第137話 僕の妹


 僕の妹――エルシェは、可愛い。


 僕と同じ金色で、背中くらいまであるサラサラの髪。

 いつも「撫でて!」と言われて優しく撫でているが、触り心地がとても良い。

 エルシェも気持ち良さそうだが、僕も気持ちが良くていつまでも撫でていたい。


 顔立ちも贔屓目なしに、とても可愛らしい。

 まだ十歳だけど、将来は絶対に国一番の美女になる。

 いつも僕に向ける笑顔が可愛くて、見ているだけで僕まで微笑んでしまう。


 性格もとても良い。

 僕が少しでも疲れてる素振りを見せると、「お兄ちゃん、大丈夫?」と心配そうに聞いてくれる。

 マッサージとかも頑張ってしてくれる。

 まだ小さい手だからかそこまで気持ち良くはないが、エルシェがやってくれるというだけで疲れなど吹き飛ぶ。


 あんな劣悪な環境で生まれたのに、何にも染まらずに綺麗に育ってくれた。


 優しくて、明るくて、可愛くて、完璧だ。

 兄として、こんな妹を持てたことを誇りに思う。


 だから僕は――何に代えても、エルシェを守る。


 自分が奴隷になったとしても、殺人鬼になったとしても。

 どれだけ拷問に近い、実験をされても――。


 たとえ――初めて出来た、親友を裏切ったとしても。



「お兄ちゃん、これ一緒に読も!」


 エルシェが本を持って近づいてくる。

 久し振りに会って、昨日は一緒に寝た。


 三年ぶりに僕も、熟睡出来た気がする。


「いいよ。おいで」

「うん!」


 エルシェはとても嬉しそうに頷くと、あぐらをしている僕の足の上に乗る。

 僕も身長は低い方だけど、エルシェはもっと低い。


 足にスポッと収まるエルシェは、背を預けるようにして座り、僕の顔を見上げて「えへへ」と笑う。

 その笑顔を見て、僕も釣られて笑いながら頭を撫でる。


 一緒に読むために僕の足に乗ったエルシェは、床に持ってきた大きめの本を置いた。


 文字が多く書かれているが、ところどころに絵が入っていて読みやすい本のようだ。


「これね、登場人物が二人出てくるの! お兄ちゃんが男の人の方、私が女の人の方の台詞を読むから!」

「わかった。だけど台詞じゃないところは?」

「お兄ちゃんが読んで!」

「ふふっ、わかったよ。じゃあ最初は、エルシェからみたいだよ」

「うん!」


 エルシェは僕の顔を見上げて笑顔で頷いてから、下を向いて本の台詞を読み始める。


 十歳だというのに、台詞を読むときは全く棒読みではなく、ちゃんと感情を込めて読んでいる。

 さすがエルシェ、どこまでも完璧で可愛いんだね。


 僕も台詞を読む経験は全くないが……演技なら、自信がある。


 ――三年間もスパイ活動をして、親友をも欺いたのだから。



 僕とエルシェで交互に声を出して読んでいるので、普通に読むよりは遅いがしっかりと内容が入ってくる。


 どうやらこれは英雄譚のようで、簡単に言えば色んな苦難を抱えているお姫様を助ける、英雄の話だ。


 時々アドリブを交えながら台詞を言うと、エルシェが楽しそうに笑ってくれる。

 少し長かったが、一時間ぐらいすると読み終わった。


「――『こうして二人は困難を乗り越え、幸せに暮らしました』」

「はぁ……! 楽しかった! ありがとう、お兄ちゃん!」

「良かった、僕も面白かったよ」


 膝の上に座ったまま顔を上げて、僕に笑顔を見せてくれるエルシェ。

 首が痛そうだけど、僕と一緒にいるといつもやっているので、もう慣れてしまったみたいだ。


「この英雄の人、すごいカッコいいね!」

「そうだね、お姫様も可愛かったね。エルシェの演技が上手かったから、そう思ったのかも」

「えへへ、お兄ちゃんもすごくうまかったよ! いつものお兄ちゃんの声じゃなくて、ちょっと低い声がすごい良かった!」

「ふふっ、ありがとう」


 容姿が女性に近い僕は、声も男性にしては高い。

 だから本を音読するときは地の文をいつもの声、台詞は意識して低く話した。


 エルシェが気に入ってくれたならやった甲斐があった。


 その後も、エルシェと一緒に本の感想を言い合う。

 この場面が良かった、ここの英雄がカッコよかった、ここのお姫様の台詞が可愛かった……などなど。


 僕的には、この台詞を言ったときのエルシェが可愛かった、などを話したかったが、そこは我慢して普通に感想を言った。


「エルシェはどっちの方が好きだった? 英雄とお姫様」

「えー、迷うなぁ……英雄の人、かな」

「へー、どうして?」

「やっぱり私はお姫様になって、英雄に助けられたいよ!」

「ふふっ、そっか」


 やっぱりそういうところは女の子だなぁ。

 キラキラした目で、エルシェは続ける。


「だけど私の英雄はもういるよ――ねっ、お兄ちゃん!」

「――っ!」


 とても可愛らしい、純粋な笑みを浮かべてエルシェは、そう言ってくれた。


 驚いて一瞬固まってしまったが、足の上にいるエルシェを抱き締めて髪を撫でる。


「ありがとう。僕にとっても、エルシェはお姫様だよ」

「えへへ、やったぁ!」


 予想外の言葉だったが、本当に嬉しい。


 エルシェにとって僕が英雄に見えているのであれば、これ以上の喜びはない。



 だけど……。


 エルシェを抱き締め、頭を撫でながら思う。

 自分でも笑顔を保ていないとわかるが、抱きつかれているのでエルシェには見えてないだろう。



 エルシェ、僕は本当に君の英雄になりたい。


 だけど、僕は英雄にはなれないよ。


 英雄と暗殺屋。

 ほぼ真反対な立ち位置だ。


 英雄はこれほど、血で汚れた手をしていないだろう。



 そして英雄は――死んでも、親友を裏切らないだろう。



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