第158話 初めての会話



 俺は殺し屋を捕らえたので、アンネ団長に連絡をした。


 その時に側にいたクリストが、アンネ団長と替わって魔道具越しに話した。


 今回はあいつが狙われているので、無事に元気でいてくれて何よりだ。

 毒殺とかも考えられるから、食事にも気をつけて欲しいな。


『エリック、ちょっと替わる』

「ん? ああ、わかった」


 雑談をしていると突如クリストがそう言って、誰かと替わる。

 十中八九、アンネ団長だと思うが。


 あいつが無理やり奪い取るように替わったのだから、当然だろう。


 俺は親友と話す口調から、しっかり上司と話す心構えに切り替える。


『……あ、あの、エリック様……』

「はい……ん? あれ、アンネ団長じゃない……?」


 女性の声だったが、アンネ団長ではなかった?


 誰だ……クリストのメイドさんの、アリサさんか?


 いや、待て。

 さっきの声、俺は聞いたことが……!


『そ、その、イレーネ・ハルジオンです……』

「はっ!? イレーネ!?」


 その言葉に、その声に、俺は大声を上げて驚いてしまった。


 ハッとして口を塞いで周りを見る。

 俺は今殺し屋を探すために隠れて行動をしているんだ。


 こんな大声を上げては、任務に支障が出てしまう。


 幸いにも周りには誰もいなかったが……。


 俺は深呼吸をして、また魔道具に耳と口を近づける。


「えっ、いや、その……なんでイレーネが……?」

『っ……その、私もわからず……申し訳ありません……』

「あ、いや、イレーネに謝らせたいわけじゃないんだ」


 なんだ、なんで俺は魔道具越しにイレーネと話しているんだ?

 この状況はどういうことだ?


 クリストがいきなり、イレーネに渡したのか?


 いや、だけどそんなことあるか?

 一国の王女に魔道具を渡して、ただの兵士である俺と話しをさせるなんて。


 クリストは俺がイレーネのこと好きって気づいてるのかもしれないが、この状況でそんな失礼なことしない……と思う。


「なんでイレーネが、魔道具を……?」

『あ、あの、ご迷惑だったでしょうか……?』

「め、迷惑じゃない! 俺は、イレーネと話せて嬉しいが……!」

『っ……!』


 ちょっと待って、ちょっと待ってくれ。

 一旦落ち着かせてくれ。


 俺は今、何かとんでもないことを言っているのではないか?


 いや、嬉しいんだ。

 イレーネと話せて嬉しいのは確かだ。


 前世で愛し合った女性と、今世で初めて魔道具越しであるが話している。

 前に一度だけ会ったが、その時はほとんど話せなかった。


 なので今話せていることは、めちゃくちゃ嬉しい。


『あの、私もわからないのですが……アリサさんに、エリック様とお話しするように言われて……』

「アリサさん? えっ、なんで?」

『わ、私もわかりません……』


 なんでクリストのメイドのアリサさんが、イレーネと俺が話すように仕向けた?


 もしかしてあの人も、俺がイレーネのこと好きって知ってる?

 クリスト、お前話したのか? 今度絶対に問い詰めてやる。


 というかアリサさん、めっちゃ失礼じゃないか?

 一国の王女に、そんなこと言ったのか?


 さっきから疑問しか頭に浮かんでこない。


『あっ、その、アリサさんに無理やり言われたわけじゃなく……罰ゲームで……!』

「罰ゲーム?」

『あっ、はい、アリサさんと友達になりまして、それで……』

「えっ、友達になったのか?」

『は、はい……』


 イレーネに、友達……。

 そうか、そうか……。


「よかったな、イレーネ。友達が出来て」

『えっ……?』


 俺とイレーネは最初友達みたいな関係だったが、どちらからともなく男女の関係になった。


 そしてその時に話していたのは、友達が欲しいと言っていた。

 特に同性の友達が欲しい、と。


 だけど前世では俺達は逃げてる身だったから、なかなか他の人と関わることはなかった。


 だから前世では、死ぬまで友達が出来なかった。

 今世では、友達が出来たようで良かった。


『あ、ありがとうございます……』

「いや、俺にお礼を言われてもな。イレーネが行動して友達になったんだから、イレーネが凄いんだろ」

『い、いえ、アリサさんがとても優しくて、私なんか友達になってくれて……』

「なんか、じゃない。イレーネに魅力があったから、アリサさんも友達になってくれたんだ」

『あうぅぅ……!』


 なんか最後変な、とても可愛い鳴き声が聞こえた。


 初めて聞く声だ、前世でも聞いたことは……?


 ……あれ、ちょっと待て。

 俺、前世のイレーネと話す感じでめっちゃ喋ってなかったか?


 今世での俺は、イレーネと全く会話したこともない。

 むしろ立場も全く違う、一国の王女と他国の兵士。


 ……やばいやばいやばい!

 アリサさんが失礼じゃないか、とか考えてる場合じゃなかった!


 現在進行形で、ずっと失礼なことしてたの俺だった!


『も、もう無理です、すいません、替わります……!』

「あっ、イレーネ! ……様!」


 イレーネはいきなりそう言って、もうイレーネの声が聞こえなくなってしまった。


『……エリック・アウリン』

「っ! は、はい、アンネ団長でしょうか?」

『そうです』


 次に聞こえた声は、アンネ団長の淡々とした声だった。


『そちらからの連絡は以上ですか?』

「は、はい、そうです。また何かあったら連絡します」

『わかりました……それと、他国の王女を唆さないよう、気をつけなさい』

「えっ!? そ、そんなことは……!」

『では、また』


 アンネ団長はそう言って、すぐさま魔道具の連絡が途切れてしまった。


 ……はぁ、本当にやらかした。


 イレーネに嫌われてたらどうしよう……。



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