第148話 断る依頼、そして



 ――エレナside――



「これは無理だよ」


 僕はその依頼を見て、冷静にそう言った。


 ベゴニア王国の王と王子を殺す依頼。

 確かにそれを達成出来れば、裏世界だけじゃなく、表の世界でも名が知れ渡るだろう。

 それが良い意味なのか悪い意味なのかは別として。


 だがこれは、どう考えても無理だ。


「なぜだ? こんなチャンス、滅多に……」

「これがチャンス? 本当に思ってる? どう考えても罠でしょ」


 こんな大変な時期に、親交がある国に王と王子が訪れる?

 ベゴニア王国の王と王子がそんな馬鹿なことを、何も考えなしにするわけがない。


 スパイとはいえ、数年はあの国に僕はいたのだ。


 レオナルド王とクリストファー王子がとても優秀なことを、僕は知っている。


 そしてレオナルド王が、やりそうなことを。


「多分これ、リンドウ帝国の貴族とかをおびき出す罠だよ。王と王子が囮になって、ね」

「何? 国の王と王子が囮になるだと? そんな馬鹿なことを……」

「するんだよ、レオナルド王は」


 そこらの普通の王とは違う。


 まず、レオナルド王は強い。

 魔族の国だったら強くないと王になれないが、ベゴニア王国は違う。

 血統で王位に就けるはずだが、それでも鍛えていた。


 今でも騎士団の兵士よりも強く、昔は騎士団の団長よりも強かったと聞く。


 先日の急襲の時も、王であるのに終盤では前線に出て戦っていたらしい。


 レオナルド王だったら、自分を囮にして罠を張るという暴挙にも出るだろう。


「これの暗殺に関わったら、大打撃を喰らうのはお前だと思うよ。その時僕は何も責任は負わないけど」


 失敗していた時は、僕はおそらく死んでいるだろうから。


 ……エルシェを置いていくのは悲しいが、僕は死んだほうがいいと思うけど。



 僕を雇っている男は、顎に手を置いて考えている。


「……そうか。まあそれならいいだろう。私もお前を失うのは、まだ早いと思っているからな」


 僕を使い捨ての駒のように言う言葉に、少しイラっとする。


 だけどこいつにとっては言葉の通りなのだろう。

 僕が使えなければ、いつでも切り離す。


 それはイラつくことだが、僕が使える内はずっと、エルシェは安全ということだ。


「この依頼は受けないってことでいいよね?」

「ああ、いいだろう」

「じゃあ僕は部屋に……」

「いや、それはまだだ。お前には久しぶりに、アレに付き合ってもらうぞ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の身体は芯から冷えた。


 男に動揺がバレないようにするが、それでも手が震えてしまう。

 手を後ろに隠しながら、話を続ける。


「……今さら、何で? 僕にはもう、必要ないと思うけど」

「それを決めるのはお前ではない。まだ完成してないからな」


 完成してない?


 お前は、お前らは、何を持って完成と結論付けるんだ?


 あんなの、一生終わらない地獄だろう。


「無理だ、なんて言わせないぞ? その時は……」

「わかってる」


 エルシェがいるから、僕は断れない。

 断ったらエルシェが、地獄を味わうことになってしまう。


 それだけは、絶対にダメだ。


「もう準備は出来ている。行くぞ」

「……わかった」


 声が微かに震えてしまったが、男には気づかれなかったようだ。


 こんな男に、弱みなんて見せたくない。


 何年もアレに付き合ってきたが、慣れることはない。

 慣れてはいけないような、そんな代物だから。



 いつもの場所に着き、部屋に入る。


 ドアが開いた瞬間に聞こえてくる酷く耳に障る声と、吐き気が催すような臭い。


「もうやめてくれ……殺してくれ……!」

「助けて、お願いします、お願いします……」


 四肢や首に鎖が繋がれている人達が、そう叫んでいるのが聞こえる。


 まだその人達は、ここに来て日が浅いのだろう。

 一ヶ月もすれば、命乞いも出来ないぐらいになってしまうから。


「ふふっ、ここは良い。私達の実験の結果が感じられるからな」

「……」


 男が馬鹿なことを言っているが、僕は何も言い返さない。

 いや、言い返す余裕がないと言った方が正しい。


 動悸が激しくなり、呼吸をするのがキツくなってくる。


 周りにいる人達のように、まだ何かされている訳でもないのに。

 ここにいるだけで、あの時のことを思い出してしまう。


「だが私達がどれだけ実験しても、それに耐えられる人間がいない。何とも嘆かわしいことか」


 ふざけるな。

 アレに耐えられる人間など、そうそういるものか。


 お前らの実験という地獄は、何も成果を成していない。


「その点、お前は良い。普通の人間よりも耐えられるからな。肉体的にも、精神的にもな」

「……これほど褒められて吐き気が催すのは、初めてだよ」


 肉体的に耐えられたのは、運が良かった。

 いや……本来それは運が悪いのだが、僕にとっては良いのだ。


 精神的に耐えられるのは、エルシェがいるから。

 この肉体が耐えてくれているから、精神も耐えないといけないのだ。


「さあ、実験を始めよう――人間の限界を、超えるために」



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