第16話 決裂

「今まではずっと黙って見ておりましたが、やんちゃももうここまでです。これ以上突っ走るのはやめていただきますよ」

「離してよクロミアさん。僕行かなくちゃ。ルクドゥが戦ってるんだ」


 王子は全力で腕を振り払おうとするが、クロミアの力は思ったよりも強くびくともしない。


「王子。ここから先は我々には関係のないことです。これはキルティンとラガマイアの揉め事。我々が手を出せば国際問題になります」


 クロミアの声は静かだが厳しいものだった。それでも王子は諦めるつもりはさらさらない。


「こうなったのは僕のせいだ。僕もいかなくちゃ!」

「いいえ、それは容認できません。国に帰りますよ」


 クロミアが固く掴んだ腕を引き寄せると、王子はその手を振りほどこうともがく。


「離して! 僕も戦う!」

「駄目だと言ったら駄目です」


 武道にも腕力にも自信があったのに、ひょろ長いだけのクロミアの手を振り払うことすら出来ない。王子は悔しくて目に涙をにじませた。次に王子は思いつき、腰に差していた宝剣をクロミアに向かって付きだした。


「離せったら離せ! 今の僕はお前なんかの命令は聞かない!」


 クロミアの目に宝剣が映った瞬間。その目は色を変えた。

 今まで見たことがないような恐ろしい目つきになって王子を睨み付けると、思い切りその腕をねじ上げる。


「痛……っ!」


 王子は思わず声をもらした。それでもクロミアは容赦なく力を込めたまま低い声で告げる。


「王様ごっこは終わりですよ王子様。大人しく来てください」


 王子が力を抜くとクロミアもその手を緩め、静かに諭すように言い聞かせた。


「陛下があなたの自由にさせるようにと命じられたので今までは静観していました。ですがここからはわが国とラガマイアの政治的な問題です。あなたの勝手で揉め事を起こすわけには行かないのですよ。考えても御覧なさい。ヴィリアインの王子がラガマイアの国境警備隊に斬りこんだなどとあっては宣戦布告と取られても仕方ないのですよ」


 王子は俯いたままじっとそれを聞いていた。そして暫く考えた後、まっすぐに銀髪の宰相を見上げて言った。


「じゃあ、僕、王子をやめるよ」


 クロミアの眉が上がる。


「僕が王子だからルクドゥのこと助けられないなら、僕は王子をやめる」


 クロミアは呆れたように大きく溜め息をつく。


「子供みたいなことを……。そんな簡単なことではないんですよ。さ、大人しく一緒に来てください」


 そう言って王子に近づいた時。王子はクロミアの腰にさげられた細身の剣を抜き取った。


「言ったでしょ。僕は帰らない。……こっちに来ないで!」


 そうしてその剣を彼に向けて構えた。クロミアは短く息をはいて小さく両手を挙げるしかなかった。王子はそのまま後ろに下がって少しずつ距離をとっていく。


「僕はもう王子じゃないから、好きにさせてもらうよ。これはあなたに預けます」


 そう言って宝剣を足元に置くと、また1歩2歩と下がって、そのままくるりと後ろを向き、振り返らずに走り出した。


 王子──いや、トゥーティリアは走った。どんどんと走って、ルクドゥの姿を探した。広い砂漠はどちらを向いてもがらんとしていて、トゥーティリアは途方に暮れてしまった。

 その時。遠くでかすかに音が聞こえた気がした。トゥーティリアはそちらに向かって再び駆け出す。すると遠くにたくさんの人影と砂煙が見えた。


「ルクドゥだ」


 トゥーティリアはそちらに向かって走り出した。砂漠を走る彼の手には細身の剣が青白く光っている。遠くに、たくさんの人影が見えてきた。左側にはジープやラガマイアの軍服を着た兵士たち、右側にはキルティン族の戦士たち。


 総勢50人ほどのラガマイアの兵士は手に手にライフルなどの銃を持ち、キルティンの戦士を狙い撃つ。

 キルティンの戦士は20名ほどで、武器は鉈のような大きな刀と弓矢だけ。防具は皮の鎧。それでも彼らは岩陰に身を隠して弾を避け、手作りの弓矢で的確に兵士達の肩や手足を射抜いていく。トゥーティリアはその先頭にルクドゥの姿を認めた。


「ルクドゥ!」

 

 トゥーティリアは叫ぶ。


「おお、友よ。良く来た」


 ルクドゥはにっこりと笑って顔だけをトゥーティリアに向けた。そうしている合間にもルクドゥに向かって銃弾が飛んでくる。しかしルクドゥはその弾が見えているかのようにひょいとかわして矢をつぎ、撃った兵士を討ち取っている。


「ルクドゥ。僕も一緒に戦うよ。ヴィリアインの王子としてじゃなく、キルティンの仲間として。いいかな?」


 笑顔でトーティリアが駆け寄ると、ルクドゥも嬉しそうに頷いた。


「勿論だ。トゥーティリアを一人の戦士として迎えよう。ただし相手はラガマイアの兵士。死者が出ないよう手加減するのだ」


 手加減をしていても戦闘は依然キルティンが優勢で、50人いたラガマイアの兵士は重傷者続出で半分以下に減っていた。


 少し離れたテントの中でラガマイアの国境警備隊の隊長が指揮をとっていた。とはいえ実際のところ隊長は作戦には目もくれずに趣味の戦車の模型作りに没頭している。

 最新の武器を持った50人の兵士がいれば20人足らずの弓矢しか持たないキルティン族など、あっという間に片付いてしまうと踏んでいたのだ 。


 そこに兵士の一人が駆け込んできた。肩には矢が突き刺さり、砂まみれでぼろぼろになっている。


「た、隊長! だめです! このままではすぐに全滅です!」


 意外な兵士の報告に隊長は驚き、持っていた模型を落としそうになった。


「な、なにい? わずか20人の蛮族相手に何をやっちょるんだ!」


 痩せて小柄な隊長は、口ひげを震わせながら兵士を叱りつける。


「応援を要請してください。もう持ちません! それか、撤退を……!」


 怒った隊長はしばらくぷるぷると怒りに震えていたが、無線機を取って本部に連絡をした。


「増援だ! キルティンをこの世から消し去ってしまえ!」


 そうして隊長も、残りの兵士を引き連れて戦闘の起きている中立地区の岩場まで走って行く。


 息を切らした隊長たちが着く頃には、もうラガマイアの兵士で戦えるものは10人足らずになっていた。戦況は混沌としており兵士とキルティンの戦士は互いに入り混じって剣で斬り合っている。大きなキルティン族がその大きな刀をぶんと振り回すと、ラガマイアの兵士達は木偶のように次々となぎ倒されていく。


「お前らもぐずぐずしないで参戦しろ!」


 隊長は指揮刀をぶんぶんと振り回して後ろに控えていた兵士に怒鳴った。兵士達は慌てて参戦し、戦闘はますます激化していった。

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