第162話 人質に



 長年の習慣なのか、いつも起きてすぐに意識が覚醒する。

 生まれてこの方、二度寝や朝ボケなどしたことがない。


 眠りから、意識が浮上してくる瞬間……違和感を感じた。


「っ!?」


 すぐさま上体を起こし、横を見る。

 僕のベッドの隣にいたはずの、妹のエルシェの姿が……なかった。


「っ! エルシェ!!」


 僕が今いる部屋は、エルシェの部屋だ。

 彼女がこの部屋を出る時なんて、ほとんどないはずだ。


 いや、ほとんどじゃない。

 全くない。


 彼女は衣食住を完全に与えられているが、この部屋の中だけの自由しかない。

 何年も、彼女は自由というものを知らない。


 この狭い部屋の中しか知らず、外のことは小さい頃に見た地下街の光景しか知らないはずだ。


 だけど今、エルシェがこの部屋にいない。

 この部屋から出ることなど、あいつに許されていないはずなのに。


 つまり……あいつが……!


「くそっ!!」


 僕はベッドから降り、部屋のドアを蹴破るような勢いで外に出る。


 なぜ僕は気づかなかった……!

 昨日、拷問のような実験を受けたからか……!


 もしかして今回の実験も、あいつがエルシェを狙うためにやったことなのか!


 ここは貴族であるあいつの家だから、かなり広い。

 エルシェの部屋が地下深くにあり、そこから上に行くのは結構時間がかかる。


 僕が全力で駆け上がっても、数分かかってしまう。

 体力がないエルシェ一人だったら、おそらく上るよりも前に体力が尽きてしまうだろう。


 つまりエルシェが一人で、部屋から抜け出して上へ行ったのではない。


 全速力で上へ行き、地上の階に着く。

 ここはあの貴族の数ある家の中の一つ。


 外から見える分はそこまで広くないが、地下が広い家だ。

 エルシェの部屋は一番地下深くにあり……他の地下の部屋には、いろんな用途の部屋がある。


 昔、僕もそれらの部屋で実験をされていたが、今はこことは違うところで実験されている。


 もしかしたら、そこに……!

 あのクズ貴族が、エルシェをそこに連れて行っていたら……!


 絶対に、殺す。

 どんなことをしてでも、僕の全てをかけて、絶対にだ。


 この屋敷には数人、執事とメイドがいる。

 その人達がエルシェの料理などを作ってくれたり、この屋敷の掃除などをする。


 僕はその人達がいる部屋へ向かう。

 もしかしたらエルシェの居場所を知っているかもしれない。


 執事やメイド達はエルシェと関わることを禁止されている。

 エルシェに食事を渡す時も、絶対に喋ってはいけないと言われていた。


 だがそれでもエルシェの顔を知っているから、どこかに連れていかれたのを見ているのであればわかるはずだ。


 執事達がいる部屋に行き、急いでいたのでドアを叩くこともなく開ける。


「なっ……!?」


 部屋の中は、血で溢れかえっていた。

 執事達が全員、血だらけで倒れているのだ。


 殺し屋をしているので一瞬でわかったが、もう全員死んでいる。


 なぜ、この人達が死んでいるんだ……?


 死体の様子を見て、いつ死んだか調べる。

 だいたい、三時間前に殺されたようだ。


 憶測でしかないが、その時間のこの屋敷で何かがあった。

 おそらくエルシェが連れていかれたのも、その時だろう。


 メイドがいる部屋にも行ったが、やはりというべきか、全員殺されていた。


 ナイフで数度、身体を刺されている。

 エルシェを連れて行くのに、この人達を殺す必要があったのか?


「……ん? あれは……」


 メイドの部屋のテーブルに、紙があった。

 血に染まっている部屋の中に、一つだけ浮くように真っ白な紙。


 ほぼ確実に、この惨状をやった奴が置いていったものだ。


 血生臭い部屋の中を歩き、紙を取る。

 そして……その内容を読むにしたがって、僕は怒りに身体を震わせる。



『貴様の妹を人質にした。無事に返して欲しければ、第五研究所に来るがいい』



 これは、そういうことだ。


 あのクズ貴族が、僕との約束を破った。


 僕の妹に、手を出した。

 手紙を読む限り、まだ手を出していないのかもしれない。


 だが、関係ない。


「殺す……! エルシェに手を出したのなら、絶対に殺す……!」


 僕のエルシェを攫い、危険な目に遭わせたのだ。


 絶対に、殺してやる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る