第16話 魔族の奴隷⑦

「何言ってるの? いくらダインでも、そんな願いは聞けないわ。魔族も、魔族に与した人間も、どちらも殺すべきよ」


 初老の男の言葉に、金髪の少女が激しく抗議する。

 金髪の少女に味方するわけではないが、魔族は人間の敵というのはこの世界の共通認識だ。

 そんな魔族に忠誠を捧げた俺もまた、人間の敵だと捉えるのは、普通のことだろう。

 しかし、初老の男は首を横に振る。


「貴女は自分に土を付けたこの二人が許せないだけでしょう? それとも、この魔族を殺して手柄を自分のものにしたいのですか? いずれにしろ、私が仕えているのは貴女ではなく、アレス様です。貴女の指示を聞く必要はない」


 ダインと呼ばれた初老の男は、金髪の少女を冷たい目で見るとそう言った。


 金髪の少女は、ダインの、静かだが心の底に響くような言葉に気圧されているようだ。


「わ、私は……」


 続く言葉が出てこないようで、悔しそうに下を向く。


「まあ、そう言うな、ダインよ。だが、お前が我儘を言うなど珍しいな」


 そんなダインをアレスはなだめる。

 ダインは、恥ずかしそうに頭をかきながら答える。


「はい。この者の才能を見たら、惜しくなりました。私の意識が逸れた瞬間を見逃さず、刀の弱点である腹を攻撃する洞察力。そして、弱点である腹の部分とは言え、私の魔力を巡らせた武器を素手で破壊するセンスの良さ。何より、魔族にも匹敵するかのような膨大な魔力。更には、それを今日初めて魔力を使う人間が行うという、規格外の才能。この才能をここで殺してしまうのは、人間全ての損失です」


 アレスはダインの言葉に、考えるそぶりを見せる。


「付け加えるなら、私本人ではなく、刀を狙ったのも、私に殺気を感じさせないためでしょう。もし私を狙っていたら、確実に防いでおりました。そんな強かさまで兼ね揃えている子供が、他にいますか?」


 ダインの剣幕にアレスも押され気味だ。


「確かに、ただの奴隷にしては凄い子供だと思ったが、そこまでか?」


 アレスの質問にダインは大きく頷く。


「はい。私の技を伝えるのに値するかと。この者を鍛えれば、アレス様にとっても大いに役立つ存在となることでしょう」


 アレスは俺を見る。


「だが、この者はそこの魔族と一緒に死ぬと言っているが?」


 ダインは俺の横に立つグレンを見る。

 冷たい目で見る。


「魔族は殺します。今の状態なら瞬殺できますが、十分に人間を食べた時のこの魔族の力は、恐らく侮れません。この子供も、今は納得できなくても、しばらく月日が経てば、自分がどれだけ間違っていたか分かることでしょう」


 俺はダインを睨んだ後、様子を伺うためにグレンを見る。

 グレンはそんな俺に気付き、口を開く。


「良かったな。俺以外にもお前を認めてくれる奴が見つかって。俺のことなら気にするな。この数日は人生で一番楽しかった。最期にいい思い出ができた」


 グレンは透き通るような笑顔で言う。


 ……その小さな手を震わせながら。


 俺はおそらく助かるだろう。

 それどころか、十二貴族の、恐らく重臣だと思われる人間の側という最高の環境で、自分を磨くことができるかもしれない。


 これまで求めて止まなかったか環境。

 それが意図せず手に入るというのだ。

 躊躇うことなどないはずだ。


 ……グレンが隣にいてくれさえすれば。


 俺はなんとかグレンを助ける方法を考える。

 フル回転で対応を考えた後、俺はアレスとダインを見る。


「そこまで評価いただき、本当にありがたく思います。ただ、何度も申し上げますが、俺はグレン様と一緒じゃなければ生きたいと思いません。でも、あなた達が、魔族であるグレン様を信じられないというのも分かります。そこで提案があります」


 俺はグレンを見る。

 心配そうに俺を見つめる顔。


 俺はそんなグレンを救いたい。

 グレンと一瞬に生きたい。


 これは我儘であり、贅沢だ。

 それでも絶対に譲れない。


「グレン様を俺の奴隷にします。あなた達が俺のことも信用できないというのなら、俺のことをあなた達の奴隷にしてくれても構いません。奴隷契約の魔法なら、相手を縛れる。問題ないはずですよね?」


 俺の提案に対して、金髪の少女がやれやれと言った顔をする。


「子供だから分からないだろうけど、魔族っていうのは、誇りで生きているような種族なの。人間の、しかも自分より弱い子供の奴隷になることなんてないわ」


 自分も子供であるはずなのに、人を子供扱いする発言にイラっとしたが、なんとか抑え、俺はアレスとダインの表情をうかがう。


「奴隷になると言うのなら、確かに安全は確保できます。私としては異存ありませんが」


 ダインはそう言ってアレスに意見を請う。


「確かにそうだな。魔族をそばに置くとなると、周りから批判は出るだろうが、奴隷ということなら抑えられないレベルではないだろう」


 アレスは俺の方を向く。


「ただ、正直、私はまだ君のことがよく分からない。君のことを信用できるようになるまで、君とも奴隷契約を結ぶということで良ければその条件を飲もう。だが……」


 アレスは、今度はグレンの方を向く。


「私の娘が言う通り、上位魔族であるこの子が、君の奴隷なんかになるのかな?」


 俺はグレンの方を向く。


 確かにアレスや金髪の少女の言う通りだ。

 強力な魔族であるグレンが、ただの人間である俺なんかの奴隷になるだろうか。

 配下としては信用してもらったが、奴隷として仕えるとなると話は別だろう。


 奴隷契約の魔法下におかれてしまうと、誇りどころか、人権がなくなる。

 俺の思いのままになるということだ。

 出会ってからの数日しか経っていない俺の奴隷になるなどという選択肢を、果たしてグレンは取るだろうか。


 俺は真っ直ぐにグレンの目を見た。


「グレン様。俺の奴隷になってくれませんか? 俺は貴女と生きたい」


 グレンも俺の目を見返す。

 グレンは何も言わずに跪き、両手を差し出す。


「いやらしい命令は出すなよ」


 グレンは笑いながらそう言った。


 俺はグレンに右手を差し出す。

 グレンは、そんな俺の右手を両手でしっかり掴んだ。


「命令じゃなく、お願いならするかもしれません。成長したグレン様、魅力的すぎるから」


 グレンは、俺の右手からパッと両手を離すと、一段と大きくなっていた胸を隠す。


「お、お前がもっと魅力的な男に成長したら考えてやる」


 赤くなったグレンと俺が、微笑みながら見つめ合っていると、金髪の少女が狼狽する。


「あ、ありえない……魔王から直接名を授かるほどの上位魔族が、人間の、しかも奴隷身分の奴の奴隷になるなんて……」


 グレンはそんな金髪の少女を見て、鼻で笑う。


「ふんっ。人を見る目のないガキが。エディは俺が認めた人間だ。魔族が人間に仕えないのは、捕食者と餌という関係もあるが、そもそも人間の中に、仕えるに値する奴がいないからだ。仮にお前に仕えることが条件だと言われたら、全魔力をもって死ぬまで戦うか、首を切って自害してやる」


 金髪の少女は何も言い返せない。

 俺は、グレンにここまで認めてもらえたことを誇りに思う。

 ダインが認めてくれたのは、俺の戦う能力だろうが、グレンが認めてくれたのは、俺という人間そのものだ。

 これまで誰かに認められることに飢えていた俺に取って、これ以上に嬉しいことなどない。

 認めてくれたのが自分の大事な人なら尚更だ。


 項垂れる金髪の少女の頭をぽんぽんと軽く叩き、アレスは俺とグレンを見る。


「それでは、エディ君。君は私の奴隷としてダインの下で修行を受けてもらう。グレン君はエディ君の奴隷として、エディ君を支えてもらおう。ただし、怪しい動きを見せた時は、二人の安全は保証できない。それでいいかな?」


「はい」


 俺とグレンは揃って頷く。


 こうして俺は、新たな主人と、初めての師と、初めての奴隷を得た。

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