かなかった。


 アレスは右手を前に出し、魔力を放出する。


 やっていることは、レナに襲われた時、風の槍に対して俺が行ったのと同じこと。

 それを異常なほど膨大な魔力で行なっているだけ。


 炎の渦と逆回転で放出された魔力の渦は、赤髪の青年の放った最上級魔法をいとも簡単にかき消した。


「ば、馬鹿な……」


 狼狽える赤髪の青年に、アレスは告げる。


「君の家に伝わる秘術か? なかなか良い魔法だな。だが、練度が低すぎる。覚えてそんなに時間が経っていないな」


 アレスは剣を鞘に戻し、両手を広げて赤髪の青年に声をかける。


「さあ、次の攻撃は? どんな攻撃でも受けて立つぞ。まだ約束の一太刀すら与えてないからな」


 アレスの言葉に赤髪の青年は、肩を震わせながらも何も出来ない。

 恐らく切り札であっただろう最上級魔法でさえ、全く通用しなかったのだ。

 当然のことだろう。


 そんな赤髪の青年に、周りの連中が声をかける。


「だからあいつはチートだって、あの女神にも言われただろ?」


 チンピラ風の男が赤髪の青年に言う。


「いくら私たちに優れた能力が与えられていたとしても、魔法を覚えてから短期間で、人類最強相手に一人で勝てるわけないじゃないですか」


 いかにも聖女といった格好の、白衣に身を包んだ少女がそう言う。


 俺は二人の言葉に引っかかる。

 チートなんて言葉、この世界にあるのか?


 俺の疑問をよそに、二人の言葉を聞いた赤髪の青年は、観念したように口を開く。


「私の負けだ。約束通り私は手を引こう」


 赤髪の青年の言葉に、アレスが眉をひそめる。


「私は?」


 アレスの言葉に、金髪の子供が答える。


「うん。これからは僕たち全員が相手だ」


 金髪の子供の言葉にレナが激昂する。


「卑怯な! お前たちはついて来ただけだと言っていたではないか!」


 レナの言葉に対して、チンピラ風の男が馬鹿にしたように笑う。


「ついて来ただけだったんだか、気が変わったんだよ」


 チンピラ風の男の言葉を受けて、小太りの男がが口を開く。


「レイドバトルみたいなものだ。一人一人は僕たちの力が劣っていても、こっちだって雑魚じゃない。みんなでかかれば、あんたみたいなチートだってきっと倒せる」


 ダイン師匠が小太りの男を睨みながら、そっとアレスの前に出る。


「訳の分からぬ言葉を。だが、一対一でないと言うのなら、私も手を出させてもらいますよ」


 ダイン師匠がそう言って身体に込める魔力を強める。


「残念ながらあんたの相手は俺だ」


 そう言いながら、横から出て来たのは白銀の鎧に身を包んだ、屈強な男だった。

 佇まいが只者ではない。

 一目見て何かしらの達人だと分かる人物。


 その男を見たレナが後ずさりする。


「け、剣聖……」


 剣聖は確か、アレスやダインと並ぶ、人類最強の一角だったはずだ。


「爺さん。あんたと戦えるって聞いたから、こいつらについて来た。最強の剣士は誰かってことを、あんたがまだ剣を振れるうちに決めとかなきゃならないんでね」


 ダインが珍しく、余裕のなさそうな顔を見せる。


「……アレス様、助力は難しいかもしれません」


 ダインの言葉を聞いて頷くアレスのこめかみを、汗がすっと流れる。


「それなら私がアレス様を手伝います」


 杖を持ったリンが、アレスの横につく。


「君はたまたま居合わせただけの、臨時の雇われ講師だ。命をかける必要はない」


 アレスがリンを睨む。

 その目には、リンまで巻き添えにしたくないという気持ちが滲み出ていた。


「そうかもしれません。でも、もしアレス様が倒されたらその後は?」


 そう言ってリンはにっこりと微笑んだ後、レナと、そして俺を見る。


「私の大事な教え子を、守りたいだけです」


 リンが加わったところで、それでも人数的には圧倒的に不利。

 赤髪の青年の戦いを見るに、今の俺より、間違いなく相手の方が格上だろう。

 だが、そんな俺でもいないよりはマシなはずだ。


「俺も戦います」


 そう告げる俺を、ダインが睨む。


「奴隷風情が。少し温情をかけてやったからといって図に乗るな。レナ様を連れて、さっさとこの場から失せろ」


 これまでに聞いたこともない、冷たい口調でダインがそう言った。


「丸腰では役に立たないだろうから、これをやる」


 ダインがそう言って、脇差を投げてよこす。

 魂に等しいはずのそれを、俺に託す。


「そうです。まだ魔法を覚えたばかりの子供が出る幕じゃありません」


 リンまでもが厳しい口調でそう言った。


「これがあなたを守ってくれるはずです。これを身につけてレナ様と逃げなさい」


 リンはそう言うと、身につけていた首飾りを外して、俺の首にかける。

 母親の形見の大事な宝物であるはずのそれを、俺に託す。


「この屋敷には、戦える者はもう、お前とカレンしかいない。奴隷なんかに大事な娘を託すのは癪だが、加護を与えるから、レナを守りながら逃げろ」


 最後にアレスがそう言うと、俺の手を無理やり掴み、グッと力を入れる。

 アレスの手を通じて、難解な魔法式が俺の頭に流れ込んでくる。

 リンに教えてもらっている最上級魔法が小学生の算数くらいに思えてくる程、複雑な式だ。


 手を離す瞬間、俺にしか聞こえない小さな声で、アレスが俺に囁く。


「今のがうちに伝わる秘術だ。すぐには無理でも、君ならいずれ使いこなせるはずだ。レナを頼む」


 まるで最期の言葉のようなやり取りに、俺は反発する。


「嫌です。俺も戦わせてください」


 俺が残ればカレンも残る。

 二人で戦えば、間違いなく役に立つはずだ。


「何度も言わせるな。これは命令だ。レナを連れて逃げろ」


 厳しい口調でアレスがそう命じると、奴隷契約に縛られた俺の体が、自分の意思に反して動き出すのを感じる。


 俺とカレンが戦力になるのは、三人とも分かっているはず。

 それでも俺たちを逃がそうとする理由は二つしかない。

 俺たち抜きでも余裕で勝てるか、俺たちが入っても勝ち目がないか。


 十二貴族は、全員がかなりの実力者であるはずだし、そんな奴らが、アレスとダインの強さを知った上で連れてきた兵士達が雑兵であるわけがない。

 その上、剣聖などというおまけまでいる。


 ……勝ち目などあるはずがない。


 やっとできた俺の居場所。

 尊敬できる二人の師に、父親のような存在。


 そんな存在が今、敵の策略で失われようとしている。


「俺も……」


 だが、続きの言葉はアレスの命令により出てこない。

 残って戦いたいという意思に反し、体はレナの方へ向かう。


「私も残って戦う」


 震えながらも、そう強く言うレナの気持ちは痛いほど分かる。

 だが、今の俺の身体は、俺の意思の支配下にない。

 剣を抜き、父であるアレスの元へ赴こうとするレナの鳩尾に、俺は拳を入れる。


「がっ……」


 無警戒だったレナは、俺の不意打ちに何の構えも取れず、気を失った。


「すまない」


 そう言って頭を下げるアレスに、俺は何も告げず、レナを抱えて走り出した。

 後ろにはカレンが付いて来る。


「逃すな! 追え!」


 もちろん、俺たちを素直に見逃してくれるわけはない。

 十二貴族の誰かの叫びを背中に、俺はやっと見つけた居場所を後にした。


 別れも告げず、お礼の言葉すら口にせず、俺は走り去った。


 ……家族にも負けないくらい、大事な人たちを置き去りにして。




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