第8話 ブルーエスカルゴ
もこもこのキャタピラに青い幌をつけた乗り物が、砂漠の大きな石の間に挟まっていた。その周りを2人の男が囲んでいる。
「居眠りするなら目ぇ開けてしろって言っただろうが!」
金髪の気が短そうな男が、大きな黒髪の男の尻を蹴飛ばした。
「だって、ずっと目を開けてると目が乾いちまうんだよアニキ」
男は泣きそうな顔で謝りながら乗り物を石の下から押していた。
「早くこの辺から出ないとよう、いつキルティンが追っかけてくるか、わかんねえだろうが」
金髪の男は心配そうにきょろきょろと見回した。
「もうちょっとだよ。もうちょっと」
情けない声で大きな男が答える。
その時、向こうのほうから何かが砂煙をあげつつ物凄い勢いで近付いてきた。
「うお、おい急げ! ありゃあキルティンかもしれねえ。薬草を取り返しに追っかけてきやがったんだぜ」
金髪の男が焦った声で叫ぶ。
「もうちょっとだよ。もうちょっと」
「てめえ、さっきからそればっかりだな!」
そんなことを言っている間に、人影はどんどん迫ってくる。
「おい、見ろ。ありゃあキルティンじゃねえな」
向こうから凄いスピードで走ってきたのは、青いマントを風になびかせた少年だった。
「子供か……脅かしやがって」
王子は青い幌の乗り物を見て、ぴたりと立ち止まった。
「こ、こんにちは」
アトゥヤクが言っていたのはこれのことだとすぐに分かったのだが、彼等は何か困っているようだ。王子はどう声をかけていいか迷って、しばらく黙って2人を見つめていた。
「おい、そこのガキんちょ。見てないで手伝え!」
金髪の男が、いきなり大きな声で怒鳴り散らした。相手がキルティンでないと分かった途端、すっかり気が大きくなったようだ。
「は、はいっ。ごめんなさい!」
王子は驚いて大きな声で返事をすると、一緒に車を押し始めた。うんしょ、うんしょと掛け声をかけながら3人で押しあげる。王子は体は小さいが、実はとてつもない怪力の持主。勉強よりも武道に重きを置くアビが、毎日王子を鍛え上げた賜物だ。乗り物はガリガリガリ、と大きな音を立てて石の間から脱出することに成功した。
「おお、ちびすけ。お前結構役に立つじゃねえか」
金髪の男に頭をぐりぐりと撫でられて、王子は嬉しくなり思わずえへへ、と笑いを漏らした。
「どこに行くのかわかんねえが、気をつけろよ。じゃあな」
もう用はないとばかりに、男達はそのまま乗り物に乗って行ってしまいそうになる。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
王子は慌てて引き止めた。
「あのっ、僕、おじさん達にお願いがあるの」
「おじさんって言うな! お兄さんだ! 俺達は一流配送会社ブルーエスカルゴのお兄さんだっ!」
「ご、ごめんなさい!」
金髪の男がまた怒鳴りだしたので、王子は慌ててぺこりと頭を下げた。
「……まあいいや、なんだよお願いって」
王子は青い幌の隙間からちょっと顔を出していた草を目ざとく見つけ、指差した。
その草はアトゥヤクが言ってた通りの、先がうずまきになった草で、車の荷台に山と積まれていたのだ。
「こ、このぐるぐる、少しください」
金髪の男は僅かに顔色を変え、薬草と王子を見比べた。
「なんだ、おまえガキのくせに目が利くんだな。これはキルティンの薬草だぞ」
「何に効くのかわかんないけど」
黒髪の男がぽつりと言うのを聞いて金髪の男はまた尻を蹴っ飛ばした。
「馬鹿かてめえは。キルティンの薬草が何に効くかなんか、見りゃわかんだろ。キルティン族はみーんな毛がフサフサだ。ハゲてるキルティンなんぞ見たことがねえ。この薬はな、フサフサの薬に決まってる」
金髪の男は胸を張り鼻高々だ。
「お前はガキんちょだからわからねえだろうがな、フサフサになる薬ってのは高く売れるもんなんだ。こいつは高いぞ!」
高い、と言われて王子は不安になってしまった。彼は買い物の経験がほとんどなく、物の値段が分からない。今持っているのは、出発のときにアビがこっそり渡してくれた2枚のコインだけだった。
「あの、こ、これで足りるかな?」
王子はおずおずとそのコインを差し出した。
金髪の男は目を丸くして思わず叫んだ。
「な、なんだこりゃ。き、金貨じゃねえか!」
アビが渡してくれたのは大きな金貨だったのだ。太陽の光の下でぴかぴかと黄金色に光り輝き、その価値を主張してくる。
それでも王子はまたまた不安になった。男が大きな声を出したのは、コインが2枚しかないせいだからだと思ったのだ。
「あの、や、やっぱり足りないよね?」
思わず恥ずかしそうに俯いてしまう。それを見て、男はこの少年の勘違いに気付く。とんでもないカモを捕まえたものだ。
「あ、ああ、そうとも。キルティンの薬は高いんだ。……何か他に持ってないのか?」
男は意地悪く更に対価を要求してきた。王子は困り果ててしまった。彼のリュックの中には宝剣が入っていた。そしてこの宝剣を王様にもらった時の事を思い出していた。
「どんな剣でも使いどころが肝心だ。よーく考えて使うんだぞ」
(使いどころが肝心……今がその時なんだろうか)
更に言われた事を思い出す。
「たとえ路銀に困っても、これだけは売るなよ?」
それを思い出し、王子は大きく頷いた。
(これは売ったりあげたりしちゃ、ダメだ)
でも、どうしてもこの薬を買って帰らなければならない。キルティンのあの子供達のために──。
王子は他にお金の代わりになるようなものがないか必死で頭を巡らせた。
「あ……」
母さまの腕輪が頭を過った。
「お、なんか持ってやがるのか?」
男は舌なめずりをするような顔を近付けてきた。王子は困っていた。あの腕輪は母さまの大切な形見。手離す訳にはいかない大切な物。それでも同時に王子の頭にはルクドゥやあの病気の子供達の姿が浮かんでいた。目の前にある薬をどうしても欲しいと思った。
王子は心を決めた。左の腕から母さまの形見の腕輪を外して男に差し出した。
「もう、これしかないんだ。お願い。その薬を少し分けてください」
深く頭を下げた。男は真っ赤なルビーに目がくらんで、しばらく黙り込んでいた。王子は不安になって男の顔を覗き込む。
「あの……」
男ははっと我に返って少年の手から腕輪をひったくるように受け取りポケットに仕舞った。
「し、しょうがねえなあ。じゃあ特別だぞボウズ」
そう言って、薬草1束をぽいと投げてよこした。
「ありがとうございます」
王子はそう言って頭を下げた。
「いいってことよ。ただしこのことは内緒だぞ。これは特別だからな」
男はそう王子に口止めすると、そそくさと乗り物に乗り込みあっという間に走り去って行ってしまった。王子は受け取った薬草の束を見つめ、そっと撫でた。腕輪を外してしまった左の腕はちょっとさびしくなってしまったけれど、村の子供達の顔を思い出すと心が軽くなった。
「これでみんな、治るといいなあ」
ぐずぐずしている時間はなかった。王子は元来た道を目指して再び駆け出した。
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