第136話 一瞬の勝負
熱狂的な会場の中、俺はこの催しで最強の男と対峙していた。
実況者に何故か俺が挑んだみたいな感じで言われていたが、おそらくこの最強の男とやらがそう伝えたのだろう。
鉄仮面で顔も見えないのに、ニヤついているのが雰囲気でわかった。
「おい、覚悟しろよ。俺を怒らせたのを、後悔させてやるぞ」
「はぁ……」
ため息しか出ない。
俺自身こいつに何もやってないし、やったのはヘリュの方だろ。
俺は巻き添えを食らっただけだ。
しかしまあ、負ける気は全くない。
ユリーナさんが奴隷商人と上手く賭けをしてくれたので、俺は勝たないといけないからな。
俺が出てきた方の登場口を見ると、ヘリュが戦いを見に来ていた。
手を振ってきたので、軽く振り返す。
「お前……! 俺と戦う前に女にうつつを抜かすなんて、良い度胸だな!」
最強の男に手を振っていることがバレて、そんなことを言われた。
そりゃこの距離で対峙していたら、手を振ったことくらいバレるか。
さらに怒りを増してしまった最強の男。
客観的に見れば怖いのかもしれないが、戦いは冷静にならないと勝てないぞ。
そして実況者の声が、響く。
「では最終対決! 試合開始です!!」
その声と同時に――試合は終わった。
対峙していた距離は四メートルほど。
俺なら一歩で相手の懐を通り抜け、後ろまで回り込める。
こいつの目からは俺の姿が消えたように映るだろう。
図体がデカいからこそ、下への意識は難しくなる。
特にこの催しは鎧を着て両手剣や斧で打ち合うのが多いので、力比べをずっとやっていた奴が俺のスピードには対応出来るはずもない。
狙うは、首。
鎧と鉄仮面の繋ぎ目。
別々のものなのだから、確実にそこには隙間がある。
剣の切っ先をその隙間目掛けて――突く。
真剣ではないが、不意に首を後ろから突かれて無事であるはずがない。
首には脊髄やとても重要な器官がいくつもある。
そこに体格など関係ない。
最強の男とやらは、声も出せずにその場に倒れ伏した。
死んではいないはずだ、おそらく気絶しただけ。
男が倒れて、会場中が一瞬だけ静まり返り――反発するように、割れんばかりの歓声が会場を支配した。
「なんと! なんということでしょうか!? こんな結末を誰が予想したでしょうか!? 最強の男が、一瞬で地に崩れ落ちた! 軽々と仕留めたあの男は、一体誰なんだぁ!?」
実況も興奮したようにそう叫んでいるのが聞こえる。
さっきまで俺のことを自殺志願者と言っていたのが嘘のようだな。
しかしいやに目立ってしまった。
もともとこんなに目立つ予定はなかったのだが。
ユリーナさんが奴隷商人と賭けをして、それで俺が勝てばそれで終わりだったはずなのに。
なぜか俺はヘリュに絡まれ、ここで一番強い男とやることになってしまった。
この催しで出た闘技者は、勝った者には金が渡されるが、それと同時に貴族たちのスカウトがあるようだ。
これほど目立ってしまったら、絶対に色んな貴族からスカウトが来てしまう。
なんとかしないとな……まあスカウトされる前に逃げればいいだけか。
興奮が全く冷めていない会場から、俺は退場する。
いつまでも決闘場にいても意味がないだろう。
「お疲れ……でもないね、一瞬で終わったし。やっぱりエリック君強いね」
そこにいたヘリュから声をかけられる。
ヘリュの言う通り、特に疲れてはいない。
一歩本気で動いて、殺さないように首を手加減して突いただけだ。
「ね、エリック君も不完全燃焼でしょ? もう一回戦おうよ」
「なぜそんな戦いたいんだ……もういいだろ」
「よくないよ、さっきはお互いに本気じゃなかったしさ」
戦いが終わったらヘリュから逃げようと考えていたが……どうやら難しいようだ。
さて、どうしたものか……。
◇ ◇ ◇
「ま、まさか、あの男が負けるとは……!」
奴隷商人のフェルモが、声を震わせながらそう言った。
一瞬でエリックの試合が終わり、会場中が熱気に包まれているが、この男だけは真逆の反応をしていた。
絶対にあの最強の男とやらが勝つと思っていたようなので、そのショックは大きいみたいだ。
「さて、フェルモ殿。私の護衛者が勝ったので、賭けは私の勝ちのようですね」
私の言葉に身体を一瞬ビクッと震わせたが、あきらかに動揺したままだが気丈に振る舞う。
「そ、そのようですな……貴方様の護衛者は、とてもお強いようで」
「ええ、私は分かっておりましたが。やはり舞台の演者をやらせるよりも、護衛をやらせた方がいいみたいです」
「は、はははっ、あんなに強い者を演者にさせるなんて、金をドブに捨てるようなものです」
私の軽口に合わせてそう言ってきた。
フェルモの態度は余裕が戻った、ということではなく、どうでもよくなってふっきれたという感じである。
「私が勝ったので、賭けの報酬は頂きますよ」
「ええ、もちろんです。確か情報とか言っていましたが……どういった情報で?」
私たちが求めたいる情報を持っているかわからないが、その可能性は高い。
その情報を、伝える。
「他国の情報と、その奴隷事情ですね」
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