第159話 顔から火が



 ――クリストside――



「ふふっ……んっ……! ごめん、なさい……ふっ、イレーネ……」

「ア、アリサさん、笑すぎです……!」


 俺の目の前では、とても可愛らしい女性が二人。

 どちらも顔を真っ赤にしている。


 その理由はそれぞれ異なり、アリサは面白すぎて、笑いすぎて顔を赤くしており。

 対してイレーネ王女は、これ以上なく恥ずかしいというように耳まで真っ赤に染めていた。


「ふっ……んんっ」


 俺も……声を出して笑うのを我慢するのに、めちゃくちゃ必死になっている。


 つい先程のエリックと、イレーネ王女の会話。

 言っちゃ悪いが、めちゃくちゃ面白かった。


 他人の恋愛事情はここまで面白いことを、初めて知った。


 アリサがいつも他のメイドに俺との関係を聞かれるらしいが、今まで「そんなこと聞いて何が面白いのか」と思っていた。


 考えを改めよう。

 めちゃくちゃ面白いわ。


 だけど自分の恋愛事情を聞かれるのは、あまり楽しくないからな。

 今度エリックに会う時は、気をつけて聞かなければいけない。


 聞かないという選択肢はないな、楽しそうだし。

 前に俺もアリサのこと聞かれたから、お返しだ。


「はぁ……ごめんなさい、イレーネ。とても面白かったわ」

「わ、私は顔から火が出るほど恥ずかしかったのですが……!」

「大丈夫よ、火は出てないわ。熱は出てそうだけど」

「そういうことじゃありません!」


 おい、アリサ、やめとけ。

 それ以上イレーネ王女をからかうな、俺が笑ってしまうだろう。


「ア、アリサさんが、いきなりエリック様と話せって言うから……!」

「だけどイレーネだって、エリック様と話したいって言ってたじゃない」

「そ、それでも、急すぎて……! エリック様に変な人だと思われてしまったら……!」

「大丈夫、それはないから」


 ああ、アリサと同意見だ。

 それは絶対にないな。


 エリックはなぜかイレーネ王女と会う前から、ずっと好きだったようだから。

 イレーネ王女のことを嫌うなんて、絶対にないだろう。


 むしろエリックが「イレーネに嫌われてたらどうしよう……」とか思ってそうだ。


「で、エリック様と話してみて、どうだった?」

「ど、どうだったって……」

「楽しかった? 嬉しかった?」

「も、もちろん嬉しかったです。それに、あんな……優しい声で、あんなことを言われたのは……!」

「『よかったな、イレーネ』」

「――っ!?」


 えっ、すげぇな。

 アリサがエリックの声真似をしたのだが、結構似てる。


 いや、魔道具越しの声に似せているからか、対面して喋るエリックの声とは少し違うが、イレーネ王女にはわからないだろう。


「『イレーネには魅力がある』」

「や、やめてください、アリサさん……!」

「『イレーネ、愛してる』」

「エリック様はそんなこと言ってないですよね!?」


 二人がとても仲良さそうで何よりだ。


 イレーネ王女が死ぬほど恥ずかしがっている様子を、エリックにも見せてやりたい。

 おそらく可愛すぎて悶絶すると思う。



 しかし、本当にエリックはイレーネ王女とどういう関係なのだろうか。


 イレーネ王女の反応を見る限り、エリックとは初対面なはず。

 前に一度少し顔を合わせただけで、先程の会話もしっかり話すのは初めてだったようだ。


 だがエリックは、イレーネ王女と親しいように話す。


 まるでどこかで会って……恋人にでもなったかのように。


 だがそれはありえない。

 エリックはずっと生まれた村で暮らしていたはずだし、イレーネ王女と会う機会なんて皆無だ。


 だがそれでもあいつは、イレーネ王女と友達のように、恋人のように話していた。


 ……どういうことなのだろうか。



「皆様、そろそろ馬車から降りるようです。ご準備ください」


 アンネが一言、そう冷静に言った。


 そうだ、俺達は街を案内されるという程で、囮になる作戦をしていたのだ。


 急な親友の恋愛事情を見てしまい、すっかり忘れていた。


 イレーネ王女とアリサもそれを忘れていたのか、少し気まずそうに姿勢を正す。


「もう周りを調べ終わったのか?」

「そのようです。危険はないと判断して、下車します。エリック・アウリン一同の方も、殺し屋を捕まえたようなので」

「わかった」


 確実に一人はいると事前の情報でわかっていたので、エリックがその一人を捕まえたことにより下車することになったようだ。


 まだ完全に安全とは言えないが、ずっと馬車から降りなければ意味がないだろう。

 俺達は囮なのだから、姿を現さなければ。


「クリストファー王子、そしてイレーネ王女。外に出てからはもちろん、私達兵士があなた方をお守りいたします。ですが何が起こるかわかりません。十分お気をつけください」

「わかってる」

「はい、わかりました。お気遣いありがとうございます」


 これでも俺はそこらの兵士よりも強い自負がある。


 騎士団の副団長と、魔法騎士団の副団長にずっと訓練をつけさせられてるんだ。

 他の兵士よりも厳しい訓練を受けているのだから、さすがに普通の兵士よりも強くなる。


 ……もちろん団長や副団長、それにエリックのような例外を除くが。

 強すぎるんだよな、マジで。


 副団長のリベルトに何十回、何百回ぶっ倒されたことか。

 エリックとも何回か一対一をしたが、勝てる気が全くしない。


 やっぱりベゴニア王国最強の兵士二人は、本当に強さの格が違う。


「アリサさんも、もしもがあれば私達が守るので、ご安心ください」

「はい、アンネ様。よろしくお願いいたします」


 俺とイレーネ王女が狙われているとわかっているのに、アリサは俺達と離れない。

 自分で身を守る術がないのに。


「アリサさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、イレーネ。そう危険な目には逢わないわ」

「……」


 楽観的にそう言うアリサ。

 だがこいつは、ただ楽観視しているわけじゃない。


 むしろ一番危険性をわかっていて、俺達の側を離れないのだ。


 アリサは最悪、自分を盾にして俺やイレーネを守ろうと思っている。

 何年付き合いがあると思ってるんだ、俺はわかってるぞ。


 そんなことさせるか。

 アリサが犠牲になるくらいなら、俺は自分から死を選ぶ。


「アリサさん、私から離れないでくださいね――私が絶対に、守りますから」

「っ! え、ええ、わかったわ、イレーネ」


 ……なんだ今の、めっちゃカッコいい。

 アリサも頰を赤らめてるんじゃねえよ、女同士だろ、友達だろ。


 ……えっ、もしかして、俺の恋敵が出現した?


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