第164話 救出成功だが…



 エレナの妹……エルシェは、目を覚ました。


 いつものふかふかのベッドではなく、少し固い感触を背中に感じながら。


「んっ……おにい、ちゃん……?」


 うっすらと目を開けて、最初に見えた人影。

 確信はなかったが、いつものように癖でその人を呼んだ。


「ん……なぁに、エルシェ?」

「えへへ……お兄ちゃんだぁ……」


 やはりエルシェが想像した通り、そして期待通りの人物で、ついつい笑みが溢れる。


 エルシェはどうやら、仰向けで寝転がっているようだ。

 そして上を見れば近くに愛しのエレナの顔がある。


 エルシェの頭の下に柔らかいけど少し固い、エレナの太ももがある。

 いつもの枕よりも寝心地が良い、最高の膝枕であった。


「んん……お兄ちゃん……」

「ふふっ、エルシェ、まだ眠い?」


 いつもは寝起きが良いエルシェだが、今日はなぜかまだ眠たくてしょうがない。


 また意識が遠のいて、眠りの世界へと誘われていく。


「疲れたでしょ……安心してお眠り、エルシェ。僕が絶対に、守ってあげるから」

「うん……お兄ちゃん……おやすみ……」


 エレナの優しい手が、エルシェの頭を撫でてくれる。

 とても温かく、安心する。


 そのままエルシェはまた、眠りについた――。



 エルシェが目を閉じて、深い睡眠に入ったのをエレナは確認する。


「――がふっ……!」


 瞬間、エレナは大量の血を吐いた。


 寝ているエルシェにかからないよう、横を向いて手元に口を当てたが、少しだけかかってしまった。


「ごほっ、ごほ……! ごめんよ、エルシェ……綺麗な君に、僕の汚い血が、かかって……」


 来ているローブの内側で、手についた血を拭く。

 万が一にでもエルシェが起きて、心配させないように。


 エレナは、第五研究所からエルシェの奪還に成功した。


 しかし最後にイニゴが研究所内で発生させた、あの強い光。


 あれはエルシェの長年実験体にされてきたエレナにだけ効く、毒のようなものだった。

 あの光を浴びてしまうと、エレナは満足に行動が出来なくなってしまう。


 実際、あの光には特に何の効果もない。

 ただ長年受け続けた、条件反射みたいなものだ。


 エレナが実験体になってた際に、強力な光を浴びせられると、激痛が走るという拷問のようなものがあった。

 それを数年間も浴び続けたので、あの光を浴びると身体に激痛が走るようになってしまったのだ。


 だから第五研究所であの光を浴びた瞬間、エレナはとんでもない激痛が身体中に走り、意識を失いかけた。

 しかしエルシェを助けないといけない、という強い想いで、気絶をなんとか免れた。


 そしてイニゴを殺そうとしたのだが、エレナが光を浴びて苦しんでいる間に、あの場にいた肉人形達に命令をしたのだ。

 エレナを捕らえろ、自分を背負って逃げろ、と。


 三人いた内、二人がエレナに襲いかかってきた。

 そして一人が、イニゴを背負って逃げたのだ。


 まだ激痛が身体に残っている時に、実験体になって意識もない人形とはいえ、とても力が上がっている二人を相手するのは、厳しかった。


 実際死にかけたが、なんとか倒してエルシェを背負って脱出したのだ。


 逃げ出したのはいいが、イニゴを仕留め損なったのが痛い。


 あいつはおそらく、いや、確実にエレナとエルシェを追ってくるだろう。

 実験体である自分を逃そうとはしない奴だ。


 第五研究所でイニゴが「エレナを捕らえろ」と言ったのが、その証拠。

 あそこまでイニゴに攻撃を仕掛け、殺そうとしたにもかかわらず、エレナを殺そうとはせずに捕らえようとしてきた。


 本当だったらあのままあそこで捕まえられて、エルシェを使って実験をされるところだったのだろう。


「そうは、させない……!」


 エレナはエルシェを起こさないように立ち上がり、彼女を横抱きにして持ち上げる。


 まだ身体は肉人形に攻撃された傷が残っているが、そんなことは言ってられない。

 第五研究所からは少し離れたが、追手が多く出されたら見つかって捕まる可能性が高い。


 いつもは羽のように軽いエルシェの身体も、今のエレナの力じゃ重く感じてしまう。


「ふふっ……可愛い寝顔だね」


 だけどその寝顔を見れば、力も湧き上がってくる。


 必ず、守る。


 あのイニゴが敵に回ったことにより、厄介なことこの上ないが、関係ない。

 絶対に、エルシェを守るんだ。


「あはは……こんな時に、頼れる誰かがいればいいなぁ、なんて思ってしまうけどさ……」


 エレナを助けてくれる存在なんて、全く当てもない。


 ……一瞬、頭をよぎる。

 ベゴニア王国にいた頃の、仲間、友達。


「何を考えているんだか……僕自身が、捨てたんじゃないか」


 捨てた、なんてもんじゃない。


 裏切ったのだ。


 それをこんな時になって縋るなんて、何を考えているんだか……。


「一人で、やらないといけないんだ……! エルシェを、守る……!」



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