第170話 屋敷に侵入



 俺はティナ達と別れて、その貴族の屋敷の屋根に飛び移った。


 まずは屋敷の中に入らないと始まらない。

 窓には全て鍵が閉まっていて、どこも開けられない。


『エリック、聞こえる?』

「ああ、聞こえるぞ」


 もうすでに大声を出さないと声が届かないくらい距離は離れているが、魔法の効果でニーナの声が鮮明に耳元まで届いてきた。


『屋敷の構造を軽く説明するけど、四階建て地下にも部屋がいくつかある感じよ』

「怪しい部屋があるのはどこだ?」

『三階の角の部屋、この屋敷の中で一番狭い部屋で、窓もない部屋よ』


 こんな貴族の屋敷の三階にある部屋で、窓がないなんてとても珍しい。


 窓がないから割って入ることは出来ない。

 まあもともと絶対に証拠が残ってしまうから、窓を割って入ろうなんて考えてはいないが。


『一番安全で効率的に入れる場所は、二階にあるベランダのところ。ベランダから入れる部屋には誰もいないし罠もないわ』

「わかった」


 ニーナの言う通り、俺は気配を消して足音も極力立てずに移動し、屋敷の二階のベランダに到着する。

 ベランダから入れる部屋は、カーテンが閉め切られていて中は何も見えない。


 ここから部屋の中に入るには、この大きな窓を開けなければならないが、もちろん鍵は締まっている。


『窓を壊すのはダメよね?』

「ああ、もちろん」

『じゃあ外しましょう』

「はっ?」


 ニーナの声がそう聞こえた瞬間、何枚かある大きな窓の一枚が、ガッと音を立てて外れて、ベランダ側に倒れてきた。

 そのまま倒れたら割れる、割れなくても大きな音が鳴るので、俺は慌ててそれを受け止めた。


「い、いきなりやるな……!」

『ごめん、だけどこれしか手がないから。帰る時にまたここから出て、その時に直せば元通りでしょ』

「まあそうだが……」


 まさか侵入の仕方が、こんな大胆な方法になるとは思っていなかった。

 だが正面から入るのは警備兵がいるので難しいし、帰るときまでにバレなければ大丈夫か。


 外した大きな窓は部屋の中に入れて静かに立てかけておく。


 この部屋は誰かの寝室なのか、シンプルなベッドがあるだけだ。

 だがそのベッドは大きく、天蓋が付いているものだった。


 こんな天蓋付きの大きなベッドがあるということは、やはりここは相当名高い貴族の家なのだろう。


「これから屋敷の中に入っていくが、どのくらいの人数が屋敷の中にいる?」

『一階には十人以上いるけど、二階には四人、三階には二人しかいない。四階には一人もいないわ』

「そうか、二階と三階の廊下にいる人はいるか?」

『二階には一人もいない。けど三階の怪しい部屋の前の廊下に一人、そこを守っているみたいに警備兵が一人いる』


 警備兵が一人そこにいるということは、その怪しい部屋にやはり守りたい何か、見せたくない何かがあるということだろう。


『その怪しい部屋の前にある罠とかは、警備兵をなんとかしないとまず辿りつかないわ』

「つまりおそらく、その警備兵も罠とかを解けるわけではなさそうだな」


 むしろここの貴族の主人とかに信頼されていないのであれば、部屋の前の廊下に罠があることすら知らないのかもしれない。


「とりあえず三階のその警備兵のところまで行く。案内を頼む」

『わかったわ』


 そして俺はニーナの指示通り、ベランダから入った部屋を出て二階から三階へ続く階段の方へ行く。

 屋敷の中の廊下は絨毯なので、足音がほとんど響かないので気配を消しやすかった。


 足音を立てず気配を消して、バレないように慎重に、だが速く移動して階段の方へ向かっていたのだが……。


 突如俺の耳に、ニーナの慌てた声が響いた。


『っ! エリック、今目の前にあるドアから、人が……!』


 瞬間、廊下の右側にあるドアが開いた。

 廊下側に開くドアで、しかも幸運なことに出てきた人物と俺はドアが陰になっていて、見えていない。


 息を飲む音も出さずに、俺は開かれたドアに隠れて様子を伺う。

 ここで姿を見られたらまずい。


 俺の技術とティナの魔法で気配を消してはいるが、流石に直接人に見られたら終わりだ。


「ふぁぁ……主人様も人使いが荒いなぁ。こんな夜遅くまで仕事をさせるなんて」


 欠伸をしながら何か書類を手に持って出てきた男性。


 ドアを閉めて左側……つまり、俺がいる方向へ歩き出そうとするのがわかった。


 瞬間、俺はドアを閉められる前に上へとジャンプをする。

 ドアを陰にしながらドアを飛び越えるようにジャンプしたので、その姿は男性には見られていない。


 着地する時も音を出さないようにし、男性とドアを飛び越えて背後に立つことに成功した。


「これをまたあの人に見せて……その続きは明日かな? はぁ、早く寝たいぜ」


 そんなことを言いながら男性は何も気づかず、俺が来ていた廊下へ歩き出していった。


『さ、さすがエリック、見つからずに済んだわ』

「めちゃくちゃ焦ったけどな」


 小さな声でそう返したが、手の平には汗がにじんでいた。


 とりあえず早く怪しい部屋に行って情報を手に入れるために、また慎重に屋敷の中を移動して三階へと上っていった。

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