第15話 神の鳥


「あ……」


 王子は驚いて立ち止まった。小さな新しい水場に、無数の鳥が休んでいるのだ。


「カトゥムだ」


 足と首の長い、頭に飾り羽根のある美しい鳥が水浴びをしながらギャウギャウと楽しそうに遊んでいる。

 王子がゆっくりと水場に近づくと、群れの中から小さな1羽のカトゥムがちょこちょこと近づいてきた。お腹には包帯がまだ巻かれていた。


「やあ、ヤーナクム」


 王子は笑顔なのに、何故か涙が止まらなかった。ヤーナクムはしゃがんだ王子の鼻を軽くつついて嬉しそうにギョギョギョと鳴いた。


「君がここにみんなを連れてきてくれたんだね」


 アビは少し後ろで嬉しそうに王子とヤーナクムを見つめていた。そのアビの目に、遠くなにかが映った。


「王子……」


 その声に王子は地平線の向こうに目をやる。遠くから何かが近づいて来るのが見える。


「あ……」

「キルティン族ですよ、王子」


 家畜の背中と荷車に大きな荷物を積んだ人たちが、上り始めた朝日を背にこちらへ向かって来ていたのだ。


「来てくれた! みんなが来てくれたんだ!」


 王子は目を大きく見開いて叫ぶと、朝日に向かって駆け出した。アビもその後を追う。


「おはようございます!」


 キルティンの人たちに向かって王子は大きく挨拶をした。


 荷車の上に座っていた子供たちが笑顔で王子に手を振ってくる。王子は彼等に見覚えがあった。病気で寝ていたあの子供達だ。子供たちはキルティンの言葉で何か王子に話しかけた。


「お薬をありがとうと子供たちが言っています」


 後ろからアトゥヤクが歩み寄ってきた。


「うん。良くなったんだね。よかった」


 王子はにこにこと笑顔で答え、子供達に小さく手を振った。アトゥヤクは微笑んで頷いた。


「カトゥムが我々を綺麗な水に導きました。全て心美しい王子のおかげです」


 王子は恥ずかしくなってふるふると頭を振る。


「ヤーナクムがね、先に来て待ってるよ。行こう!」


 照れを隠すかのように、王子はアトゥヤクの手を引いてずんずんと水場に向かって歩き始めた。水場が遠くに見えた頃、王子はふと彼女に尋ねた。


「あれ、そういえばルクドゥはどこ?」


 きょろきょろと辺りを探してみてもルクドゥの姿は何処にもない。ルクドゥだけではない。よく見ればここにいるのは女の人と子供たちだけ。アトゥヤクは静かに答えた。


「ルクドゥ様と他の戦士たちは今襲撃を食い止めております。事が済めば追ってくるでしょう」


 王子の心臓がどきんと鳴り、アビも途端に険しい顔になった。


「襲撃? 襲われたの? 何があったの?」


 アトゥヤクは微笑みながら王子の頭を優しく撫でた。


「心配はいりません。地に線を引くものは我々が線に近づく事を快く思わないものなのです」


 王子はアビの方を見上げ、アビは王子の代わりに問うた。


「襲っているのは何者だ? まさかわが国の王立軍ではあるまいな」


 アトゥヤクは静かにかぶりを振る。


「襲ってきたのはラガマイア王国です。我々があなた方と同盟を結んで何か事を起こそうとしているとでも思ったのでしょうか」

「成程。臆病者のラガマイアがやりそうな事だ」


 最初に砂漠で彼らを刺激したのが自分だとはつゆ知らず、アビは苦々しく言い捨てた。


「彼らなら大丈夫です。ルクドゥ様から伝言を預かっております」


 美しい薬師は少し首を傾げて王子に向き直る。


「『私が居なくとも私と等しく一族のものを友に頼みたい』と。そう王子にお伝えして欲しいと」


 王子は言葉を失ったまま立ち尽くす。色んなことがいっぺんに頭の中に渦巻いた。しばらく黙った後、王子は彼女に向かって頷いた。


「うん。分かった。それがルクドゥの頼みなら。……アビ、みんなを水場に案内して」


 アビは頷いてキルティンの皆をを引き連れて水場へと向かう。


「有難うございます」


 アトゥヤクは静かに微笑んで頭を下げた。王子は恥ずかしそうにううん、と首を振り、そして小さく尋ねた。


「ルクドゥ達はどこにいるの? どこで戦っているの?」


 彼女は黙って後方を指差す。


「ここと元の水場の中間あたりから、ラガマイアの国境の方へ少し行ったところです」


 それを聞いて王子は頷き走り出す。しかし──


「はい、そこまでです」


 王子は駆け出してすぐにかくんと止まってしまった。誰かに腕を捕まれている。驚いて振り返ると、クロミアが静かに見下ろしていた。

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