第11話 使いどころ


 アビが行ってしまった後、王子はじっと考えた。生まれてから今まで考えたことがないくらい長い時間、一生懸命考えた。


「ええと、ええと。国境の中に入れないからルクドゥは水を使えないんだよね」


 王子は腕組みをしてみた。しかし今まで腕組みなどしたことがなかったので、どちらの腕を上にして組んでいいのか分からない。


「あれ、こっちかな? ううん、こっちかな?」


 そのうちどちらでもいいことに気が付いて、腕組みはやめた。ただ、とにかく今までになく必死に考えて考えて考え抜いた。


「ええと、ええと、水はここまで引いてきてるんだから……そうか!」


 王子はそっと部屋を抜け出して、誰にも見つからずに先程の庭にやって来た。庭ではまだ兵士達が忙しそうに作業している。


「ねえねえ。皆さんにお願いがあるの」


 王子が思い切って声をかけると兵士は作業をやめ、敬礼して王子の言葉を待った。


「あのね、あのね、ここのお水を国境の外に引いて、中立地区に水場を作って欲しいの」


 それを聞いた兵士は困った顔で答える。


「あの、王子。お願いを聞いて差し上げたいのですが、我々は命令されて工事をしております。勝手に工事の内容を変えたり、まして国境の外に何かを作ったりはできないのです」


 それを聞いて王子はみるみる萎れる。しかしここで諦めるわけにはいかない。王子はさらに尋ねた。


「あの、それじゃあ、誰がその工事を命令したの?」

「誰が、といいますか、王立議会で議決……つまり偉い人達が皆で話し合って決めたのです」


 王子はぽかんとしてその説明を聞いている。ずっと離宮にいる王子は王国議会など政治の中枢を見る機会がない。偉い人、と言われても誰も思い浮かばない。


「偉い人達。そうなの。一人では決めちゃいけないの?」


 兵士はうーん、とうなって考えた。


「ええと、そうですねえ。議会は皆で話し合う場所ですから。……ああ、でも陛下なら国王としての強行採決権をお持ちですから──つまり王様は偉いので一人で決めることができるのです」


 王子はふうん、と答え、そしてまた一生懸命考える。


「じゃあ、じゃあ、僕が王様になったら一人で決めてもいいの?」


 兵士はにこにことして答えた。


「はい、そうですよ。早く王様になれるといいですね」


 この時王子はわくわくと興奮気味だった。とてもいいことを思いついてしまったからだ。


「あのね、これね……」


 王子は部屋についたときに懐にしまっておいた宝剣を取り出す。宝剣は夕日に照らされてきらきらと輝いた。


 父王は「使いどころが肝心だ」と言っていた。今がきっとその時なのだと王子は思ったのだ。兵士は目玉が落ちそうな程に目を見開き驚いて、それを見つめた。


「これを見せると王様と同じくなれるって聞いたの。これでお願いすれば、水場を作ってもらえる?」


 兵士は青ざめた顔のままこくこくと黙ってうなずいた。



 夕食を済ませて日が落ち始めたころ、王子とアビはこっそり宿営地を抜け出した。きれいな水をタンクにたくさん汲んで、それぞれが背負って走った。

 キルティン族の村まではずいぶんと距離があったが、二人とも恐ろしく足が速かったので1時間ほどで到着することが出来た。


 今度は見張りの男が遠くから王子達を見つけて知らせてくれたので、ルクドゥが途中まで迎えに来てくれていた。


「おお、友よ。幾度となく我が村を訪ねてくれたこと心から感謝する」


 ルクドゥは笑顔で握手すると王子とアビの荷物を軽々と持ってくれた。


「お初にお目にかかる。私の名はアビ。アビ・ルーンだ」


 アビは笑顔でルクドゥに手を差し出した。


「我が名はルクドゥ。ルクドゥ・バナムクンだ」


 二人は固く握手を交わす。それを見て王子は心底嬉しそうに目を輝かせた。アビは王子にとって大切な存在だ。ルクドゥもやはり大事な友達だ。その二人が仲良くなるなんて、なんて素晴らしい事なのだろう。


「あのね、それね、きれいな水なの。良かったら使ってね」


 王子の言葉にルクドゥは驚いて荷物をまじまじと見た。


「友よ。お前の好意に私は言葉もない。私になにかできることはないか?」

「あの……」


 王子はいざとなると言葉が出ず、困って口ごもってしまった。そこへアビが1歩前に出て一礼し、口を開いた。


「ルクドゥ殿。実は今日はお願いがあってこうして訪ねて来たのだ」

「どのような願いでも言ってみてくれ。私はなんとしてもこの恩に報いたい」


 ルクドゥは穏やかな緑の瞳でアビをじっと見つめると、アビは黙って頷いた。


「実は我々はヴィリアイン王国からやってきた。こちらの族長にお会いしたいのだがお目通りは叶うだろうか」


 王子もその後に続いて告げた。


「あの、今までだまっててごめんね。僕ね、ヴィリアイン王国の王子なの。ここの一番えらい人に会うために旅をしてきたの」


 アビと王子が話すのを聞いたルクドゥは、それでもあまり驚いたような様子は見られなかった。


「うむ、知っていた」


 ルクドゥはふわりと微笑むと王子のマントを留めている金具にそっと指で触れた。金具には翼が生えた獅子──ヴィリアイン王家の紋章が刻まれていた。


「私もお前に言っていなかった。族長は私の父だ。付いてくると良い」


 そう言って王子の頭をひと撫でしてから村の奥へと歩き出す。王子とアビは顔を見合わせた後、慌ててルクドゥの後を追った。


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