第3話

時は戻って、早朝。のどかな牧草地帯にある一軒家での出来事。


「………ああ、また逃げてる」


空になった巣箱を前に、クロウ・ブリスティーは膝を付いて嘆いていた。昨日、必死に捕まえて扉に頑丈に鍵まで掛けて帰ったのに。苦々しく見た先には、巣箱に空いた大きな穴と床に散らばった木片の数々。中には粉砕されている物もあり、その攻撃の威力の凄まじさが解る。


「そんな壁に穴を空けてまで逃げなくても良いのに…はぁ」


この為だけにと特別に頑丈に作った専用の巣箱を壊されて、クロウはガックリと項垂れた。


この巣箱の持ち主は、クラック・バードという。普段は大人しいニワトリの聖獣だ。毎朝、美味しい卵を産んでくれ、性格も温厚で人懐こい聖獣なのだが。


そう、


「クゲェェェェ!!」


遠くに聞こえる特有の雄叫びに、思わずクロウは遠い目をしてしまう。


繁殖期に限り、その大人しさはなくなり、相手を求めてところ構わず暴れまくる迷惑者となるのだ。その小さな体からは考えられない力を発揮し、邪魔者は排除し伴侶を求めてひたすら求愛の雄叫びを挙げながら走り回る。


その声がまた酷く、この時期になるとクラック・バードの半径5キロは生物はほぼ近寄らない程である。


彼らは繁殖能力が非常に高く、一緒にすると一種の獣害を引き起こすので基本つがいでは飼えないのだ。


ニワトリといえど聖獣であり、その戦闘能力は特に雌の方が強く、その蹴りは軽く大岩を砕くほどだと言われている。


ちなみに、今回預かったのはその雌のクラック・バードである。


それだけで、被害の程が解るだろう。


今は服を着ているので見えないが、毎日そんなクラック・バードと格闘している彼は全身包帯だらけのボロボロであった。


仮にも彼は神である。なので、一晩眠ればこんな怪我など回復するはずなのだが、ここ最近は、脱走するクラック・バードの捕獲と破壊された巣箱の修理であまり休めていない為、いつまでたっても怪我が治らないという悪循環を抱えていた。


また、生真面目な性格が災いし、クラック・バードの世話以外の仕事も欠かさず熟していたのも休めない原因のひとつだった。




本来、クロウはクラック・バードを飼ってはいない。近所に住んでいる夫婦が本来の飼い主なのだ。


今回、そのクラック・バードの飼い主より、仕事でしばらく留守にするのだが、そろそろ繁殖期に入るので、その期間だけ面倒を見てほしいとの依頼があった。


繁殖期のクラック・バードの世話は、それこそ終わるまで死力を尽くしての大仕事となるのは、彼も知っていた。


だが、彼は最近神に昇格したばかりであり、それまで面倒をみてくれた夫婦の為に、この依頼を受ける決意をしたのだ。


あれから2週間。明日で繁殖期も終わる。この格闘の日々も、明日で……!


あの人たちに、『有り難う、頑張ったね、良くやった』って誉めてもらうんだ。


――その為にも。


「場所はあの声で解るとして、捕まえるにはアレと…あそこに…」


嘆いていても始まらない。今度こそ逃げられないように小屋の修理をし、捕獲の為の道具を取りにその場を後にするのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る