第17話 貴族の奴隷①
「それではまず、エディ君をグレン君の奴隷から、私の奴隷に変更する契約を行う」
アレスの言葉に、俺とグレンは頷く。
「この契約は簡単だ。グレン君が譲渡の意思を持って、『我が奴隷エディを新たなる主人アレスに譲渡する』と言ってくれるだけでいい。その際、エディ君と私の双方を頭に思い浮かべてくれれば、自動的に魔法が発動する」
俺がこの世界に来て初めて触れた魔法である、この奴隷契約の魔法。
簡単な文言を告げて、頭に思い浮かべるだけで他人に譲渡できるなんて、簡便的にも程がある。
同時に恐ろしくもある。
奴隷契約魔法が絶対なのは、身をもって体感している。
悪意のある者が主人になってしまった場合、奴隷は抗いようがない。
そんな魔法がこんなに簡易な方法で運用されてしまうことは、危険極まりない。
他にどんな魔法があるのか、本格的に勉強してみたい。
いや、生き抜くために勉強しなければならない。
便利なものも、危険なものも、いくらでもありそうだ。
俺にも使えるにしろ、使えないにしろ、どんな魔法があるのか知ることは、間違いなく今後の生死に直結するだろう。
「アマンダとかいう商人から譲り受けた際に経験しているからやり方は問題ない。だが、了承はしたものの、いざ手放すとなるとなんだか寂しいな」
グレンはそう言って、名残惜しげな表情で俺を見る。
グレンの奴隷としての生活は、期間としては短かった。
だが、俺の人生で最も濃い時間だったと言っても過言ではない。
俺も名残惜しかった。
ただ、奴隷じゃなくなっても想いが切れるわけではない。
「グレン様と俺の絆は、魔法の契約なんかじゃ切れませんよ」
俺が心の底からそう言うと、グレンは微笑む。
「……確かにそうだな」
グレンも同じ想いでいてくれているようだ。
どんな関係性になっても俺はグレンを大切に思う。
諦めてしまった元の世界の母親やミホの分も。
救うことのできなかったこちらの世界の母さんの分も。
「それじゃあ早速、譲渡するか」
グレンはアレスに倣って言葉を紡ぐ。
「我が奴隷エディを新たなる主人アレスに譲渡する」
俺からすると、何の変化も起きた感じはしなかったが、アレスの表情を見るに、無事譲渡が終わったようだ。
「しっかり譲渡されているか、確認の為、命令させてもらう」
アレスがそう言うので、俺は頷く。
確かに確認は必要だろう。
だが、アレスの命令の内容を聞いて、俺は了承したことを後悔する。
「魔族グレンに愛の告白をせよ」
「なっ……」
俺はアレスに文句を言おうとしたが、奴隷契約の魔法のせいで、文句も言えない。
グレンの方を真剣な目で見つめてしまう。
「グレン様。俺は貴女のことを愛しています。わずか数日しか一緒に過ごしてませんが、貴女は俺の全てを捧げるに値する人だと感じました。俺の生涯は貴女のためにある。俺と結婚してください」
魔法のせいだと分かっていても、俺もグレンも真っ赤になる。
「問題なく譲渡できているようだな」
冷静にそう言って、ウンウンと一人で頷くアレスを俺とグレンは睨みつける。
「もっと他の命令がありますよね?」
俺の質問に対し、アレスは真面目な顔で答える。
「君が演技する可能性があるからね。普通なら絶対にやらないような命令にしたかった。それに……」
アレスはそう言ってニコッと笑う。
「せっかくなら、何か面白い命令にしたかったし」
「ゴホン」
そんなアレスを見ていたダインが、わざとらしく咳払いする。
「アレス様。お戯れはその辺りで。奴隷契約前に魔族グレンが気分を害して暴れでもしたら、目も当てられません」
グレンの方を見ると、顔を真っ赤にしてアレスを睨みながら、わなわなと震えている。
漆黒の魔力が漏れ出しているように見えるのは、きっと気のせいだろう。
「そ、それでは、グレン君とダインに怒られないうちに、エディ君とグレン君の契約を行おうか。エディ君、手を出してくれたまえ」
アレスはそう言うと、腰から剣を抜く。
俺は少しだけ警戒しながらも、右手を出す。
「ちょっと痛いと思うが、我慢してくれ」
俺が頷くと、アレスは俺の右手の人差し指に剣を軽く当てる。
俺の人差し指からは、真っ赤な血が滲み出てきた。
アレスは、血の付いた俺の右手の人差し指を持ち、グレンの額に運ぶ。
グレンは手順が分かっているのか、目を閉じて額を差し出す。
アレスは、俺の人差し指をグレンの額につけると、俺の血で何やら紋様のようなものを、グレンの額に描く。
命令をされたときに光っていたやつだろう。
紋様を描き終えると、アレスは俺の手を離す。
「それでは奴隷契約を行う」
アレスはそう言うと、グレンの額に右手を向ける。
アレスの右手が魔力で光り出す。
「汝グレンを、エディの奴隷とする。奴隷グレンは主人たるエディのいかなる命令にも従うこと」
グレンの額の紋様が光り、そして静かにゆっくりと消えていく。
「これで契約は終了だ。グレン君はエディ君の奴隷となった。試しに何か命令してみなさい」
俺はグレンを見る。
「変な命令はするなよ」
グレンは釘をさすように、俺を軽く睨む。
態度は変わっていないので、パッと見ただけでは本当に奴隷となっているか分からない。
譲渡契約に比べ、新たに契約する際は、血を用いたり、紋様が必要だったりと、多少複雑だったが、それでも契約魔法は非常に簡易的だ。
そのせいで実感が湧かないのかもしれない。
だからこれは、あくまで確認のためだ。
アレスの言葉を借りると、普通なら絶対にやらないようなことをさせる必要があるのだ。
……決して俺の、個人的願望を満たすためではない。
「俺に愛の告白をしてください」
「お前、ふざ……」
グレンは反論しようとしたが、すぐに額が光り出し、口を閉じる。
「エディ。私はエディのことが好き。出会ってから時間は経ってないけど……大好きになっちゃった。ずっとエディと一緒にいたい。私のこと……大事にしてね」
顔を真っ赤にしながら、上目遣いに、恥ずかしそうにそう告げるグレン。
な、何だこれは?
なぜか一人称や口調まで変わっている。
予想外の結果に俺は絶句する。
はっきり言う。
可愛すぎる。
破壊力が強すぎる。
俺には女性に対する免疫がない。
元の世界でも、こちらの世界でも、母親以外の女性と、事務的な話以外では、ほとんど会話すらしたことがない。
唯一の経験といえばミホくらいのものだが、それですら数えるくらいしか話したことはない。
そんな俺にとって、絶世の美女と言っても過言ではないグレンが、こんなセリフを吐けば、陥落してしまうのも仕方がない。
あまりの変わりように、アレスとダインも口を開けて固まっている。
俺はそんなアレスの方を向く。
「奴隷契約の魔法って、命令しなくても自分好みに人格まで変える効果があるんですか?」
アレスは首を横に振る。
「そ、そんな効果はないはずだが……」
グレンはそんな俺たちを真っ赤な顔で見ている。
「変な命令をするなと言っただろ!」
グレンは俺に怒りの目を向ける。
魔法が飛んで来ないから、本気で怒っているわけではなさそうだが。
「あれ? 言葉遣いが元に戻ってる」
ふと気になった俺に対し、口調が戻ったグレンは返事をする。
「俺はもともと、自分のことは私と言っていた。魔王様から名前を頂いた時、他の魔族たちから弱く見られないよう、一人称を変えたんだ。口調は……告白するときくらいは可愛い女でいたいだろ」
グレンは恥ずかしそうに言う。
照れながら俺を見るグレンは、とても恐ろしい魔族には見えない。
人間と変わらない、年頃の少女以外の何者でもない。
やばい。
今のも恥ずかしがり方も可愛い過ぎる……
グレンのことは命を懸けて守るべきパートナーだと思っている。
それは今も変わっていない。
だが、今の仕草を見てしまったら、そこに邪な気持ちが入ってしまうかもしれない。
そんな心配を本気でしなければならないほど、グレンの仕草は俺の心に突き刺さった。
グレンのことだから、そこに変な駆け引きが入っていないというのもポイントが高い。
「ま、まあ、何にしろ、無事奴隷契約は終わったようだな。よかった、よかった」
アレスがそう言ってその場を締めようとする。
みんなが頷き、それに同意しようとしたが、ただ一人反発する者がいた。
金髪の少女だ。
整った顔を怒りに歪ませ、険しい目で眉間にしわを寄せている。
その怒りの矛先は、グレンであり、俺でもあり、父親であるアレスでもあるようだった。
金髪の少女はアレスを睨む。
「何もよくありません、お父様。お父様はなぜ、憎き敵である魔族の前でヘラヘラしているのですか? 魔族にお母様を殺されたのをお忘れですか?」
せっかくの和やかなムードを台無しにする発言に、その場が固まる。
父親であるアレスさえ、複雑そうな顔をする。
「被害を抑えるため、情報を引き出すため、殺さず奴隷にするのは、感情は別にして、まだ理解できます。でも、馴れ合うのは許せない」
金髪の少女はグレンと俺を憎悪の目で睨む。
「私は認めない。卑しい奴隷が十二貴族の筆頭たる我が家に取り入るのも、憎き魔族と馴れ合うことも」
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