第17話 戦闘
キルティンの一団がカトゥム達の待つ水場に着いた。無事に移動が済み、アビはほっとして笑顔で大きく息をついた。
「あとはここを好きに使えばいい。早く皆の病気が治るといいな」
アトゥヤクもその言葉に微笑みを返して深く礼をした。アビは満足そうに頷くと、ふと後ろを振り返った。
「……王子?」
気がつけば王子の姿が見当たらない。アビは嫌な予感がして今来た道を駆け戻っていった。
「ヴァンス! 王子はどこに行かれた?!」
駆け寄りながら叫ぶと、クロミアはゆっくりと振り向いた。その顔はとても不機嫌そうだ。
「……貴公の教育が悪いのか、はたまた破壊的な性格は親譲りなのか。全く私の手には負えんな」
クロミアは深いため息をつく。
「何を訳の分からん事を言っている! 王子をどこへやった! 答えんとその素っ首斬り落とすぞ!」
アビは殺気立って大鎌をクロミアに向かって構えた。その時、ようやくアビは王子の宝剣がクロミアの手の中にあることに気付いた。
「貴様その宝剣は?! 王子はどこだ! まさか力づくで奪い取って……」
宝剣を見て逆上したアビは、問答無用でクロミアの首目掛けて力任せに大鎌を振り下ろした。
アビの大鎌がクロミアの首を斬り落とす直前に、その間に割って入ったものがあった。それは、ぴかぴかに光った鋭い鍵爪。
「おう、死神将軍。それ以上はオイタが過ぎるんじゃねぇのか?」
にやにやと笑いながらぬっと現れたのは王立軍のツヴァイ将軍。
「……やはりお前たちつるんでいたのだな。どけ。邪魔立てすれば貴様もただではおかんぞ!」
アビは怖い顔で2人を睨みつけた。しかしツヴァイは気にする様子もなくただニヤニヤとアビを見下ろしている。
「まあまて二人とも。余計な揉め事をしている時ではないぞ。急いでトゥーティリア殿を止めなければ我が国にまで火の粉が降りかかる。状況は歩きながら話す。とにかく落ち着け」
クロミアはそう言って二人を引き連れて王子が駆けていった方に向けて歩き出した。
後から駆けつけたラガマイアの兵士も、やはりキルティンの矢に討ち取られて次々に倒れていく。キルティン側にも怪我人は出ているが、2、3発の銃創などかすり傷だとでもいうように手を緩めることなく攻撃を続けている。
「増援が来るまで持ちません! 一旦引きましょう!」
若い副官が隊長の腕を掴んだ。しかし隊長はその手を振り払い、目に怒りの炎を燃やして走り出した。
「隊長?! 何をする気ですか!」
程なくして、隊長が走り去った方向から勢い良く大きめのトラックが飛び出してくる。その荷台にはガトリングガンが搭載されていた。
「撃て! キルティンを蜂の巣にしろ!」
隊長はトラックを運転しながら荷台の上の若い兵士に向かって叫んでいる。副官は蒼ざめた。
「た、隊長。その武器はここでは使用禁止ですよ! 他国に知れたら大変なことに!」
しかし隊長は耳を貸す様子もない。
「撃て撃て撃て撃てー!」
若い兵士は言われるままにキルティンの集団に向かって驚異の威力をもった弾を発射する。
とっさに避けたものの、この弾丸の勢いにキルティンの戦士達は一旦岩陰に身を隠すしかなくなった。
「どうするルクドゥ? 全員で突撃してみるか?」
アトゥヤクの兄のカダヤがトラックを睨みつけながら言った。それに答えてルクドゥはゆっくりとかぶりを振った。
「あの鉄のけものは私の獲物だ。皆はそこで待て。カダヤ、皆を頼む」
そう言い捨てて岩陰から飛び出した。
「ルクドゥ!」
思わずトゥーティリアもルクドゥの後を追っていた。
「友よ、危険だ。お前も皆と一緒に待て」
ルクドゥは手をかざして止めるが、トゥーティリアは大きく首を横に振って笑った。
「僕も一緒に行くよ! 二人で別々の方向に走れば弾も避け易いってアビが言ってた」
それを聞いてルクドゥはにっこりと笑って頷いた。そうしてトゥーティリアは左から、ルクドゥは右から回り込むようにジグザグに走りながらトラックに向かって走り始めた。
「撃て! 右だ! 左だ! ええい! へたくそがー!」
隊長は狂ったようにハンドルを切りながら目を血走らせて叫び続けた。ガトリングガンから無数に吐き出される灼熱の弾は、砂漠の砂を巻き上げて次々と空中に砂の柱を立ちのぼらせている。その弾がルクドゥやトゥーティリアの足元を掠め、髪を弾く。それでも二人は恐れることなくトラックに向かって駆けて行くのだった。
トゥーティリアはその早い足を生かしてちょこまかと逃げ回る。大きな岩の陰に隠れ、小さな岩を飛び越えてトラックを翻弄する。
「もうすぐだ。もうすぐ回りこめるよ」
トゥーティリアはトラックの後ろに回りこみ、荷台に飛びつこうとした。しかし、一瞬の油断がいけなかった。
「あっ」
飛び乗った岩のバランスが悪く、トゥーティリアは岩ごとごろりと転がって、地面に投げ出されてしまったのだ。
「今だ! あの金髪のチビに風穴をあけてやれ!」
隊長はハンドルを切ってトラックを方向転換させると、トゥーティリア目掛けてアクセルを全開に踏み込んだ。タイヤが砂煙を上げ、地面に転がったままの少年に突進していく。同時にガトリングガンの照準もぴたりとトゥーティリアに合わせられていた。
「わはははは。このままカエルのように轢き殺してやる!」
荒れ狂うトラックと弾丸がトゥーティリアに向けて激突しようとしたその瞬間。
トラックがぴたりと止まり、宙に浮いたタイヤが空回りする。
突然止まった反動で隊長はハンドルに顔面をしたたか打ちつけ、荷台の兵士は勢い良くトラックから転がり落ちた。
「ルクドゥ!」
倒れたトゥーティリアの上にルクドゥの影が重なる。
砂煙の中から突然姿を現したルクドゥが、走ってきたトラックの前面に手をついて止め、そして力任せに車体を押し上げたのだった。
「このけものの、鉄の弾を吐く口を斬り落とすのだ」
トラックを押しとどめながらルクドゥが指示をした。トゥーティリアは起き上がりながら頷き、空高く跳躍する。
トラックから投げ出された兵士が拳銃を抜き、中空のトゥーティリアに向かって引き金を引いた。しかしトゥーティリアは強い日差しを背にして飛んでおり、兵士の目は眩んで弾はわずかに逸れた。
トゥーティリアは小鳥のように荷台に舞い降りると、手にした細身の剣でガトリングガンに斬り付けた。
一見華奢に見えるその剣は、蒼白く輝くその刃で菓子でも切るかのようにガトリングガンを4つに切り裂いた。トゥーティリアが荷台から飛び降りたのを確かめて、ルクドゥはトラックをひっくり返した。
「やったね! ルクドゥ。鉄のけものをやっつけたよ!」
にこにこと笑うトゥーティリアににっこりと頷いて、ルクドゥはじっとひしゃげたトラックを見つめた。
「しかし鉄のけものはいくら狩っても食べられないのが残念だ」
がっかりしたようにそう呟くルクドゥを見て、トゥーティリアはくすくすと笑った。
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