第14話 王子の迷い
「ここに居ましたか。またどこかへ遠いお散歩に出られたのかと思いましたよ」
冷たい声が夜の闇に静かに響いた。
顔を上げるとクロミアが少し離れた所で王子を見下ろしていた。
「おや、また泣いていたのですか」
クロミアはからかうように薄笑いを浮かべ、そこで初めて王子は自分が泣いていたことに気が付いた。そして顔を隠すようにひざの間に顔を埋めた。
「そんなに落ち込むことはありませんよ。今回失敗したからと言ってチャンスを失った訳ではありません。議会を開いてまた違う課題を提示してもらえば良いだけの話です。次の課題はもっと簡単なものになるでしょう」
王子は顔を上げると、じっとクロミアを見つめた。
「クロミアさんならこんな時どうするの?」
クロミアの目は何の感情もなく灰色に鈍く光っていた。
「その質問には意味がありません。これはあなたの『宿題』なのですから」
それでも王子はクロミアから目を反らさずに続けた。
「僕ね。僕、本当は王様になれなくてもいいの」
クロミアの眉がぴくりと動いた。
「僕、王様になっても父様みたいになれるかどうか分かんない。僕よりも王様に向いてる人がいるかもしれない」
「一度失敗されたからと言って随分と弱気ですね。それでは供の私の立場がありません」
クロミアは大仰にため息をついてみせた。
「僕ね、僕よりも王様に向いている人がいるならそれでいいと思うの」
王子が真剣な目でクロミアを見つめると、彼は鋭い眼差しで見返す。
「興味ありませんな。そんな話は」
そうして踵を返して立ち去ろうとする。王子は立ち上がってその背中に呼びかけた。
「僕ね!僕……知ってるんだ。本当はクロミアさんが」
「王子」
クロミアは背中を向けたまま一瞬立ち止まり、強い口調で遮った。
「もうお休みください。間もなく夜が明けてしまいますよ」
そうして再び歩を進める。それでも王子は口を閉ざすことなく、更に大きな声で続けた。
「知ってるんだ僕!クロミアさんが本当は僕のにいさ……」
「王子!」
クロミアは振り向いて短く叱咤するように叫んだ。その声は剣のように鋭く音叉の如く辺りの空気を震わせた。
「興味ないと言っているのですよ」
そうして王子を見下ろし睨み付けた。
「あなたはそんな話を私にして、一体どうしようというのですか」
クロミアは静かながらも、凍てつくような怒りに満ちた表情に覆われていた。王子はその迫力に思わず黙り込む。
「あの、僕……」
王子は目を泳がせる。
「ええ、皆まで仰らなくとも結構です。あなたは私を怒らせたいのですね。そしてこう言わせたいのでしょう。『ならば貴様はここでこの剣の露と消え、私に王位を渡すがいい』と」
クロミアは腰に下げていた細身の剣を引き抜いた。すう、と王子に向けると剣は月あかりを浴びてきらりと青く怪しい光を放った。
王子は息をのんで喉元に向けられた刃先を見つめた。
「あ、あの……」
クロミアは冷たくにやりと笑う。
「……という冗談はさておき」
かちゃり、と剣を引いてクロミアは言った。
「こんな所を見られては、私はまたあの女将軍に……」
その時背後からどたどたと聞き覚えのある足音が響いてきた。
「王子────!」
クロミアは慌てて刀を鞘に収めて振り向いた。
「ああ、ルーン将軍これはだな。その……」
コホンと咳払いをするクロミアなど眼中にないかのようにどすんと突き飛ばし、アビは王子に駆け寄った。
「アビ、違うよ、大丈夫だよ。クロミアさんは僕に剣を向けたりしてなかったよ」
王子がもぞもぞと言いかけるのを遮り、アビは後ろを指して叫んだ。
「王子! 水場が……水場が!」
ぜえぜえとアビは息を切らし、それ以上なにも言わない。王子は目を丸くし、分からないままにもアビの後を追い急いで水場に駆けていった。
「早く、早く!」
アビは王子の手を引いて走る。どんどんと二人は走り国境の壁に近づくと、目の前には信じられない景色が広がっていた。
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