第12話 長老との謁見
村の一番奥に一際立派なテントがあり、テントの前には松明の灯りが赤々と揺れている。ルクドゥはテントの前で立ち止まり、王子をじっと見つめた。
「実は我が父は…長は流行り病で臥せている。それでも構わないなら父は私の友に喜んで会うだろう」
「お父さん病気なの? 薬は飲んだの? 大丈夫なの?」
王子が心配そうにたずねると、ルクドゥはちょっと寂しげに笑みを浮かべた。
「長は薬を子供達に先に飲ませるように言ってまだ口にしないのだ。だが皆が良くなれば父も安心して飲んでくれるだろう」
ルクドゥはテントの入り口の布をめくって王子たちを招き入れた。そうして部屋の中にいる自分の父──長へと声をかけた。
「父上、長よ。獅子王の国の王子が使いと共に訪ねてくれた。薬の次は水を届けてくれたのです」
すると部屋の中からしゃがれた声が。
「入るが良い、漆黒の獅子王の息子。金の風の吹く丘の王子よ」
王子がアビの顔をのぞくと、アビは黙って頷き王子の手をとり部屋の中へ歩を進めた。どちらのものかは分からないが手には汗がにじんでいた。
部屋の中には火が焚かれ、良い香りがした。見回せば壁にはたくさんの獣の皮が飾られており、それは王子の図鑑にも見られない不思議な模様の毛皮ばかりだった。
族長は毛皮がかけられた低いベッドの中で半身を起こし、王子達を迎え入れた。年齢の割りに筋肉質だとは感じたが、こけた頬と落ち窪んだ目は病に取りつかれている事を如実に感じさせた。
「客人に茶を持て。香を焚け」
ルクドゥはうなずいて部屋の外の村の若い娘に声をかける。娘は焚き火の中に香木を折り入れた。オレンジ色の炎があがって部屋の香りが一層強くなった。
アビは膝を折り地面に座ると拳を床につけて深く一礼した。王子もアビを見ながら国を出る前に教わったその礼を真似る。キルティン族の敬意を表す礼の仕方は上手く伝わったはずだ。
「夜分に失礼致した。私はヴィリアイン近衛軍将軍のアビ・ルーン。こちらが第一王子のトゥーティリア殿だ。折り入ってご相談があり参上した」
続けて王子も挨拶をする。
「ヴィリアイン王国第一王子のトゥーティリア・ヴィリアインです。病気なのに起こしちゃってごめんなさい」
教わった内容とはちょっと違ってしまったが、聞いていた族長は目を細めて僅かに微笑んだ。
「こちらこそ客人を前にこのような格好で申し訳ない。茶を飲むがいい」
村の娘が珍しい器に入ったお茶を運んで来る。丸い玉を2つに割ったような木の実の器で、お茶はハーブのような不思議な香りがした。
「頂こう」
アビは王子を見てうなずくと、まず自分がゆっくりとお茶を飲み干した。王子もその様子を真似て飲む。お茶は少し苦くてハッカのような味がして甘い。王子は初めて飲んだそのお茶の美味しさに驚いた。族長も自分に運ばれたお茶を飲み干した。ルクドゥは嬉しそうにその様子を見ている。
これは客人の疲れを癒すお茶で、また同時に同じものを飲むことで敵意のないことを表す儀式も兼ねていた。まずはお互いに友好を認め合ったことになる。
「我が愚息から話は聞いている。カトゥムに薬、そして今度は水。我々キルティンはその王子に
族長は穏やかにそう言った。
「あ、あの……」
「王子、お待ちを」
緊張の面持ちで王子が口を開こうとしたところへアビが割って入る。
「一つ話し合いをしたくて我々はここへ来た。まずは話を聞いてもらえまいか」
族長はゆっくりと頷きアビを見つめた。アビはひとつ大きく息をしてから座ったまま手を膝につき、族長の目を見据え話を切り出した。
「本日トゥーティリア王子は、国王と同等の権限を持ちこちらへ参上した。この西域の八ヶ国は長き戦乱の時代から23年間の平和な時を経て、今再び緊張状態にある。いつまた戦いが起こるか分からない。そうなった時にキルティン族の力をお借りすることができれば、我がヴィリアインにとってこの上ない力添えとなるだろう」
静かなテントにアビの声が響いた。アビが一旦言葉を切ると、ぱちぱちと火が燃える音が辺りを包み込む。王子はぎゅっと拳を握ってアビと族長の様子を見つめている。
「勿論ただ協力しろなどとは申さぬつもりだ。そちらが提示する条件は可能な限り飲む所存。どうかこの件検討して頂き、また次にこうして話し合う場を設けて頂きたい」
そうしてアビは深々と頭を下げ族長の言葉を待った。王子も倣って頭を低く低く下げた。
「頭を上げなさい」
族長は穏やかに微笑んで告げた。アビと王子はゆっくり頭を上げる。
「心優しき王子と礼を知る忠臣に申し上げる。我々キルティンはこの星の全ての神々と神が遣わされたカトゥムの導きでこの大地を廻り続けている」
後ろに控えているルクドゥもやや緊張の面持ちで、族長の言葉に耳を傾けている。
「あなたがたは大地に線を引く民。大地の神を卑しめる者たちだ。我々が今その話をする事はないだろう。カトゥムが3度星を廻り楽園へと辿りついた時、再び私にその話をするが良い」
そう言って族長は静かに目を閉じ、再び静寂が訪れた。赤く燃えた薪がぱちりとはじけて崩れる。
アビと王子は顔を見合わせて目を瞬かせた。キルティン族特有の言い回しのせいか、それとも言葉の壁のせいか、族長が何を言っているのか二人にははっきりと理解できないのだ。しかし、事前に習ったキルティンとの交渉術では何度も同じ事柄について質問するのは野暮でとても失礼な事なのだという。聞き返すことなく、分からないなりにも何か答えなければならない。アビが口を開こうとした時、王子が切り出した。
「分かりました」
「お、王子?」
王子は族長にそう答えた。交渉についてはよく分からない彼だが、何よりも今族長に話さないといけないことがあったのだ。
「あの、実は僕、もっと大事な用があるんです」
族長は閉じていた目を静かに開いた。
「この村の近くの水場は病んでいるんです。あの、だから、僕、別の場所に水場を作ってもらったんです。ちょっと遠いけど、そこに移動してください。じゃないとみんな病気に……」
ルクドゥは驚いて垂れていた頭を上げ思わず立ち上がった。族長はその緑の瞳で王子をじっと見つめ、再び目を閉じてこう言った。
「我々キルティンはカトゥムの導きで旅をする。異国の民の導きは我々には不要だ」
「父上!」
ルクドゥは思わず声を上げた。
「口を閉じよ。今は王の権限を持つ者と族長の話し合いの最中だ」
その言葉にルクドゥは顔を曇らせ拳を握りしめた。
「ルクドゥよ、お前もよく覚えておけ。カトゥムが我々を病んだ水に導くなら、それも神の導きなのだ」
王子には族長が何故そんな事を言うのか納得できなかった。とてももどかしく涙が出そうになる。
「でも、子供達も、族長さんも、きれいな水があれば病気だって良くなるんだよ! どうして分かってくれないの? 村のみんなを守るのが族長さんの役目じゃないの?」
族長は穏やかな笑みを浮かべて首を振った。
「国へ帰るがいい、小さき王よ」
それきり族長は口を閉ざした。王子は何か言おうとしたが、言葉が出てこない。ただ、悲しくて、悔しくて、涙だけが後から後から溢れ出るだけだった。
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