第19話 責任の所在
「王子! 王子大丈夫ですか?!」
ツヴァイが戦車を攻撃している間にトゥーティリアに駆け寄ったアビが、半べそをかきながらトゥーティリアを抱き起こしていた。
「大丈夫だよアビ。ちょっと足をひねっただけだよ」
無事を確かめたアビはようやくほっとしたように泣き笑いの顔を作って、ぎゅーっとトゥーティリアを抱き締める。周りはようやく静けさを取り戻した。
倒れていたキルティンの戦士達も、無事な者が怪我をしたものに手を貸して戻ってきている。
「大いなる手助けに感謝する。今日我々はヴィリアインの機械の将軍に恩ができた」
ルクドゥは深く頭を下げると笑顔でツヴァイに握手を求めた。
「別に俺様はキルティンを助けに来たわけじゃねぇよ。宰相殿の御期待に沿って軽ーく運動したまでだ」
ツヴァイは両手を組んだまま冷たい目でルクドゥを見返した。その後ろからゆっくりとクロミアが歩みを進めて来た。
「ふむ。伊達に予算をつぎ込んでいないようだな。悪くない働きだ」
その声に振り返ってツヴァイはぎざぎざの歯を見せてにやりと笑った。
「言ったろ? 俺様は役に立つってな」
宰相は僅かに口の端を上げてその言葉に応え、がっくりと手をついて伏しているラガマイアの隊長を見下ろした。
「……その声はヴィリアインの氷の宰相! お前達一体揃いも揃ってここで何をしている?!」
隊長は悔しそうに歯噛みしながらわめいた。
「それはこちらの台詞だ。随分と派手にやっていたようだな」
クロミアは煙を上げている戦車をぐるりと見回した。
「うぬぬぬぬ。これも全てそちらの王子が我々ラガマイアに歯向かって来たのが原因だぞ! この責任をどう取ってくれるつもりだ!? 八ヶ国同盟会議にかけて賠償を要求するからな!」
それを聞いてトゥーティリアは青ざめて駆け寄った。
「ちがうよ。僕はもう王子じゃないからヴィリアインは関係ないよ!」
その言葉を途中で遮って、クロミアは静かに隊長に返した。
「それはどうかな。こちらが先に攻め込んだという確証はあるのか? 私にはキルティンと友好を結びに来た王子にそちらが攻撃をしかけたようにしか見えんのだがな」
これを聞いて隊長は言葉に詰まり、悔しそうに唇を噛んで辺りを見回す。
「じゃ、じゃあこの武器は何だ! こんな物騒な兵器を持ち込むのは協定違反ではないのか?!」
そう言ってツヴァイの右手についているぴかぴかのロケットランチャーを指差した。
「キャンキャン吠えるなよ。羨ましいならその頭に一発お見舞いしてやってもいいんだぜぇ?」
にやりと笑って隊長に向かって武器を構えるツヴァイを手で制してクロミアは続けた。
「貴公は協定の内容をよく分かっていないようだな。決められているのは『中立地域で使用を認められる武器は人が携帯できる規模のものに限る』だ。ツヴァイ将軍の武器は携帯どころか体の一部だ。むしろ違反したのはそちらではないのかな? 許可なく戦車などを持ち出したということが明るみに出れば国際問題になるだろうな」
これにはさすがに隊長も黙り込むしかない。
「た、隊長。ここはもう引き下がったほうがいいですよ!」
今まで黙って後ろで話を聞いていた副官が遂に口を開いた。
「すみません。うちの隊長悪い人じゃないんですが、ちょっとアレなところがありまして。ここはなんとか穏便に済ませてもらえませんかね」
副官は素直に頭を下げてそう謝罪した。
「まぁ、我々も今回は忍びの旅ということもある。あまり
クロミアの提案に、副官はにっこりと笑って頷く。
「こら待てぇ! 貴様何を勝手に話をつけている! 大体アレってなんだ!」
「はいはい。大人しくしてください。氷の宰相に口喧嘩で敵うはずがないじゃないですか。帰りますよ」
じたばたと暴れる隊長を引きずるようにして副官は戦車の残骸の残る砂漠を後にした。
「まずは怪我人を治療しなければな。新しい水場に医療班を待機させておこう」
クロミアは無線で連絡を取ると、宿営地に向かって歩き出した。ツヴァイだけは戦車の片付けのためにその場に残った。戦闘があったという証拠隠滅と同時に、自分の体や武器のパーツを集めるという大事なお仕事なのだ。
「しかしこういう展開になるとはな……。邪魔な王子をアレするチャンスだったろうに」
やや不満げに漏らした言葉は砂漠の風に吹かれて消えた。
アビは傷ついたキルティンを支えながら宿営地に向かう。黙って歩きながら、さっきから気になって仕方がなかったことをいつ言い出そうかと思い悩んでいた。そうしているうちに、水場までもうすぐそこという所まで来てしまった。
「王子、さっきの話……」
「アビあのね、僕……」
二人は同時に顔を見合わせて口を開いた。
アビは心配そうにトゥーティリアの顔をじっと見つめ、彼の言葉を待った。
「アビ、ぼくね。王子をやめたの。王様になるのもやめたの。だからもう一緒にはいられないんだ」
アビはあまりの驚きに一瞬言葉を失った。すがるような表情でトゥーティリアに懇願する。
「王子、王子。そんなことを言わないで下さい。まだ王様になるチャンスはあります。私も精一杯お手伝いしますから」
二人の会話を聞いていたクロミアがぽそりと口を挟みました。
「ルーン将軍。その方はもう王子ではないそうだ。だからトゥーティリア様と呼ばなければ却って失礼に当たろう?」
その言葉にアビは火が出るような目でクロミアを睨みつけた。
「黙れ! 貴様が口を挟むことではない! それよりもさっさと先程の宝剣を王子にお返ししろ。黙って返せば命までは取らずにおいてやる」
アビの剣幕をクロミアは肩を竦めてやり過ごし、いよいよ近づいてきた水場の方へ目をやる。水場にはすでにキルティンのテントが張られて、子供達や家畜が広場で遊んでいた。
少ないながらも緑があり、綺麗な水の流れる水場を見つめて、ルクドゥはその大きな深い緑色の瞳を潤ませて小さく呟く。
「楽園に……導かれたのだな」
怪我をしたキルティンの戦士たちはテントに運ばれ、アトゥヤクや待機していた医療班によって治療が施された。それを見届けてから、ルクドゥはトゥーティリアの元へと歩み寄った。
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