第18話 禁断の兵器


 二人は満足そうに意気揚々とキルティンの仲間のところに歩いて戻る。すると割れたトラックの窓から、額を切った隊長がずるずると這い出してきた。


「あの剣は雪の女王の剣……? どこかで見たと思ったら、あやつヴィリアインの王子か!」


 それを聞いて駆けつけてきた副官が隊長を抱き起こしながら青褪めた。


「ヴィリアインの王子? それはますます問題ですよ。ここは応援を帰して引き下がりましょう」


 隊長はその手を振り払って怒鳴った。


「ばかもん! ここで引き下がっては我がラガマイア国境警備隊の名折れだ! 王子共々キルティンを亡き者にしてやる!」


 隊長がそう叫んだその時。後方からキリキリキリ、と不思議な音が聞こえてきた。その音に隊長はニヤリと不敵に微笑み、副官は蒼ざめた。

 砂の丘陵から砂煙を背に姿を現したのは5台の大きな戦車だ。


「あ、あんた何の応援を頼んだんですか! 戦争でもする気ですか?!」

「上官に向かってあんたとは何だ貴様! 黙って見ていろ。どうせ周りには他国の影はない。こいつらを始末してしまえば死人に口なし。万事結果オーライだ」


 隊長は狂ったように高笑いをし、その横を戦車が行軍していく。高笑いは戦車のキュラキュラという不穏な音にかき消された。


 一時は再会を喜び合っていたルクドゥとキルティンの戦士たちは、現れた戦車に一瞬黙り込む。数人が戦車に向かって矢を射掛けたが、勿論装甲にはかすり傷ひとつ付かない。


「ルクドゥ、今度ばかりはお前一人では無理だ。我々全員であの鉄の猛獣を倒すしかない」


 カダヤがルクドゥの肩に手を置くと、彼は覚悟を決めたように強く頷いた。


「ぼくも行くよ。この剣ならきっとあの猛獣も倒せるはず」


 トゥーティリアは目をきらきらさせながらルクドゥを見上げた。ルクドゥは暫くじっとトゥーティリアの蒼い瞳を見つめていたが、すぐににっこりと笑って頷いた。


「友よ……いや、戦士トゥーティリアよ。たとえここで倒れても我々の戦いは仲間の記憶に残るだろう。悔いなく存分に戦おう」


 そうして、腰に下げた袋の中から綺麗な色とりどりの石で組まれた首飾りを取り出し、トゥーティリアの首にそっとかけた。


「前にも話したが、これはキルティンの戦士の証だ。これを戦士となった友に預けたい」


 それは初めて出会った時からずっとかけていた首飾りだった。そして今代わりにルクドゥの胸を飾るのは胸全体を覆う程の大きな首飾りだ。

 首飾りをかけてもらい、トゥーティリアは嬉しそうに目をきらきらと輝かせた。


「すごいね。勲章みたいなものなんだね。ありがとう」


 石の首飾りはずっしりと重く、その名誉や責任の大きさを身をもって感じるのだった。トゥーティリアは今までになく胸が熱くたぎるのを感じていた。

 いつも守られていた立場の自分が、誰かを守るために戦う。危険を顧みずに信じた仲間と命を賭けて戦えることが純粋に嬉しく思えたのだ。彼の心に恐れは微塵もなかった。


 そうしている間にも戦車はじりじりとキルティン達への距離を詰めていく。遂に先頭を走る1台がどん、と地響きをたてて弾を発射した。弾はキルティンが立てこもっている岩場のすぐ手前で大きな砂煙と火柱を上げて爆発した。


 それを合図に、大勢のキルティン達が一斉に岩場を飛び出した。放射状に戦車を取り囲み駆けていくキルティン達を、大砲が容赦なく狙い打つ。

 俊敏に走り回るキルティンの戦士達は、大きな岩を掲げ砲台やキャタピラーを叩きのめして応戦する。生身の人間とは思えないその力で戦車は程無くスクラップになった。


 しかし相手の数が多い 。1台倒しても残りの4台が次々砲撃を食らわせてくる。直撃は避けるものの、砂煙で視界が遮られ戦士達も苦戦を強いられる。


 遂にはトゥーティリアも爆風に飛ばされて足をくじいてしまった。倒れこんだ少年を、戦車の照準がピタリと狙う。今回はルクドゥや他のキルティン達も離れたところで苦戦しているため、助けは期待できない。


「やられちゃう……!」


 覚悟を決めてトゥーティリアはその場で剣を構える。このまま木っ端微塵になるなら、一か八か突っ込んで斬りつけるか。


 そう逡巡する彼の耳をキュルキュルという砲撃の音が掠めていった。彼は思わず振り向いた。音は、彼の背後から前方に向かって聞こえていったのだ。ほんの一瞬の静寂。そして激しい爆音が響いた。


 見開かれた蒼いその目に映ったのは、赤い炎を上げて燃え上がる1台の戦車だった。


「な、なにぃ?!」


 戦車の突然の爆発に驚いたのはラガマイア国境警備隊の隊長だ。


「どうした? 何があった?!」


 立ち上がって、手にした双眼鏡で辺りをきょろきょろと見回す。その目に飛び込んできたのは、右手からもくもくと煙を上げているツンツン頭の男だった。


「あ、あれはヴィリアイン王立軍のツヴァイ将軍!」

「うひゃひゃひゃひゃ。こりゃあいい。新作の武器の試し撃ちをしたいと思ってたとこだ」


 ツヴァイはとてもご機嫌な様子で、義手に取り付けてあるロケットランチャーをリロードした。


「いっせーの、せいやー!」


 花火でも打ち上げるかのような緩く大きな叫び声と共に、ツヴァイの右手からロケット弾が飛び出し、キュルキュルと音を立てて戦車に向かって飛んでいく。一撃で再起不能になる程の凄まじい破壊力だ。


「なんだあの武器は! ヴィリアインの将軍は化け物か?!」


 隊長が呆然としてみている間に、戦車は次々と無残な亡骸に変わって行った。


「やめろ! もうやめてくれ!」


 我に返った隊長が泣きそうな顔でツヴァイに駆け寄った時には、既に最後の戦車が横倒しになって煙を上げた後だった。


「あー? なんだチョビ髭。俺様のサインでも欲しいのか?」


 ツヴァイは右手の武器の横から油性ペンを取り出すと、へたりこんで放心状態の隊長の顔にすらすらと大きくサインを書いた。

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