第13話 魔族の奴隷④
その日は、魔力の流し方を教わって訓練を終了した。
魔力を全開で流すと、その分、瞬発的な力は上がるが、すぐに枯渇するというのが、グレンからの教えだった。
自分の魔力の総量を見極めて、流すのに適切な魔力量を調整する必要があるとのことだ。
また、魔力を体の一部に集中させることで、その部分だけを強化し、武器化することもできるらしい。
グレンが熊を倒した時に素手で心臓をくり抜けたのは、手に魔力を集中していたからのようだ。
魔力の集中による武器化は、高度に魔力を操る必要があるらしい。
だから、まず今日のところは、僅かでもいいから、体に魔力を流す感覚を覚えようということで、ほんの少しだけ体に魔力を通すことをイメージしてみた。
すると、身体中に、ゾワゾワとした何かが行き渡るのを感じる。
そんな俺を見たグレンがニヤッと笑う。
「それが魔力だ。拳に意識を集中して、そこの岩でも殴ってみろ」
俺は言われるがままに、拳へ魔力を集めることを意識して、その場にあった、自分の身長の三倍程の大きな岩を殴ってみる。
ーーバキッーー
岩は大きな音を立て、真っ二つに割れた。
魔力を込めた拳には、微かな痛みすら感じなかった。
俺は余りの破壊力に驚き、グレンを見る。
「魔力ってすごいんですね!」
だが、俺以上にグレンも驚いていた。
「お前、どれだけ魔力込めたんだ? 俺でもそれなりに魔力を込めなければ、この大きさの岩は真っ二つになどならないぞ」
グレンの言葉に、俺はもう一度驚く。
俺は今、自分の魔力の総量からすると、ほとんど魔力を込めていないつもりだった。
だが、何しろ俺は魔力の素人だ。
本当はかなりの量が出てしまっているのかもしれない。
「そんなんじゃすぐに枯渇する。今日はもう遅いから、一旦家に帰るが、明日は魔力を調整して絞るところから練習しよう」
「分かりました」
俺は頷きながらも、想像以上の手応えを感じていた。
長い時間は持たないのだとしても、少なくとも、先ほど岩を割ったくらいの破壊力が俺にはある。
十二貴族というのがどれほど強いかは知らないが、これから鍛えれば、俺も少しは役に立つはずだ。
俺とグレンは並んで歩きながら、母さんの待つ家へ向かった。
元の世界でも、この世界でも、母さん以外の人と並んで歩くことなどほとんど経験がなかったから、グレンとの移動は、新鮮で嬉しかった。
昨日と違って、今日は捕食者と餌候補ではなく、主人と配下という関係だ。
気持ちの違いは非常に大きい。
「グレン様は、今回生き延びたらどうするつもりですか?」
歩きながら、俺はグレンに質問する。
「そんなことは生き延びてから考えろ。今はどうやって生き延びるかが重要だ」
グレンが言うことはもっともだ。
全ては生き延びてこそ。
無駄なことを考えている時間などない。
だが、俺は食い下がる。
「でもグレン様。その先の目的があった方が、生き延びたいという気持ちが増しますよ」
俺の言葉に、グレンは考えるそぶりを見せる。
「人間に甘い俺は、もともと魔族の中でも浮いた存在だった。親も、俺が小さい頃に人間に殺されていて、顔も覚えていない。そして、十二貴族に狙われてからは、完全に仲間から見捨てられ、一人になった。だから、いつでも一緒にいてくれる、家族というものを持ってみたいというのが、俺の夢だ」
グレンは寂しそうな目でそう答えてくれた。
俺はそんなグレンのことを真剣な目で見る。
「それなら俺と家族になりましょう」
「えっ?」
グレンが驚きの表情を見せた後、顔を真っ赤にする。
「えっ、なっ、何を言っている! それはプロポーズというやつか? 魔族と人間だぞ。しかもお前は子供じゃないか」
俺は笑う。
親しみを込めて笑う。
「家族イコール結婚じゃないですよ。グレン様と母さんと俺、三人でゆっくり暮らしましょうよ」
俺の言葉にグレンは落ち着きを取り戻す。
そして心なしか残念そうに言う。
「そ、それはそうだよな。俺みたいなガサツな魔族なんて結婚相手にするわけないよな」
俺はそんなグレンに悪戯な笑みを向ける。
「グレン様がしたいならしてもいいですよ、結婚」
俺の言葉を聞いたグレンは、一瞬ポカンとした後、俺の笑みを見て真っ赤になって怒る。
「主人をからかう配下がどこにいる! やっぱり食ってやろうか」
グレンの右手に魔力が充満していく。
魔力を覚えた俺には、それが分かるようになっていた。
あんなので殴られたら、俺は熊の二の舞になってしまう。
俺は何も言わずに、家に向かって走って逃げた。
「ま、待て!」
待てと言われて待つ奴はもちろんいない。
「ただいま!」
追いかけるグレンより先に家に着くと、母さんが熊の肉を始めとした、美味しそうな料理を作って待ってくれていた。
少し遅れてグレンも家に着く。
表情を見るに、まだ怒っているようだった。
グレンは俺を睨みながら、席に着く。
俺もその視線を避けるようにしながら席に着く。
「グレン様のお口に合うか分かりませんが」
そんな俺たちの様子を知ってか知らずか、間髪入れずに、母さんが料理を出す。
「いただきます」
それを見たグレンがまず、料理を口にする。
そして、一口口にするなり、声を上げる。
「うまい!」
それを聞いた母さんは笑顔になる。
「お口にあって何よりです」
グレンは頷く。
機嫌は完全に治ったようだ。
「ああ。これは、どこかの不届きな配下の男より、お前を生かしたことの方が、大きかったかもしれない」
グレンは俺を睨む。
まだ根に持っているようだ。
ただ、もう怒っているわけではなさそうだ。
ここは甘えるそぶりを見せてごまかそう。
「グレン様。俺だって頑張ってるじゃないですか……」
グレンは、拗ねる演技をする俺の頭を撫でる。
「よしよし。そう拗ねるな。お前も想像以上だったぞ」
ガキじゃないんですからやめてください、と言おうとして、今の俺は十二歳だったのを思い出す。
グレンは見かけ上、十五歳程度。
素直に撫でられておくことにする。
年上の美しい少女から頭を撫でられるというのは、正直嬉しい。
加えて、元の世界でもこちらの世界でも一人っ子だった俺にとっては、本当に姉ができたみたいで、それもまた嬉しかった。
何気ない時間。
俺が今まで経験したことのない、温かな家族団らんの時間。
元の世界でも、こちらの世界でも、俺も母さんも働き詰めで、ゆっくりする時間などほとんどなかった。
初めて経験する幸せの時間に、俺は浸っていた。
それは仲間に見捨てられ、敵に怯えながらも、家族を欲しがるグレンも同じようだった。
ただの十五歳の少女のような笑顔を見せていた。
グレンは人間を食事にする魔族だ。
人間とは絶対に相容れないはずの存在だ。
だが、俺にとってのグレンは、そんな恐怖の存在ではなくなっていた。
恐らく、母さんにとってもそうだろう。
母さんの笑顔も偽物には思えない。
食事の問題は確かにある。
だが、それさえどうにかなれば、俺たちは本当に家族になれる。
それは確信に近い思いだった。
俺たち三人は、談笑しながら食事を楽しむ。
気心の知れた仲間のように。
本当の家族のように。
その内敵は来るかもしれないが、しばらくはこの時間が続くものだと思っていた。
この時間がいつまでも続けばいいのに、と思っていた。
……そしてそれが俺たちの油断だった。
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