第161話 実験後



 拷問という名の実験が、終わった。


 何時間、何日続いたのか、わからない。

 いつ終わったのかも、わからない。


 ただ僕が覚えているのは、地獄のような痛みをずっと受け続け、気づいたらそれが終わっていたということだ。


 僕は実験を受けている間、記憶が飛んでいることが多々ある。

 最初の方はしっかり覚えていたんだけど、最近は結構忘れる。


 おそらく脳が、僕を守ろうとした結果だろう。

 ずっと拷問ののような実験を全て覚えていたら、僕が壊れてしまうから。


 だから今も、いつ実験が終わったのかわからない。


 僕は気づいたら、エルシェの部屋の前にいた。

 まだドアは開けていない。


 いつもそうだ。

 実験を受けて記憶が飛ぶと、いつもここで目が覚めるように意識が戻る。


 しっかり自分の足でここまで来ていることは確かだろう。

 だけど……やはり、記憶がなくとも、身体には実験の痛みや苦しみが残っている。


 今にも足に力が入らず、地面に倒れてしまいそうだ。

 身体中痛い、痛くないところなんてない。


 だけど、それでも……僕は、痛みを顔に出さずに、ドアを開ける。

 笑顔は、浮かべようとしなくてもいい。


 だって、エルシェを見れば、勝手に笑みが溢れるのだから。


「……エルシェ、ただいま」

「っ! おかえり、お兄ちゃん!」


 僕はその声を聞くために、その姿を見るために、生きているんだ。



 実験は、三日間ほど続いていたみたいだ。

 今までのことを考えれば、長くもなく、短くもない。


 一番長い実験は、二週間くらいやっていた覚えがある。

 その頃から、僕は実験最中の記憶がなくなっていることが増えた。


 数時間とかで実験が終わることもあった。

 だから今回の実験は、平均的な長さだろう。


「ごめんね、エルシェ……今日も、疲れたから……一緒に寝ていい?」

「もちろん! 一緒に寝よう!」


 エルシェはもちろん、僕が拷問のような実験を受けていることを知らない。


 僕が疲れている理由は、仕事が大変ということにしてある。

 実際、僕が実験を受けているのが、仕事みたいなものだ。


 ベッドに潜り込み、正面から抱きしめるように一緒に寝転がる。


「えへへ……私も大きくなったから、ベッドが狭いね」

「ふふっ、そうだね……ベッド、大きくしてもらう?」

「ううん、大丈夫。お兄ちゃんとくっついて寝るから、小さくてもいいの」

「……ありがとう」


 本当に、癒される。

 身体中の痛みが、少しずつ和らいでいく気がする。


 実験はとても辛い、死ぬほど辛い。

 出来ることなら受けたくないが、一つだけ……いいことがある。


「ねぇ、お兄ちゃん。今日は朝まで一緒に寝れる?」

「……うん、寝れるよ。朝起きたら、いなくなってることは、今日はないから」

「えへへ、よかった……嬉しい」


 実験があった日は、確実に朝までエルシェと一緒に寝れる。


 いつもはエルシェが寝てから、僕は暗殺の仕事などで抜け出すことが多い。

 エルシェが起きる前に戻ってこれればいいんだけど、さすがに毎回そのようなことは出来ない。


 いつもエルシェには、寂しい思いをさせてしまう。


 だけど今日は、絶対に仕事で抜け出すことがない。

 あいつらも僕が実験で死ぬほど疲弊していることがわかっているので、今日は仕事を入れることはないのだ。


 だから……実験があった日は、確実に朝まで、何も考えずにエルシェと一緒に寝ることが出来る。


 これだけは……嬉しいことだ。


「おやすみ、エルシェ……」

「おやすみなさい、お兄ちゃん」


 そして僕達は、眠りについた。



 ◇ ◇ ◇



 その男は、実験の記録を確認している。


 先程までやっていたエレナの実験記録と、昔の記録を見比べる。


「ふむ、まだ伸びてはいるが……伸びが悪いな」


 最強の人間を作り出す。

 それが、その男の目標であった。


 貴族である男は、力が欲しいのだ。

 それは自分の地位、権威を上げるための力。


 そのために、力がある手下が欲しいのだ。

 だがいろんな傭兵や殺し屋を金で雇っても、最強には敵わない。


 ハルジオン王国のセレドニア国王のように、一人で国を作り上げるような強さが欲しいのだ。

 だがその男は戦いの才能はないので、自分で最強を作り上げることにした。


 それが、この実験である。


 十数年間で、今まで何十人、何百人と実験をしてきた。

 その中で生き残っている者は、ごく僅か。

 一年も生きている者はほとんどいない。


 ただ例外、エレナ・ミルウッドを除いて。


 あれはこの実験に最適な者だ。

 最強になれる者である。


 だが……久しぶりにやった実験では、あまりにも数値の伸びなどが乏しい。

 このままでは男の野望は、遠のいてしまう。


「何か……刺激を加えないとな」


 実験では刺激として、痛みや苦しみを与えている。

 だがエレナは、それらを与え過ぎてしまっているので、耐性がついているのだろう。


 他に、エレナに与える刺激になるものは……。


 少し考えれば、一瞬で思いつく。

 エレナが絶対的に、大事にしている者。


 あれを使えば、エレナにこの上ない刺激を与えることとなるだろう。


 しかしそれは、男にも危険が及ぶ可能性が非常に高い。


「……まあいい。いづれ、その橋は渡らないといけないと思っていた。準備をしておこう」


 男は悲鳴が響く実験室から出て、自室へと向かった。



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