第139話 王族の囮
――クリストside――
堅苦しい服を着て、前にエリックやリベルト達と乗ったような馬車と比べ物にならないくらい豪華な馬車に揺られ、小さな窓から外を眺める。
目の前には俺と同じように堅苦しい服を着て、それ以上に暑苦しい顔で俺に絡んでくる親父。
「親が話しているのだから俺を見ろ! クリスト!」
「話は聞いてるからいいだろ……」
なぜもう三日も同じ馬車の中にいるのに、ずっと親父の顔を見てないといけないのか。
「クリスト様、大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ」
俺の隣に座っているアリサが、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
心配してくれるのはありがたいが、少し顔が、近い。
この距離で俺もアリサの顔を見るのは恥ずかしいから、顔を逸らす。
「陛下、クリスト様は少し馬車で酔っているようです。なので窓の外を見るご許可を」
「むっ、そうだったのか。なら早く言えばいいものを」
アリサが親父にそう言い訳をしてくれたから、俺は親父と顔を合わせずに済む。
だが酔っていないぞ……ちょっとしか。
今日で馬車移動は三日目だが、二日目までは全く酔うことはなかった。
だが今は王子様らしい服、という堅苦しい服を着ているから、それがウザいのだ。
親父は慣れているからか全く平気そうだ、ムカつく。
「あと十数分で着くと思うから、吐くなよ」
「吐かねえよ」
さすがにそこまでではない。
というか意地でも吐くわけがない、アリサの前で。
……リベルトと訓練をしているときにボロ負けして、もっとカッコ悪いところを見せているかもしれないが、それはそれだ。
今俺と親父が乗っている馬車は、ハルジオン王国へと向かっている。
俺たちの馬車の周りには、何十人もの騎士団の兵士達がいる。
一応俺も親父も王族なので、護衛としてだ。
この馬車には四人乗っている。
俺と親父、アリサ、それにずっと黙っているが魔法騎士団団長のアンネだ。
「アンネ、面白い話をしてくれ」
「無茶振りをしないでください。パワハラで訴えますよ、王妃様に」
「すまん、黙ってていいぞ」
親父は母上には全く頭が上がらない、尻に敷かれている典型的なやつだ。
いつもは優しい母上だが、怒ったら本当に怖い。
前に怒られたのは……エリックと二人で飲みに行ったときだな。
「ははっ……」
「どうしました、クリスト? いきなり笑って」
「いや、なんでもない」
当時のことを思い出して、笑ってしまっただけだ。
あの夜は楽しかった。
初めて出来た友達と飲みに行き、王子の俺ではなく、ただのクリストとして接してくれた。
あともう少し酒に酔っていたら、楽しくて、嬉しすぎて泣いていたかもしれない。
ほどほどにしておいて良かった。
だが酔っていたからか、あいつに俺の好きな人のことを話してしまったのは失敗だった気がする。
いや、俺が話す前から気づかれていたか、エリックは勘が良いようだ。
あいつの好きな人をその時に聞きそびれたが、前にわかったな。
だがなぜあいつは、あの人が好きなのだろうか。
前にエリックとその人が初対面で会ったはずなのに、一方的に知っている雰囲気だったし、ガチ惚れしているみたいだったし。
「陛下、着いたようです」
そんなことを考えていると、どうやら目的地に着いたようだ。
「ふむ、そうか。だがまだ中には入ってないようだな」
「はい、今門を開けてもらっているところのようです」
門を開けてもらっている間に、アンネが最後の確認として話す。
「陛下、王子、決して私から離れないでください。陛下があんなことをしたせいで、お二人がこの国に来ることは近隣諸国には知れ渡っています」
「良い作戦だろう?」
この馬鹿親父は、国が襲われてばかりだというのに、ハルジオン王国にお礼に行くと公表したのだ。
全員が止めたのに、王の権限でそれをやった。
「反省してないようでしたら、もう一度王妃様にお伝えしますが」
「すまん、反省しているからそれだけは」
ベゴニア王国を襲ってきたのがリンドウ帝国というのはわかっている。
あそこがベゴニア王国を目の敵にしている、というのは前から情報はあった。
ハルジオン王国の隣に位置するリンドウ帝国も、もちろん俺たちがこの国に来ることは知っているだろう。
自分達が襲ったはずの国の王とその王子が、何事もなく隣の国に訪れている。
これが挑発ではないというのであれば、なんなのだろうか。
どう考えても、リンドウ帝国の刺客が来るだろう。
相手も挑発とわかって警戒しているかもしれないが、あんな急襲を仕掛けたきた国がこんな挑発に乗らないわけがない。
つまり俺と親父は、囮だ。
まさか王族に生まれて囮になるとは思っていなかったな。
「門が開いたようです」
また馬車が動き始めると思いきや、なかなか動かない。
どうかしたのかと思ったが、馬車のドアにノックが響く。
開けると、一人の兵士が何があったのかを伝えてきた。
「失礼します。ハルジオン王国の国王と王女がご迎えに来ているようです」
その言葉に俺やアンネ、アリサは驚く。
まさか王宮ではなく、門まで国王が迎えに来ているとは。
「ははっ! さすがセレドニア国王だな! 一泡吹かされたぞ!」
親父も驚いたようだが、楽しそうに馬車を降りて行った。
「へ、陛下! 先程お話しましたが、一人で行かないでください!」
アンネが慌てて後に続いて降りた。
「俺たちも行くか」
「はい、クリスト」
一瞬だけ誰もいなくなったからか、呼び捨てで呼んでくれたアリサ。
少しドキッとしながらも、それを顔に出さずに俺とアリサも外に出る。
「久しいな、セレドニア国王よ! 元気だったか!?」
「ええ、お陰様で。レオナルド国王も、お変わりないようで」
「ははっ、そうだな、シワが数本増えたくらいだ。それとレオで大丈夫だぞ」
親父は国王同士で握手しながら挨拶をしている。
仲が良いようで何よりだ。
「クリストファー王子、お久しぶりです」
横から声をかけられ、そちらを向く。
そこにはこの国の王女、そしてエリックの好きな人、イレーネ・ハルジオン王女がいた。
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